第百四話:一月後
二人がミラの村の女性達を救ってから一月後、村の中にもぽつりぽつりと笑顔を見せる者が出てきた頃、盗賊村の男達の刑が処されたという連絡が入ってきた。
村が男しか生まれない特別状況だということを加味しても、女を確保する為の手段には同情の余地無し。
同じく女しか生まれないウアカリが上手くやっているのだから、という前例もあって男達は速やかに断頭台に立たされることになったらしい。
それを村の人々に伝えるか否かを二人で悩んだ結果、無意味に辛い思い出を掘り起こす必要も無いということでボドワンだけに伝えることにした。
彼も様子女性陣の様子を見て伝えるか伝えないべきかは決めると言って、今は胸にしまっておくことにしたらしい。
それもそのはず、女性陣は互いに慰め合いながらも盗賊村のことには一切触れない様にしたまま、ここまで過ごしてきている。
そんなクラウスの胸中は複雑だった。
「結局、無傷で捕まえてもこうなっちゃうんだね」
もちろん無傷とは欠損が無いという意味で、村のリーダー格だったドニは家に突き刺さった影響で全身擦り傷とアザだらけだったが、彼の動きに全く影響は無くそれ以外は完全な無傷、誤差の範囲だろう。
しかし問題はそこではない。
おおよそ無事な状態で全員を確保して、会話まで交わしたにも関わらず、この世界のルールは簡単に人を処刑にしてしまった。
『魔物蔓延るこの世で、不要な悪を蔓延させてはならない』
それは同国の者同士、人と人は常に味方でなくてはならず、魔物と相対している時に背後をとられて殺されたのでは笑い話にすらならないということ。
人々の平和に仇なす者は魔物と同じ。
魔王となったレインがこの国で今だに強く恨まれているのは、こんな思想が根底にあるからだ。
それでも、脅した上でとはいえ一度は会話を交わした人間達。
いくら愚かであってもそこまであっさりと処刑しましたと言われれば、クラウスの気苦労は元より、何故生け捕りにしたのかも判然としなくなっていた。
対して、サラはあっさりとこう告げた。
「ほら、私はあの場で全員処分しちゃっても良かったんだけどさ、考えてもみてよ。オリーブさんに子どもが盗賊を殺しましたって言える? あのお人好しのお母さんに、僕は人を殺しましたなんて、たとえ盗賊でも言えないでしょ」
そう言われてハッとする。
あの人間大好きな母親が、たとえ盗賊であっても人を殺すことを許容できるとは思えない。
きっともし殺したんだと言えば、「頑張ったね」と褒めてくれるのだろう。
しかしその時の母親の顔を想像すれば、それはとてもではないが喜んではいないはずだ。
自らの手で師匠を殺めた英雄だからこそ、それは辛いことのはず。
「……なるほど、エリーさんの掟は母さんの為か」
「そういうこと。クラウスが進んでだと悲しいけど、国が決めたことなら仕方ないでしょ?」
元から用意していた言い訳は、クラウスにちょうど良く刺さったらしい。
魔王となってしまった最愛の師匠を除いてただ一人として殺したことがない母親を理由にしておけば、クラウスは納得せざるを得ない。
全くマザコンで助かったとこの時ばかりは感謝しながら、サラはほっと息を吐く。
自分で決めたことなのだから仕方ないのだけれど、相変わらずこの幼馴染の相手は気苦労が絶えないな、なんてことを思いながら、幼馴染が何も知らされないことにもまた同情してしまう。
「まあ、彼らは大量の人を殺した。それが事実だからね」
「ああ、そうだね」
「あと、六人の女の人達は半分が家に帰れたみたい。残り半分は一先ず保護だってさ」
一度脳を破壊された六人は皆大変な人生を送ることになる、とは流石に言えず、サラは話題を変える。
「ところで、この村では聖女サニィは女神サニィなんだってさ。知ってた?」
「いや、初耳だ。魔法書にも書いてないよね?」
魔法書は日記の役割も果たしているが、サニィ自身が恥ずかしい思いをしたことは基本的に書いていない。
ということは、女神と呼ばれていることはサニィ自身が知らないか、もしくは恥ずかしい歴史なのか。
サラは続ける。
「書いてないね。でも、村人達が崇めてる像は聖女サニィ像じゃなくて女神サニィ像って言うらしいよ」
村の中心には、高さ3m程の立派なブロンズ像が立っていた。
翼が生えた、巨大な杖を持った女性の像。
サニィにしては不思議だと思っていた理由が、ようやく分かった気がした。
「だから翼が生えてたのか……。聖女サニィはそんな演出でもしたんだろうか」
「それは知らない。でも、そのおかげで困ったことになったんだよ」
んー、と唸りながら、サラは「復興途中だけど逃げる?」等と言い始める。
ここまで来てそれは無いだろうと呆れて見せると、渋々と言った様子でその理由を話始めた。
「いやー、私ルークエレナの娘じゃん? パパと言えば【後継者ルーク】でしょ? 後継者ってなんのかって言ったら、彼女達にとっては女神様のじゃん? で、私たまらんタマリン持ってるでしょ? 女神様の力が宿った神器。で、そんな私がこの村を再び助けたじゃん。ほら……」
そこまで言って、言い淀む。
流石にそこまで言われれば、サラがどういう事態に陥っているのかは容易に予想が付いた。
結局、英雄の娘として生まれたサラはどこまで行っても英雄の娘だということだ。
クラウスは、にやりと笑う。
からかわれていることが多かった分、たまにはやり返してみたかった。
「ほら、じゃ全然分からないな」
そう言ってみれば、サラは顔を赤くして隣に生えていた大木を引き抜くと、それをクラウスに向けて思いっきり叩きつけてきた。
流石は格闘が得意な魔法使い。
森がフィールドで武器が木な以上は膂力調整も容易らしい。
「天使サラの像を隣に立てたいとか言い始めてる……」
大木に叩き潰されながらクラウスは確かに、そんな言葉を聞き取った。
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