後日談:ウィッチスレイヤー
「あら、突然どうしたんですか?」
ある日のウアカリ、イリスがいつもの様に窓際で日向ぼっこをしていると、見知った顔の男がやって来た。
後ろに大量の女を引き連れた無精髭の男、サンダルだ。
女達は全員ウアカリだ。もちろんサンダルの放つ男の気配に釣られて付いて来ただけだろう。
少し待って下さいと声をかけて玄関に向かう。
「仕事が終わってね」
そんな一言で、イリスは全てを理解する。
後ろの女達を威圧して散らせながら言う。
「仕事……なるほど、上がって下さい」
「お邪魔します。色々あったよ」
たまきは死に、レインと共にルークによって火葬された。
すると、墓標の代わりにと立てておいたサニィの杖の周囲に、見覚えのある青い花が咲き乱れたらしい。
ルークは何もしていないらしく、きっと聖女様が見守っているのだろうと感じた。
二人は、死ぬ間際のたまきとサニィのやりとりを知る由もない。
極寒の大地に咲き乱れるその青い花はそのまま枯れそうもなく、二人がその地を去るまで見事に白い大地の一部を染め上げていた。
そんなことを話しながら向かったリビング。
サンダルがここに来た目的がそこには居た。車椅子に乗ったまま、窓際で外を眺めているウアカリ人。
その女は、二人の話し声に振り返ることもなく、日向ぼっこを続けている。
「久しぶり、魔女様」
サンダルの声に、応える声はない。
「すまないね、レインじゃなくて」
それでもサンダルは話しかける。
目の前に居る【魔女様】は、かつて勇者のランキングでも3位に居たウアカリの先代首長、ナディアだ。
勝つためならばどんな手段でも行い、およそ他の国では【戦士】とは呼べようもない戦い方をしてきた女戦士。不意打ち、罠、毒殺、奇襲、場合によっては人質を取ることすら辞さないだろう彼女は、【聖女サニィ】と瓜二つの外見を含め、畏怖を込めて【魔女ナディア】と呼ばれていた。
しかし恐らく彼女は、110年前の英雄フィリオナとヴィクトリアよりも強かっただろう。二人同時に相手をするならともかく、片方だけならば。
だからこそ、ウアカリに於いては立派な戦士で首長だと捉えられていた。
そんな彼女は魔王に破壊され、心を失っている。
どれだけ望んでも届かなかったレインという男が魔王になったことで彼女は様々な感情と共に責任を感じ、転移の直前で抜け出し殿を勤め、そして心を破壊された。
体はもう、万全の筈だった。
心も、スペシャリストのイリスが付いている。時折エレナもやって来ては様子を見ている。
しかし、それでもまるで効果が無いかの様に、彼女は虚ろに何処かを見ている。
「顔色は随分と良いみたいだね。それだけでも少し安心だ」
ナディアは答えない。ほんの少し瞳孔が動く様子から、言葉を聞いている様ではあるものの、まるでそれ以外は人形になってしまったかの様だった。
「初めてあった日のことを思い出すと、笑えてしょうがない様な、笑えない様な、不思議な気分だ。でも、私もそれなりに、衝撃だったんだ」
サンダルは語りかける。
まるでその姿が聖女様そっくりだと言う事実から、実はまるで違う一人の人間だと気づくまでのやりとり。
そして、魔王を見て今にも泣き出しそうな顔をしながら呟いた「レインさん?」と言う言葉に、転移の範囲を抜け出した時の覚悟の表情。
覚えていることを、口から出る言葉を、支離滅裂であっても語り続けた。
「私達は皆、あの二人の英雄にとらわれている。あの狐を見守る内に、そんなことを思った」
狐は、最期までレインの話をしたがった。
最早未来の無いその魔物に対しては、過去を通して幸せを刻んでやることが手向けだと思った二人は、それにひたすらに付き合った。そうして、狐は幸せそうな笑みを浮かべ、逝ったのだ。
しかし、ナディアは違う。
ナディアは狐とは違い、生きている。
今は心を閉ざしているだけなのか、本当に思考そのものが出来なくなってしまったのかは分からない。しかし、それでもナディアは狐とは違って、生きることが出来る。未来がある。
自分と同じだと言った狐の、もしかしたらもう一つの道、可能性がナディアなのかもしれない。そうも、思ってしまった。
「だから」
サンダルの覚悟は、その剣を見た時にはとっくに決まっていたのだと思う。
あの悪友の思惑はともかく、もしかしたらそれに乗せられているのだとしても、それで良い。
おもむろに、腰の剣を抜く。
イリスが焦った様な顔をするが、それを大丈夫と微笑んで制する。
「見てくれ。この剣の名前はウィッチスレイヤー。魔女を落とす剣だ」
魔女様にそれを見せると、後ろで見ていたイリスは微笑む。
確かに一体何処までがあの人の思惑通りなのかも分からなければ、英雄にとらわれていると言ったサンダル自身がその剣を見せる様子が、なんだか可笑しくもあった。
「あの時君を止められなかったことを後悔している。君が生きていると聞いて、安心したことを覚えている。そして、君がこうなって、私が支えなければならないと思ったことは、きっと気の迷いではなかった」
片膝を付いて、ナディアの手を取る。
「今、改めて君に会って、私はそう確信した。これからも・、一緒に居ては貰えないだろうか」
敢えて、かつて共に修行をした時のことを引き合いに出して言う。
何度殺されかけたか分からないあの日々は、思い出せば楽しかったのだと思う。
互いに失恋した者同士の、慰め合いの様な、隙あらば殺されそうな、そんな修行の日々。そもそも、何故ナディアが付いて来たのかも未だに分からないけれど、殺されかけた自分が拒否しなかったということは、きっと互いに少し心地よかったからだろう。
すると、ナディアの表情は少しだけ変化した。
「……笑い、ましたね」
ほんの少しだけ、口角が上がっただけ。微笑みですらない、下手をすれば痙攣しているだけとも取れる程の微細な変化。
それを3ヶ月間世話していたイリスは、笑ったと表現した。
「これは、良いということだろうか……?」
「あれ以来、初めて見ました。……良かった」
思わずそんな疑問文を口に出してしまうサンダルを前に、イリスは感極まった様に呟いた。
そして、サンダルの背中を押す。
「ほら、ちょうど外に出ようと思ってた所ですから押してください」
「いや、ちょっと返事は来てないんだけど」
つい言ったサンダルに、「返事なんて待ってたらお爺さんですよ」とはやし立てる。
「もちろん、意識が戻るまでは健全なお世話だけですよ。それまでは私も手伝いますから。あ、お部屋の用意もしないといけませんね」
今はこの家に、四人が暮らしている。
イリスとナディアの他に、クーリアマルスのカップルだ。一人増える位大したことはない。
むしろ、サンダルが昼間の世話をしてくれればイリスは首長としての仕事がし易くなって歓迎と言ったところだ。
しかし、一つだけ注意点もある。
「あ、でも、ナディアさんはわがままですから、とっても大変ですよ」
今は人形の様だけれど、ナディアは本来そういう人物だということを忘れてはならない。
「覚悟の上だ。……でも、どうしても困ったら相談させてくれるかい?」
意識が戻った瞬間暗殺を企む可能性すら、充分にあるのがナディアという人物だ。
今は大人しくとも、サンダルが世話をするのは嫌だと思えば意識の無いままに噛み付こうとしてきても不思議ではない。それは少しだけ、困るような、望んでいる様な、微妙な心境だった。
それに、イリスは嬉しそうに微笑みながら言う。
「はい。あ、お姉ちゃんとマルスさんも呼んできますね。お祝いしないと! お姉ちゃーん! ナディアさんが笑ったよーーー!」
走り出すイリスを見守りながらウィッチスレイヤーを腰に戻しナディアを見ると、再び少しだけ、表情が和らいでいた。
その時その場にエリーが居たのなら、きっとナディアの心から、こう読み取っていただろう。
ほんの一瞬の揺らぎで、きっと次の日に会っても感じなかっただろう、こんな心を。
――あまりの馬鹿な言葉に思わず笑ってしまっただけなのに。……でも、悪くはない、かも、しれませんね。ほんの少しだけ、蚊に刺されたとでも思えば、我慢出来るというか、うん。
ありがとう、馬鹿な人。
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