第二十二話:悪鬼

 オーガの集落にオーガロードは居なかった。


 それでも約三百匹に及ぶ食人鬼の群れは村一つを滅ぼすには充分過ぎる程で、案内役の村人は青い顔をしていた。

 ほんの30年前まではオーガ一匹でも、魔法使いからしたら相手にするのも恐ろしいと思われていたらしい化物。

 強さ的には同サイズ、立ち上がって3mになるヒグマと同程度だろうか。それが群れをなして襲ってくるという恐怖は、それは確かに一般人にとっては恐ろしくて仕方ないだろう。


 『聖女の魔法書』曰く、オーガ八百匹でデーモン七匹分。

 そしてそれは聖女サニィに向けて鬼神レインが放った言葉らしく、サニィの魔法の規模を想定しての話だったのだろう。デーモンよりも動きの遅いオーガはサニィにとって大規模な魔法の餌食にしやすい相手だ。

 つまりオーガ三百匹の群れというのはデーモン三匹と変わらない。

 デーモン一匹を倒せる一流の勇者であってもオーガ三百匹を相手にするのは無理だ。

 そしてそれは、魔法使いであっても同様。

 現在は株が上がっている魔法使いとは言え、流石に数の暴力を前にすれば勝ちのイメージが希薄になってしまう。

 一流が全勇者の1%だとすれば、その更に上の上、デーモン三匹を纏めて相手に出来る者は0.03%も行けば良い方だ。


 村人は言う。

「あ、あの、無理なら私達も逃げます。あの数は流石に……」

 しかしクラウスは涼しい顔をして返す。

「大丈夫です。あの位で怖気づいてたら叔母さんになんて言われるか……」

 そう言いきってからぶるっと身震いするクラウスは、村人にとって異常な存在だった。

 狛の村の鬼達はデーモンが跋扈する魔境で平然と生活していたと言うが、それらに近しいものすら感じる威圧感溢れる青年が身震いする”叔母さん”という存在はどんな化物なのか……。


「あなたはもしかして、どなたか英雄の……?」


 思い当たる可能性は、やはりそれだけ。

 19年程前に魔王を倒したという英雄達。オーガを前にして平然としている挙句に、叔母さんに恐怖を覚えるとすれば、どうしてもそうなってしまう。

 勇者の資質は基本的に遺伝しないと言われている。

 だがグレーズの英雄【騎士団長ディエゴ】を筆頭に鍛錬のみでデーモンロードすらも屠る怪物になった者達が親族にいるのであれば、仮に資質がそれほど高く無いとしても強くなれる可能性は大いにある。


「まさか、僕はただの英雄に憧れてる勇者に過ぎませんよ」


 しかしクラウスは、そう涼しく受け流すのだった。

 そして村人を木陰に待機させると、紅色の刀身に銀のダマスカス文様を持った直剣を抜き、オーガの集落へと突撃していった。


 ――。


 本気のクラウスの戦いは人に見せられない。

 しばしばエリーはクラウスの剣をそう評価した。

 一体誰に似たのか、もしくは誰しもに似ていたのか……。

 集落は、一言で表すなら惨劇。

 至る所から血飛沫や肉片が噴水の様に飛び散っては、食人鬼の断末魔が轟く。

 ある流派・・・・によって個人毎に違う勇者に適合する様に合理性を突き詰めたその技術は、クラウスの身体能力に最適化された戦闘スタイルを作り出していた。


 クラウスが憧れた英雄は例えば、鬼神レイン。

 どんな敵だろうと必ず首を飛ばして止めを刺す、一体一体を100%仕留めながら戦う技術。斬った敵に生き残りは決して存在せず、一部として隙のない殺戮マシーン。

 例えば、聖女サニィ。

 大規模な奇跡を行使して敵を力押しで押し潰す、圧倒的な力の奔流にて一切の抵抗を許さず仕留めてしまうパワーファイター。

 例えば、血染めの鬼姫オリヴィア。

 徹底的に己を虐めぬき、心をも削りながら技術を極めて行った技巧派。その技術と優れた身体能力で、才能の無さを見事に制し、一手一手を確実に堅実に繰り出す達人。

 例えば、小さな守護神エリー。

 凡ゆる武器を自身の手足の様に使い、溢れる才能で柔軟に現場を乱すフリースタイル。おもちゃの様な武器だろうが実用的な武器だろうが、相手の心を読む、介入するという力で無理やりにでも隙を創り出すトリックスター。


 彼ら本当の英雄・・・・・に対してクラウスは、右から来たオーガは右手の剣で手足を斬り取り、左から来た敵は腹に手刀を突き刺したかと思えば背骨を掴み、引きちぎる。宙に舞った敵の手足を蹴り飛ばし剣で打ち飛ばすと、その手足は正確に、後方で構えていた食人鬼達を貫きながら飛んでいく。背骨が上手く抜けなかったからとその胴を切り離すと、上半身をそれごとハンマーの様に振り回して次のオーガを叩き潰す。

 いくら非常に高い命中率を誇る技術を持っていようと、かつてのオリヴィアの様に一瞬で間合いを詰められる俊敏性が無いのだから、武器を増やして投げれば良い。そんなめちゃくちゃな理論だ。


「クラウスは容赦ないねー」


 そんな風に呑気に言う叔母さんに何度も言われてきた二つ名が、【悪鬼】だった。

「血染めの鬼姫の娘だから良いんじゃない?」

 と嬉しそうに言う叔母さんも叔母さんだと思いながらも、確かに最適化されたスタイルの結果辿りついた戦い方が敵すらも武器とする残忍な戦い方なら、そう言われても仕方ないと感じてしまう。

 ただ、それが何処か憧れの【鬼神・魔王レイン】を思い出す様で嫌いになりきれない。

 そんな複雑に気持ちにさせる二つ名を、叔母から付けられていた。


 それに母も微笑むものだから……、表に出すのは恥ずかしいけれど、決まっていた様なものだった。


 実はその正確な攻撃を繰り出す身体能力は、一部を除き全盛期のオリヴィアをも上回っていると言われている。

 それはかつて魔王レインに最初の一撃を加えた徒手空拳最強の英雄【怪物ライラ】に近く、そして単純な頑強さなら前回の英雄の誰しもを上回っていると言われている。

 それは何かが突出しているわけでも無いが、しかし何も欠けていない理想的な肉体と称されていて。

 そんな肉体を持っている者がクラウスだった。


 ただそれでもクラウスからすれば総合的な強さは、エリー叔母さんやルーク達英雄と比べると随分と大きな開きがある様に思えたけれど……。

 今の問題はそこではない。


「終わりました」

「……ひぁっ」


 村人は思わずそう後ずさってしまう。

 クラウスの返り血を受けることなど気にも止めない戦闘スタイルで三百もの巨人を倒せば、その風貌は正に【悪鬼】そのもの。

 戦闘自体を見ていたこともあって、目の前の相手が恐怖の権化の様に見えたのだろう。


「すみません。娘が待っているので、全力でやってしまいました……」


 そして、これがマナを置いてきた本当の理由。

 文字通りの虐殺。

 それはまるで人の形をした鬼が抵抗も出来ない人里を訪れたかの如く、一切の抵抗を許さない、戦闘ですらない殺戮だった。

 ジャガーノートが子どもを守っていたら可哀想? そんな甘い感想を抱けるのは強者の特権だとでも言いたげな、そんな破壊行為を、ただマナに見せたくは無かった。


「は……はい」


 村人は力なく頷くとその血と恐怖を洗い流す為、川へと案内した。

 そして、門番が青年からは驚異を感じたとこっそり言っていた理由をこれでもかと理解して……。

 鈍い金髪のクラウスが英雄の血縁者である可能性を否定したのだった。

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