第九十四話:勇者の天敵

「それじゃ、待っててねクラウス」




 被害者の体を綺麗に洗い、衰弱も治して一通りの作業を終えたサラは、そう言って何処かへと転移していった。


 サラ一人での治療は難しいと言っていたことから恐らくはルークとエレナがいるだろうヴェラトゥーラの家へと戻ったのだろう。


 もしかしたら王家への連絡もしに行っているのかもしれないが、それはサラのこと、任せておけば問題無いだろうと考えて、クラウスは村の広場の中心で男集と女性達を縛りあげたちょうど真ん中に陣取っており、一軒の家を背にしている。


 背後の家には窓ガラス越しに明確に被害者だと分かっている20人の女性達が手足を固定した状態で眠らされており、その様子をすぐに確認出来るという状況。


 意識を取り戻した村の勇者達の怯え具合からしてもクラウスに逆らうだろう者はいないことが分かるのか、魔法使いや一般人だと思われる者達も抵抗を見せることも無かった。




 クラウスはその内、一般時だろう一人の男から猿轡にしている蔦を千切り取ると、一つの疑問点を尋ねる。




「お前達は何故ミラの村を襲った?」




 すると、一般人故か未だにクラウスの驚異を正しくは理解出来ていないのだろう、男は首を横に振る。




「どうせ俺達は死刑だろ? ならなんで話す必要がある?」




 そんな言葉に、クラウスが壁にめり込ませた青年は大きく呻きながら首を横に振った。


 その必死さはどうやらクラウスのことを勘違い・・・している様で、ちょうど良かった。


 それに便乗させてもらうことにして、こう脅迫してみることにする。




「楽に死ぬか、苦しんで死ぬかどっちが良いか聞いてるんだ。お前は苦しんで死にたい様だから望み通りにしてやろうか? 別に俺・は正義の使者でもないんでもないんだ」




 そう言いながら軽く殺気を放って見せれば、勇者連中が全員みるみる青ざめていく。


 その様子がなんだか面白くて、クラウスは続ける。




「どうせお前達は死ぬ。なら、その前に俺・が少し位遊んでも何も問題は無いよな?」




 当然ながら、クラウスは何もする気は無い。


 しかしそんな言葉は、どうにも堂に入っていた。


 様になりすぎていたと言うべきか、勇者達からすれば、クラウスにはそんな趣味は無いことなど、誰一人疑える者は居ない。


 そんな勇者達の様子を見て、一般人青年は遂に事態を把握したのか、一気に青ざめると素直に話し始めた。




「こ、この村には女が生まれない……」




 それから先は、先述した通り。


 平和なミラの村には随分と前から目を付けていて、何度か見れば強さが分かる勇者が必ず一人生まれる為、商売と称してミラの村と時折交流を持っていたということ。


 今まで女達の確保に成功していた理由は、その勇者が村の強者よりも弱い女に限定して狙いを付けられるからだった、という訳だった。




 一般青年の言葉に、勇者達は素直に頷く。


 そんな彼らは、まるで苦しまずに殺してくれとでも言わんばかりの、慈悲を請うた目をしていた。




 ――。




「クラウス、思った以上に成長してるかも。聖遺物なはずのたまらんタマリンが怯えちゃって使い物にならなかったよ」




 家へと帰り、ことのあらましを両親に話したサラは、最後にそう漏らす。


 たまらんタマリンは大まかな分類で言えば宝剣に当たるのだろうが、その実態は少し特殊だ。


 ジャングルで聖女に見つけられ修復の魔法を受けたこのタンバリンは、聖女の特殊なマナ支配によってマナごとその魔法を宿している。


 つまり、このタンバリンはサラの魔法の道具にして、再生の能力を持った勇者である。


 意思のない道具が勇者と言えるのかどうかはさておき、陽のマナをその身に宿した神聖なタンバリンであるという点では勇者と何も変わらない。


 ただ、普通の勇者と大きく異なる点としては、その体に取り込まれているマナが、聖女が支配したマナだという点だった。


 晩年の聖女は、120mものドラゴンすら平然と倒してしまう、今の英雄達を大きく超える強さを誇っている。


 そんな聖女が支配しているはずのマナが怯えてしまうということそのものが、クラウスの驚異的な成長を露骨に表す指標になるかもしれない、とサラは以前ルークからその可能性を示唆されていた。


 聖女のタンバリンと聖女そのものでは当然別ものには決まっているけれど、聖女の支配を突破することはルークやエレナにとっても非常に難しい。


 世界最高の魔法使いである二人が、再生の力を持ったたまらんタマリンを破壊出来るかと問われれば、ギリギリ可能、だと思う、という曖昧な答えが返ってくる程度には。




 つまり、生半可な驚異では、たまらんタマリンはその役割を放棄することは無い。


 言ってしまえば、サラが聖女の力を借りられるのは、たまらんタマリンがサラを自分の主人だと認めているからだ。


 それを軽々突破して、サラがたまらんタマリンで魔法の行使をすることが出来なくなった。




 それは、言ってみればクラウスの実力は既に聖女にも肉薄しているかもしれないということ。




「でも、パパ達はまだクラウスに勝てるんだよね?」


「……多分ね。流石にたまらんタマリンにかけられた魔法だって、先生の全力じゃないはずだ。片手間程度の魔法だった、はず。順位だって、最下位のはずだからね……」




 そう答えるルークの声に、そこまでの自信を感じ取ることは出来なかった。


 それを見てサラが言えることは、とても簡単なこと。


 そして、それは修行を始める前までは、とてもではないが言えなかった恥ずかしいことだった。




「でも大丈夫だよ、パパ。クラウスには私が付いてるもん。例えクラウスが化物でも、私ならクラウスの夢を叶えてあげられる。


 例えクラウスが世界の敵になっても、私のヒーローにだったら、してあげられるはずだから」

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