第百十三話:ただの英雄の子
二十年前、魔王が討伐されるとほぼ同時に、世界には大きな不安の種が蒔かれることになった。
それは、当時世界最強と呼ばれていた四人の全滅だ。
当時第一位と呼ばれていたオリヴィアは魔王に留めを刺すも、その時に負わされた致命傷を治す前に眷属との激闘が始まってしまったことにより命を落とした。
第二位のライラは、主であるアリエルを守る為に命を投げ出した。彼女は自らの命を反撃の一手として利用することで、見事魔王の片手を潰すことに成功した。
第四位のディエゴはファーストコンタクトのアクシデントの際、英雄達を逃す為に命を賭して6日間に渡って魔王の足止めをし続けた。
そして四人の中で唯一生き残ったのが、第三位のナディアとなっている。
最初のアクシデントでディエゴと同じく現場に残り魔王と相対した彼女は、魔王を前に敗れ去るも奇跡的に一命を取り留め、長らく意識不明になりながらも生きながらえた。
魔王の討伐が成功して浮き足立ってい世界の人々がそれを知った時の反応は、様々だった。
世界でトップ、圧倒的な力を誇っていた四人の勇者達が全滅したという事実に、これからの世界を憂い絶望を覚える者。
新たな最強の勇者として君臨することになるエリーやサンダル、ルーク達を讃える者。
素直に犠牲者に祈りを捧げ、その功績を語り継ごうと動き始める者。
そして、極一部には最強の勇者と言ってもそれ程では無いのではと、見てすら無いのに批判を始める者。
そんな彼らも、直ぐに世界の為に活動を開始したルークを筆頭にした【国境なき英雄】と名乗る元魔王討伐隊の面々の活躍を見て口をつぐむことになったのだが、ほぼ時を同じくして姿を隠したエリーのこと、アルカナウィンドの魔王擁護宣言も相まって、世界の魔物に対する不安はそれ程解消されることは無かった。
そんな世界が一丸となって喜びの声を上げたのが、長らく意識を失っていた魔女ナディアの意識が戻った時だった。
当時世界には既にサンダルが甲斐甲斐しくナディアの世話をしている様子が知られていた為、世界を救った英雄による愛の奇跡だと持て囃されることになった。
ナディア自身はそんな世界の反応を鬱陶しいとしか思っていなかったせいで以降は表舞台に立つことは無かったが、やはりサンダルとの結婚、そして懐妊、出産は世界中に吉報として報道され世界中を賑わわせた。
以降サンダルはその甘いマスク、そして【国境なき英雄】での大活躍も相まって、好きな英雄はと問われれば世界の半数程がサンダルだと答えられる程の人気者になっている。
現在そんな夫婦は、少しばかり面白い事態に直面していた。
「ナディアさん、クラウスがこの大陸に上陸した様だ。どうやら片割れがウアカリに行きたいと言い出したらしい」
「そんなこと知ってますよ」
「知ってたなら言ってくれれば良かったのに」
「あなたに言った所で何が変わるわけでもありませんから」
サンダルの言葉にナディアはいつもの様に冷たい声を返す。
目が覚めて半年程で、ナディアはサンダルを暗殺しようとすることこそやめたものの、目が覚めてから10年以上の時が経った今でもこの調子を崩さない。
傍から見れば冷め切った夫婦に見える二人の、未だに精一杯がここだということを知らなければ勘違いしてしまう様な冷たさだ。
そんな二人を気にした様子も無く、ダイニングからは声が響いてきた。
「お父さんお母さーん。ご飯だよー!」
未だにある意味で初々しい二人の子ども、今年13歳になるタラリアの声。
二人は結婚してからウアカリを出て、ここスーサリアで子どもを産んだ為になんの力も持たない一般人として生まれてきたタラリアは、両親のやり取りが冷めているとは思っていない。
なんだかんだでナディアが英雄活動をするサンダルを心配していることを知っているし、サンダルは見るからにナディアを愛していることを知っている。
そんな二人から平等の愛情を受けて育ったタラリアなのだから、二人のやり取りを気にしても仕方ないことなどよく分かっていた。
食事が始まれば、二人のやり取りはますます普通では無くなってくる。
「タラリア、この人が私の過去の男のことを話して虐めてくるんですけど、殺しても良いですか?」
車椅子のままテーブルに着くなり、ナディアはナイフを手にサンダルの方へ向けながら言う。
「はいはい。ってかレインさんはお母さんの男じゃないんでしょ?」
一方タラリアはそんなのいつものこと、とでもいった様子でナディアの手首をやんわりと抑える。
それに一切抵抗せずにナイフを下ろしながら、ナディアは言った。
「キズモノにされたんだから、私の男ですよ」
腰の辺りを抑えながらそう主張するナディアに、サンダルは露骨にショックを受けてみせた。
「キズモノ……、自分の体を全く悲観せずそうやって利用出来るんだから、本当に君は強いよ……」
とは言えそれすらいつものこと、タラリアは父の背後に周りその背を押す。
「ほら、お父さんも何本気で傷ついてるのさ。レインさんはサニィさん一筋。お母さんもいい加減認めなよ」
そのまま椅子まで押していくと、サンダルはすとんと腰を下ろした。
それを見計らって、ナディアは更に主張を重ねる。
「大丈夫ですよタラリア。私はちゃんとあなたのお母さんですから。でも、今更レインさんのことを出してくるのは酷くないですか?」
「私が言ったのはクラウスの話だが」
「私が負け犬って話ですよね?」
ナディアにとってクラウスは、気づけば生まれていたレインの子だ。
母はサニィとオリヴィア。
レインの争奪戦に、ある意味では負けた形となっている。
それを見て、タラリアは呟く。
「……相変わらず仲いいなぁ。あたしも二人みたいになりたい」
タラリアにとって両親は、本音をなんでも言い合える理想的な仲だ。
やりとりは面倒臭い。面倒臭いけれど、何を言っても崩れないある種の信頼関係を築くのは非常に難しいことを、13歳にして既に知っている。
そんなタラリアを見て、ナディアは溜息を吐く。
その言葉を聞いて、この日もタラリアはやっぱり、と思うのだった。
「タラリア、この人みたいな人はやめておきなさい。世間が鬱陶しいですから」
「私はナディアさん、君の為にも頑張ってるんだがな……」
「ほら、こうやっていい顔をする男は信用しちゃいけませんよ」
こうやってなんだかんだで、ナディアはサンダルそのものを否定することは有り得ない。
13年間の人生で、タラリアは既にそれがどれほど素晴らしいことかを知っていた。
「はいはい。あたしはあたしで良い感じの人を見つける自信あるからだいじょーぶ。ほら、人見知りで人を観察しないと話かけられないから」
タラリアはただの一般人だ。
世界的な英雄の子として有名なサラの様な才能も無く、クラウスの様に定められた運命を持っているわけでもない。
両親が世界トップの勇者であるにも関わらず一般人であるタラリアは、やはり冷たい言葉を囁かれたこともあったのだ。
奇しくもそれは、ナディアが『ウアカリに呪われない様に』と願った結果なのだけれど。
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