第二十話:避けられる二人
不可解なことが起こっている。
それをはっきりと自覚したのは、目の前に一匹のデーモンが出て来た時のことだった。
例によって、マナが眠っている。
しかしそれがどうにもおかしいのだ。
魔物は人間を殺す存在で、優先度は勇者、魔法使い、一般人という順番。
ならばこの場合は狙うべきはクラウスが優先で、マナは後になるのが普通だろう。
ところが、デーモンは明らかにマナを狙って襲いかかって来ている。
今まで出てきた魔物は最初のジャガーノートを除けば駆け出しの冒険者でも討伐出来る様な雑魚ばかりだったので気付かなかったが、倒すことが出来れば一流と言われているデーモンを前にして、初めてそれに気がつく。
「ん? でも、それを考えると……」
魔物はクラウスよりも母を優先的に狙う。
それは母が率先して戦いたがるのが理由だろう。
魔物が襲う優先度はあくまで指標だ。
勇者に対してより強い敵意を持つにしても、殺しやすい相手や邪魔な相手がいれば、当然そちらを優先する。
それは母もそう言っていたし、実際に後方でぼうっとした様子を敢えて見せるエリー叔母さんと修行すれば、必死に戦っているクラウスを先に倒そうと躍起になるのが普通だった。
ところがそのデーモンは、明らかにマナを狙って動いている。
「どういうことだ……?」
このパターンに似たパターンは、自分が子どもの頃に何度も経験している。
まだ戦えなかったクラウスが、母の背後でその戦いを眺めながら守って貰っていた時。
しかしその時も、たまたま回り込んで来た一部を除けば、攻撃は母へと向いていた。
ところが、今回は違う。
そのデーモンは、何も考えない破壊の権化は、マナさえ殺せればその役割を果たせるのだとでも言わんばかりに、左腕に抱えて眠っているマナを狙う。
そしてもう一つ。
何故か、魔物達はマナが起きている時には全くと言っていい程襲い掛かってこないのだ。
知性の低い魔物が空気を読むなどと言うことは聞いたことがなく、いくら強い勇者が相手であっても、知性の高い一部の魔物を除けば時間も何も関係が無い様に襲い掛かってくるのが魔物の常だった。
その為、基本的にキャンプをする時には見張りを置いて交互に眠るしかない。
クラウスを一人で旅に行かせられる理由は単にこれを一人で回避する術があるからで、母であっても王都に向かう時には他に二人ほどブロンセン兵を伴うのが常だった。
もちろん、心を読めるエリーならば一人でキャンプしようと何の問題も無い。
話を戻そう。
魔物はいつも、マナが眠るのを待っていたかの様なタイミングでやってくる。
そして、そのデーモンしかデータはないものの、マナばかりを執拗に狙う。
その二つの状況を考えると、まるで魔物は……。
気になることはいくらでもあるものの、マナをあまり危険な目に合わせるわけにも行かず、クラウスはデーモンを一刀の下に斬り捨てた。
クラウスが振るう剣の正確性は確実に相手の急所を傷つける。今回の場合は、振るわれた腕を搔い潜って、心臓を一突き。
「……マナは本当に、何者なんだろうな」
倒せば一流と言われている魔物との戦闘中であっても健やかな眠りを続けている少女の頭をひと撫ですると、そんな言葉を漏らしてしまう。
マナを起こさない様に一流の戦闘を終えるクラウスは既に異常の域に達しているのだが、そんなことよりも。
まるで、マナに怯えている様な魔物の行動が、今は気になってしまっているのだった。
それからしばらく歩いていると、マナが目を覚ました。
マナは相変わらず目を冷ますと歩きたがり、手を繋いで歩く。
すると、やはり魔物はぱったりと姿を見せなくなる。
そんな不可解な状況にしばし考えていると、一つの村に辿り着いた。
二人の門番が、クラウスを見て止まれと叫ぶ。
「お前は魔物か?」
そして、一言目にはそんな言葉。
随分と単刀直入な物言いだが、警戒心は抱いているものの殺意までは抱いていない。そんな状況だ。
実はクラウスがそんな状況に陥るのは、初めてでは無かった。
一部の勇者は、死地に多く赴いている勇者は、クラウスを見ると稀に敵意の様なものを向けることがある。
サウザンソーサリスの門番はそれほど戦闘経験は豊富ではない様で何も無かったものの、ここには比較的強い魔物が出るのだろう、クラウスに対して警戒心を露わにする。
そんな時の対処方法を、エリーから学んでいた。
「いや、僕は勇者だ。ここにデーモンとジャガーノートの素材がある。確認してくれ」
それは、比較的高位の魔物の素材を提供することだ。
魔物はそんなことはしない。
魅了を纏うたまきはそもそも疑われることすら無いし、ヴァンパイアは門番程度問答無用で眷属にしてしまう。
サキュバスが行動するのは夜だし、魔物は基本的に魔物同士で争うことはない。
何より、狛の村という例外を除けば、魔物はまず武器を持たない。
それならば、魔物を仕留めている冒険者であることを示してしまえば、それ以上疑われることはない。
そして幸いにも、今はマナを抱いていた。
「分かった。村への立ち入りを認めよう」
素材を確認し、クラウスをひと睨みした後、双方がマナを見て微妙に顔を崩すと、片方の門番がそう告げた。
ささみ亭の女将然り、服飾の少女然り、マナは案外と勇者や魔法使いに好かれやすいらしい。
そこに二人の勇者が加われば、やはりマナが魔物である可能性は随分と低くなる。
もちろん、それがチャームの力である可能性も、無くはないけれど。
そして実のところ、クラウスが信じられやすい理由には三人の英雄の力の残滓が影響していることも関係があるのだが、それをクラウスは知る由もなかった。
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