第百四十九話:私が生きている限りは
「如何致しますか、エリーゼ様?」
「如何も何も、妾に出来ることなんか決まってる」
ライラを亡くし、落ち込んだアリエル。
王城内の空気はやはり重苦しくなっていた。王都もまた、微妙な雰囲気だ。
ライラが英雄として魔王に最初の一撃を加え、逆転の一手となったことは喜ばしい。
しかしながらその相手、魔王がレイン。
それがこのアルカナウィンドの王都アストラルヴェインでは大きな問題となっていた。
ここではレインとサニィの二人は積極的にドラゴンを倒した英雄だ。この国ではレインが起こした騒動など一つとして無く、純粋に尊敬を集めていた存在だった。
何より、あの聖女サニィがいつも幸せそうにレインと接していたことを知っている者がとても多いのだ。
英雄信仰の特に深いこの王都では、素直にライラの活躍だけを喜べばいいと言うものでは無かった。
とは言え、それは王都に限った話だったらしい。地方ではレインを聖女殺しの大罪人にして魔王だという風潮が広まりつつある。
そこで、ロベルトは聞いたわけだ。
問題点の見えるロベルトにとって、現在アリエルが今後の政治について非常に悩みを抱えていることは分かっている。
つまり、国家としてレインの立ち位置をどの様にするかという悩みだ。
一度世界を覆い尽くしてしまった噂は最早止めようがない。過去の英雄レインは本当は英雄等ではなく魔王。
聖女すらも利用した茶番を見せた後にその正体を表したのだと、魔物の勇者、等と『聖女の魔法書』には書かれていたが、それは単純に魔王を超えた存在であると言う意味ではないのかとすら囁かれ始めている。
だからこそ、アリエルは悩んだ。
アリエルの力、正しき道を示すその力は、レインを罪人として認め、国の意思を一つに纏めること。
そんなことを示している。
「妾の力は世界の流れに乗れと示している。女王としては、間違いなくそれが正解だろう」
むすっとした顔でそう答えるアリエルは、どう見てもその道に納得していない。
アリエルが言えば、王都の住民も納得するだろう。ライラと共に走り込みを続けていたアリエルを王都の人々は知っている。そんな健気な女王が決心したことならばそれに逆らう理由もない。
その結果地方の意識と一致して国は大きく纏まることだろうと予測出来る。
国にはエリーゼに次ぐライラと言う英雄が生まれたことで、その結束は尚の事強まる。
「当然ながらそれが正解でございます」
それに対して、ロベルトもそれが当然だと答える。
「何が言いたいんだお前は……」
的を射ないロベルトに、次第にアリエルにもイライラが募る。
今は問答をしている気分ではないのだ。
しかしロベルトは、真剣な顔をするとこんなことを言う。
「私は、エリーゼ様に仕えております。アルカナウィンドではなく、エリーゼ様に。それを、お忘れなきよう」
「……」
そう言われば流石に、ロベルトの言いたいことが分かる。
アリエルはずっと後悔を抱えている。
「何があっても、私が生きている限りは私があなたを支えますから」
そう言うロベルトに、侍女達も続く。
「私もです。ライラさんが満足して逝かれたというお話、聞きました」
「はい、ライラさんの代わりにはなれませんが、私だって」
皆がそんなことを言い合う。
近くに居れば、誰しもがアリエルが何を後悔しているかを知っている。
それはつまり、自分の力に従ったせいで、大切な人が死んだことだ。
母を救う為に何も考えずにレインとサニィに頼んだ結果、母は死んだ。
救うと言う意味は苦しまずに死を迎えるということ。命を救うという意味ではないことを勘違いした結果がそれだった。
そして、ライラの死。自分が最前線の側に居ることで魔王への逆転の一手になる。
覚悟はしていた筈だった。はずだったが、結果はライラの死だ。せめて、苦しみを分かちあった末にライラに守られたのならば納得出来たのに……。確かに自分が殺されかけた時にライラが請け負う場合、魔王にダメージを与えることは出来ず、アリエルは一時的に死ぬ思いをして、その後ライラが死ぬだけ。
逆転の一手とするにはライラが直接レインに直接触れる必要があったのだ。
だから、いやいや納得している、ことにしている。
「本当に、良いのか?」
問うアリエルに、皆が頷く。
つまりアリエルは、逆らいたいのだ。本当は。
力に従えば、確かに国は安泰だろう。何がどうなって安泰になるのかはともかく、嫌なのだ。
自分の力のせいで、少なくともレインが犠牲になることが。これ以上の犠牲が出ることが。ライラが愛したレインが犠牲になることが、本当はどうしようもなく嫌なのだ。
「私達は、エリーゼ様の為に」
そう言うロベルトが居るのならば、ありがたい。
ここからの道は、力が示す限りは正しくない。大変な道だろう。下手すれば国が傾くことすらあるかもしれない。
それでも支えると言ってくれた家臣達に応えるかの様に、アリエルは決意した。
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