第十七話:和やかな午後

「うーん、まなはねー」


 顎に手を当てながら、魔法学校の方とクラウスを交互に見やる。


 魔法の起こす綺麗な超常現象は幼いマナには魅力的で、派手さも相まってその目を強く引き付ける。

 逆にクラウスはマナにとって懐いている対象だ。邂逅からそれほど経ってはない今でも、最初に目を合わせた時の怯えは最早まるでなく、片手はその服をしっかりと握っている。

 そんなクラウスは魔法の様な超常現象を起こすことは出来ない。

 勇者の多くは魔法に似た超常現象を起こすことが出来るが、その大半は地味なもの。

 英雄エリーの心を読む力やオリヴィアの必中は目に見えない力だし、それは史上最強の英雄レインの隙を見抜く力も同様。周囲を凍らせたり炎を纏う様な勇者もいるにはいるが、実は勇者の中では少数派。

 聖女サニィに至っては、魔法使いと殆ど変わらない。


 その中でもクラウスは、勇者の力が不明というタイプだ。

 勇者の力は基本的に自己申告。世界に一人か二人、能力を見抜く勇者がいるらしいものの、全員が彼らの世話になることは当然出来ない。

 極まれにいるこういうタイプは、身体能力の高さに全てが振られているか、もしくは本人すらも気づかないレベルの超常現象を起こしているだけという可能性の勇者だ。

 今のところクラウスの力は、本人が把握している限りでは、剣を正確に振るえるだけ。

 英雄オリヴィアの劣化能力とも言えるこの正確性は、超常現象ですらなくただ単純にクラウスが器用なだけという可能性すらある程度のもの。


 クラウス本人は・・・・・・・、自分の力を分かっていない。


 そんな何の変哲もなさそうなクラウスと、魔法学校の綺麗で派手な生徒たちを何度も交互に見て、マナはひとしきり悩んだあと結論を出したようだった。


「まなはくらうすがすき」


 そう、満面の笑みで答える。

 つい先ほどまで魔法を使えないかもしれないという可能性にしょんぼりとしていた少女はもうそこには無く、単純に青年に懐く可愛らしい少女がいるだけだ。

 その様子を見ていると、クラウスも最早魔物の可能性など捨て去ってしまっても良いのではないかと思えてきて、思わずその頭を撫でてしまう。


「ははは、僕は地味な勇者だろうけど、それでもかい?」

「うん!」

「そっかそっか。それじゃ勇者の格好良い所も見せてあげないとな」


 そんなことを話しながら、ルーカス魔法学校を後にする。

 手紙のこともあるし、服のこともある。

 サウザンソーサリスに三日間滞在するのは決まっているとして、宿を探さなければならない。そう思って、早いうちに宿探しをすることに決めた。


「マナもいるし、なるべく良い宿に泊まろうか」

「まなはどこでもいいよ」

「そういうわけには行かないよ。旅の途中は大変な野宿をするんだから、街では甘やかすのが僕の主義だ」


 本当は母に同じようなことをされてきたのが理由だけれど、それを今言う必要はなかろうということで、大通りに出る。

 今のマナはボロ布一枚だけではなく、その上からクラウスが元々着ていたオリーブ色のローブにくるまっている。綺麗なリボンをしていることもあって、それほど目立ちはしないだろう。替えの服も、簡単なものを服屋で買ってきていた。

 こそこそとマナを隠すように街に入った昨日に比べれば、随分と堂々と歩けるということで、出ている露天を眺めながら宿を探す。


「何か欲しい物があったら言ってね」

 と甘やかせば、それに応える様に

「くらうす、あれ見たい」

 と、アクセサリー店に興味を示す。

 どうやらリボンが相当に嬉しかったようで、ヘアアクセサリーを熱心に眺めていた。


 そんな様子で寄り道をしながら、いくつか買い物をしながら綺麗な宿を見つけてそこに入ってみる。

 基本的に小奇麗で値段もそこそこする宿は冒険者よりも商人や危険好きの旅行者に人気の宿の様で、子連れの若者は奇異な目で見られたものの、彼らは彼らでなんとなく動物が逃げ出すクラウスの立ち振る舞いからか実力者であることが分かるらしい。

 見られる以上の絡みを受けることもなく、無事に部屋を取ることに成功した。


「どうにも僕はたまに動物や初対面の人に怖がられることがあるんだよね」


 部屋に入ると、少しだけ気にしているそのことを呟いて、ベッドに座る。

 思えば、最初にマナに会った時も随分と怯えていた。

 ロビーで見た人々の中にも、興味よりは恐怖の感情を覚えている人が居た。

 誰からでも好かれる母と比べて明確な劣等感を感じるのが、クラウスにとってはその部分。


「くらうすは怖そう」


 マナもやはりそんな印象を持っている様で、素直に言葉を零す。

 そしてそのまま買ったヘアアクセサリーの一つを持ってきてベッドに上ると、クラウスの頭に付けようと髪の毛をいじり始めた。


「でも、これ付ければ怖くないよ」


 と、そんなことを言いながら一生懸命にもぞもぞとしている。

 そしてなんとかくくり付けると、部屋に設置してある鏡台の前に引っ張ってくる。

 そこにはリボンと似た色の青い花の飾りが、ブロンズの髪の毛にぷらんと垂れ下がっていた。


「ははは、確かにこれは怖くないね」

「でしょ」

「でも、流石に人前では恥ずかしいな」

「うん、へやのなかだけね」

「その時はマナに付けてもらおうかな」


 そんな和やかなひと時を過ごしつつ、その日はゆったりとしたまま一日を終えた。

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