第二十九話:墓前
花の町フィオーレ跡地、共同墓地。
かつてオーガの大群によって滅ぼされたこの土地は、本来魔物の少ない土地だった。
それはあの、町が滅んでしまった襲撃の後もまた同様で、時折騎士団や有志が整備する以外は基本的に立ち入り自由とされていた。
聖女の没後は各地からその墓参りに人がやって来るようになった。
それからはグレーズ王国軍の内数名が在中する様になったが、やはりそれほど魔物は出ない為に、聖女の墓参りをしようとする人々が多く集まっていた。
手を繋いだまま何事かときょろきょろ辺りを見回すマナに、クラウスは言う。
「マナ、お墓参りをしていこう」
それを聞いたマナは、多くの人を見て、それからクラウスを見て問う。
「だれの?」
「んー、この世界を救った二人の英雄かな」
母の師匠だとか、聖女と魔王だとか、そんなことを言っても分かりづらいだけだろう。
そう思って、二人の英雄と言ってみたは良いものの、マナから上がった声は予想外のものだった。
「くらうすのぱぱとまま?」
「ん? ああ、なるほど」
どうやらこの間手紙を書いたことよりも、自分が英雄の子どもだと言ったことの方が印象に残っているらしい。
もしくは、墓参りの意味を正確に理解していないか。
いずれにせよ、クラウスは知らない。
その問いがまるっきりその通りだということを。
だからそのマナの問いを、微笑ましいと思ってしまった。
「違う違う。僕のお母さんの大切なー、……お姉さんとお兄さん、かな」
なんと伝えて良いか分からず、適当に言ってみる。
英雄オリヴィアは聖女サニィと姉妹の契りを交わしているので、間違ってはないだろう。
なんだか納得した様に「へえー」と墓地の方へ向くと、「いこ」とクラウスの手を引っ張った。
人の数が多少多くてもクラウスのママの兄姉というだけで興味があるらしく、積極的に前に進もうとする。
クラウス自身がここに初めて来たのは、15歳の頃。
母が英雄オリヴィアだと知った後のことだった。
だから、二人の墓がどの様になっているのかを知っている。
人間歴452年7月28日
世界を救った英雄
聖女Sunny Prismheart
ここに眠る
あいも変わらず、墓石にはその様にだけ書かれていた。
人間歴452年。
初めて魔王を討伐し、人々が完全に一致団結した年を紀元とした紀年法が始まってから452年目。
今から24年前に、聖女サニィは一人この世界に蔓延っていた呪いを解いた。
それが、現在この世界で常識とされている世界の嘘。
「なまえ、一人しかないよ?」
結局途中から人に怯えてクラウスに抱かれていたマナが墓石を見て訪ねてくる。
周囲には人も多い為、「話すときは小声でね」と注意しておいたところ囁くように聞いてきたのはありがたい。
もしも他の人に聞かれていたら、厄介なことになっていたことは間違いない。
マナ自身も人見知りなことが影響して、大きな声が出なかったこともあるのかもしれない。
そう、ここには二人の英雄が祀られている。
しかし、表面上は一人だけだ。
聖女サニィと共に世界を救ったはずの鬼神レインは、最後の魔王としてこの世界に君臨した。
その恨みが、20年近く経った現在も残っている。
その為魔王が世界に知られてすぐ、同じ様に書かれていたレイン・イーヴルハートという名前が削られ消されてしまう事件が起きた。
それから少しして、墓石は新調されたという話。
以来、レインの名前は新しい墓石から表面上は・・・・消えてしまっている。
「もう一人の英雄の名前はね、この墓石の内側に書いてあるんだ」
土台に繋がる見えない部分に溝が掘ってあり、そこには二人の名前が並んで記されている。
それがクラウスが母から聞いた情報で、恐らくは真実。
「なんで?」
しかしやはりマナはそう尋ねてきて、その答えに困る。
真実を話せば、マナは魔王に興味を持つだろう。
かと言って周囲の人々が無条件で間違っていると教えるのもまた、成人したクラウスには出来ない選択だった。
となれば、妥協点は概ねただしい所に持っていくしかない。
その時のクラウスはもしかしたら、どうすれば子どもが出来るの? と聞かれた時の様な心境だったのかもしれない。
「英雄レインはちょっと強すぎたみたいなんだ。だから皆怖いみたい」
「くらうすより?」
素直なその視線がクラウスを見据える。
マナはクラウスしか知らない。
そしてクラウスは少なくとも、滅びに向かう村を平然と救う程度には強い。
あの村長の娘アイリの様子を見るだけでも、娘がその身を捧げるのに十分な力がクラウスにはあるのだと、マナには伝わっていた様子だった。
「ははは、僕よりずっと強い師匠のエリー叔母さんや、最強の魔法使いって言われてるルークさんが、英雄レインには絶対に勝てないって言ってたよ」
そう答えてみれば、マナは何故か目を輝かせ始める。
一瞬何をどう考えればそんな反応になるのかと思ったけれど、その理由は簡単だった。
「くらうすのままのお兄ちゃんはそんなつよいんだぁ。じゃあ、もうこわがられてるくらうすももっとつよくなるね!」
レインが強いから怖がられていると言ってしまった以上、確かにそれはそういうことだ。
思わず苦笑いしてしまう。
「ははは、僕としては怖がられるのはあんまり好きじゃないんだけどな」
言いながら、それ程嫌な感じはしなかった。
母が一番好きだと公言している二人の英雄に近づけるのならば、それが条件なのだと言われてしまえば受け入れてしまう。
クラウスにとっては英雄レインはそれ程に憧れの存在だ。
英雄レインの二つ名は鬼神。
それ故に、いたずらに付けられた叔母さんの悪鬼という二つ名も受けれてしまう程。
「でも、そうだね。僕も英雄レイン位強くなりたいな。そうでなくともせめて、ドラゴンからマナを簡単に守れる程度には」
何も知らない鬼神と聖女の子どもは、その墓の前でそう願った。
残念ながら、それ・・は叶うことはないのだけれど。
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