第百三十話:プレッシャー

「うぅえっくしょん! ああ、誰かが私の噂でもしてるかな」


「お前は二人居るようなものだしな」


「いやー、もしかしたら四人かもしれないよ、アリエルちゃん」


「ははは、そう言ってくれるのは嬉しい様な悲しいようなだな、エリー」




 エリーとアリエルがミラの村にやってきてから一ヶ月、今日も二人はのんびりとミラの村の復興の手伝いをしていた。


 ミラの村には膂力のある勇者はおらず、しばらく滞在することになったマヤもまた、英雄クラスに比べれば児戯に等しい膂力しか持ち合わせていない。


 その為力仕事は基本的にエリーが行っていた。


 エリーの仕事は基本的に村の人には出来ない力仕事と、戦闘の指導。


 アリエルの仕事は彼らをまとめ、指示を出す指揮者だ。


 とは言え二人は主人と護衛の関係でもあり、常に側を離れることはない。


 ましてやここは仮にも敵国の中、たまにこんなやりとりをしながら、村の様子を見守っていた。




「それにしても、敵国のボスが村の復興をしてる、なんてギャグみたいなことだよね」


「こんなことがもっと気楽に出来たら良いんだがな。現状敵だと思ってないのは妾の国の人間と、この国の一部だけだから」




 二人の目の前では、今も村人達が汗を流して働いている。


 元気を振りまいていたマナにクラウスやサラ、エリーやアリエル、そして危機だったにも関わらず能天気なマヤとソシエ達によって、村人達にはすっかりと笑顔が戻っている。


 それを見ながら、二人はのんびりと出されたお茶を飲む。




 アリエルの方針は、基本的に英雄には頼らない村づくりを、だった。


 先の事件は、元はと言えば聖女の結界に安心しきっていたことが原因だ。


 魔物が入らないから安心という慢心が、人の悪意を見抜けなかった直接の原因である。


 その為効率的な指示は出すものの、基本的には二人は村人達には不可能な仕事以外はこなさない様にしている。


 その為、村人達が元気になり始めてからは、随分とのんびりと出来る様になってきたものだった。


 そんな状況になって、エリーはふと思ったことを口にする。




「なんだか久しぶりに、休憩してる気がするよ」


「……そうだな。特にお前は、大変だっただろう」




 アリエルがエリーの頭を不器用に撫でながら言う。


 相変わらず小柄なアリエルと、今は身長も伸びてお姉さんといった雰囲気を持っているエリー。


 その光景はなんだか見慣れないものではあったけれど、それを見た村人達は優しい目で微笑んだ。




「はあ、主君に撫でられるというのも悪くはないね」


「全く、妾が独裁者なら打ち首な物言いだな。ま、良いけど。どうだ? モノには出来そうか?」




 周囲の暖かい視線に少しだけ頬を染めつつ、アリエルが尋ねる。




「そうだな、ちょっと怖いってところ。オリ姉が既に完璧に役目を果たしてくれたのが、私にとっては少しプレッシャーかな」




 エリーの答えにアリエルは驚いた表情をする。


 撫でる手を止め、目を見開くと言った。




「お前でも、プレッシャーを感じるんだな……」




 エリーのこれまでの言動は、自分が最強。自分さえ居れば国は守れる。


 そんな発言ばかりだった。


 それが自分に喝を入れているのだということは分かっていたけれど、エリーが弱音を吐くということ自体がそもそも始めてだった。




「魔王戦までは、オリ姉が一緒に居てくれたことがなんだかんだ支えだった。クラウスが生まれてからも、皆が協力してくれた。でも、次は私の中が全てだから、流石にプレッシャーだよ」




 その表情は暗さこそなかったものの、真剣なもの。


 アリエルは何も言わず、撫でるのを再開した。


 それに一度安心した表情をして、エリーは弱音を続けた。




「世界で私だけが、始まりの剣に対抗出来るなんてさ」




 ――。




 それからしばらく、エリーとアリエルは二人で座ってのんびりと村を眺めていた。


 村人達はそんな二人を見て、立ち止まって微笑んでから作業に戻っていった。


 それはかつてクラウス達が、エリー達がやったことの恩返しの様で、「ちょっと情けないな」と呟くエリーにとって、とても温かいものだった。




「故郷だからな、少しくらいはそんな姿を見せても良いだろう」




 そう言うアリエルに甘えて、エリーはそれからさらにしばらくのんびりとすることにした。




 そんな静寂が壊されたのは、のんびりしようと決めてからすぐにやたらと勘の良い勇者がこちらに駆けて来た時だ。


 流石に一ヶ月も滞在していれば、その勇者が来れば騒がしくなるということくらいは分かっている。


 ただ、そのしんみりとできない勇者の騒がしさが、今は少し眩しく見えたのだと、今の内に弁解しておくことにして。




 勇者は言った。




「お二人とも、もう一ヶ月もこの村に滞在してますけど、アルカナウィンドのことは大丈夫なんですか? あ、もしかしてそういう政策なんですか?」




 しんみりとした雰囲気を一刀両断したその勇者は、可愛らしく首を傾げる。


 しかし、場面は最悪だ。


 ほんの少しだけ何もかもを忘れてのんびりしたかったエリーはその質問に対して、こう答えた。




「マヤ、あんた師匠、英雄レインの大ファンだったわよね? ちょうど良いからレインの剣を見せてあげる。今から5時間付き合いなさい」




 別に帰れという意味で言われていないこと位は分かっている。


 マヤの心はどこまでも純粋で、何の悪意もなく、ただ女王とその護衛が一ヶ月も国を離れることを心配していただけ。


 しかし、落ち込んだ場面からもうちょっとのんびりと考えたところで言われれば、悪意の有無など流石に関係が無かった。




「あー、マヤ。そのことについては後で話すから、今はエリーに付き合ってくれると妾も助かる」




 何やら様子のおかしい二人を、これまた気にした様子もなく、マヤは満面の笑顔で「はい! 嬉しいです!!」と答えるのだった。




 その日、当然ながらマヤが歩いて帰ることは無く、エリーに背負われプルプルと震えながら「えへ、えへへ、レイン様すごいですぅ」とうわ言の様に呟いている姿が何人かに目撃されたらしい。

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