第八十三話:マナとクラウス

 夜も更けた頃、サラはマナの正体について考えていた。


 クラウスが彼女を見つけるまで、ずっと『片割れ』と呼ばれていた存在。


 何が理由で女児の形をとっているのかは不明ながら、その力の推測はされてきている。




 勇者が減るこれから先の未来、世界を魔物の恐怖から解き放つ唯一の存在。




 そんな風に言えば聞こえは良いけれど、彼女は何も知らない人からすれば救世主で、それを知っている人からすれば一つの破壊者だ。


 いや、もしかしたら、創造主と言った方が良いのかもしれない。




 ママを探す創造主、救世主、もしくは破壊者。それがマナの正体。




 マナが指すママとは、恐らくあの人物なのだろう。


 もう生きているはずの無い過去の人物で、どんな文献にも名前が載っていない人物。


 逆に、マナの存在は実は有名だ。


 勇者なら、大抵は一度くらいは聞いたことのあるもの。


 目の前のマナがそれ・・だと気付くことは無いだろうもの。




 全ての元凶がこの子だとも知らずに、勇者達はマナがとても可愛く見えるらしい。


 確かに可愛い、とサラは思う。


 儚い白い肌に、ぱっと見は消え入りそうな灰色の髪と瞳。


 そこに映える青いリボンと服がとても良く似合っていて、絶世の美女オリヴィアの孫娘だと聞いたら納得してしまう人もいるのではという様な子。




 ただ、マナを可愛いと感じる理由の殆どはその容姿では無く、その力が理由。


 恐らくこの子は、魔物を食べても全く問題が無い。魔物を食べ、その肉を分解吸収して強くなる。


 きっと、そんな力を持っている。


 それは魔物に対して絶対的な攻撃手段で、魔物からすれば恐怖の一点だろう。


 そしてその魔物に対して明確に上位にある力に惹かれて、勇者達はマナを可愛いと感じてしまうらしい。




 勇者と魔物は生まれた瞬間から敵対している。




 勇者に殺された魔物はやがて魔素へと分解され、大気中を漂うマナと混ざり合い消滅するか、再び魔物として生を受ける。


 それは勇者も同じで、両者は互いに殺し合い、時に混ざり合い、そして再び生を受けて殺し合う。


 そんな輪廻の中を生きている。




 その輪廻をぶち壊す存在が、マナと言うわけだ。


 マナに吸収された魔素は、恐らく外に漏れでない。


 世界の意思の考えていることが正しいのならば、マナに食われた魔物はそのままマナの一部になるはずだ。




 だからこそ、勇者はマナを可愛いと感じる。


 勇者の中にはマナが千年の記憶を蓄積して留まり、それがマナという女の子に感じる印象を決めてしまう。


 深く魔物と殺し合った過去を持つマナから生まれた勇者はそれに深く感応し、逆に穏やかに暮らしていた記憶を持つマナはそれが鈍い。




 あの英雄エリーが、顔も見えないのに可愛いと思ってしまったと言ったことから、そんな論は信憑性を帯びている。




「あんたも大変だね、クラウス」


「何が?」




 つい呟いてみると、クラウスから返事があった。




「なんでもないよ」




 一先ずそう言って、何か質問されると少し困ることに気付く。


 マナの正体は、クラウスには内緒にしておかなければならない。


 マナを連れて歩くだけでも魔素は減少していくと考えられているけれど、魔物をマナに食べさせてみることもしてみた方が良い筈だ。


 しかし、何が引き金になるか分からない以上、それも出来ない。


 だからこそ、クラウスには何かを悟られる訳にはいかない。




 サラの出した結論はシンプルだった。


 少しだけ衝撃を与えて、気を紛らわせてしまえばいい。




「クラウス、好きだよ。おやすみ」




 思い通りに動揺したクラウスの方からガサッと音が聞こえると、「あ、あぁ、おやすみ」と曖昧な声が聞こえてくる。




 それには答えずに、サラは再び考える。




 クラウスは本当に不運な男だ。




 父親は英雄レイン、遺伝子的な母親は聖女サニィ、産みの母親は英雄オリヴィア。


 英雄のサラブレッドもサラブレッドなのに、世界を何度も救った英雄達が親なはずなのに、父は魔王として人々に蔑まれ、母と切り離され、本人も悪魔と虐げられた過去を持つ忌子。




 勇者や魔法使いの素質は遺伝しない。


 それを、クラウスは当然の様に、いや、英雄達は誰しもが分かっていた当然のこととして、世界を変える者として生まれてしまった。




 産んだ母であるオリヴィアはそれを少なからず後悔してクラウスにべったりなのはもしかしたら救いかも知れないけれど、英雄エリーもまた、新しい記憶の中にあったはずなのに止められなかったと責任を感じていた。




 新しい記憶、魔王の記憶を継いだエリーの言では、本来ならクラウスの役割はレインが担っていたはずだったらしい。


 月光さえ無ければ、レインは狛の勇者として生まれることも無く、世界を変える者として生まれてきたのだとか。




 サラはそれに少しだけ苛立ちを感じている。


 自分はその役割を放棄して好きな人ととっとと死んじゃって、愛弟子に全部託して、クラウスをこんな目に合わせるなんて本当に魔王だ。


 そんな風に思ったこともある。




 でも、よくよく考えてみれば、クラウスの家系に本当に幸福だと言える人はいるのだろうか、と思い直すのがいつものこと。




 レインの出身は狛の村。


 役割を終えれば廃棄されることが決まっていた、魔物人間の村。


 本人は魔王になり、世界の殆どには誤解されたまま死んでいった。




 聖女サニィは故郷を家族もろとも滅ぼされ、本人も何度も何度も食べられても死ねずを繰り返していたらしい。


 彼女にとっての救世主は魔王として、世界最悪の裏切り者として蔑まれてしまっている。




 英雄オリヴィアもオリヴィアだ。


 子どもが出来ない身体で生まれ、王家で生まれたは良いものの、最愛の人をその手で殺さなければならなかった悲劇の王女。


 父はその時に殺され、やっと子どもが出来たかと思えば、それは化け物だった。


 そして今では、勇者の力すら失ってしまっている。




 そんな家系に生まれたクラウス。


 世界を変える者として生まれ、……感情や思考の一部を封印され、腫れ物扱いを受けている。


 母が何故勇者の力を失ったのかに疑問を持つことも出来ず、真実から切り離された、世界の根本。




 そして私は、とサラは考える。


 英雄と英雄の間に、たまたま魔法使いとして生を受けた幸福な人間。


 両親の愛情をしっかりと受けて育ち、クラウス達に同情する余裕が十分にある、人並みの幸せを持っている人間だ。


 英雄の子として生まれたことで世界の問題を知っているけれど、その覚悟もとっくに出来ている。


 何より、勇者でも一般人でも無く魔法使いとして生まれたことが幸運だった。




 いつか来るその時、クラウスの側に居られるのは一般人でも勇者でも無く、魔法使いなのだから。


 その時クラウスの側にある為ならば、例え全てを失ったとしても後悔は無い。




 サラは今一度自分の立場を確認して、ゆっくりと意識を落としていく。


 めちゃくちゃなエリーがクラウスの危機意識の修行をし過ぎたおかげで、夜のキャンプでもたっぷりと寝られるのはありがたい。




 ただ一つエリーの修行の成果としての問題は、眠っているクラウスに無意味に近づくと、大半の生き物は即死してしまうこと位だろうか。

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