第百四十六話:ちょっと待った。何故あなたは

 治療をされるオリヴィアを見て、皆が言葉を失っていた。

 つい先程まで殺し合いをしていたはずの魔物が、魔王側についていたはずだった魔物が魔法をかけることで、オリヴィアの顔色がどんどんと良くなっている。


 しかしそれでも安心することは出来ない。


 エレナはマルスと共にたまきを睨み、ルークは隔離された為に治療中のまま放置されることとなったクーリアとサンダルの下へ飛ぶと治療を始める。

 流石にこの5年間で医学知識を叩き込んだルークの治療はスムーズだ。

 そんな風に納得したころ、イリスも腕の治療を終え、鉈だけを持って戻ってくる。


「みんな、取り敢えず大丈夫。たまちゃん、お疲れ様」


 レインの走馬灯を全て受け取ったらしいエリーはぼんやりと呟く。


「私はレイン様のお側に居たかっただけ。労われるようなことは何もしてないわ」


 対するたまきの表情もまた、優れない。

 側に居たかったと言うレインは隣で倒れている。

 オリヴィアの治療を続けながら一筋の涙を流す。 


「じゃあたまちゃん、全部、説明してもらっても良い?」


 とは言え、泣きたいのはたまきだけではない。

 今になって実感が湧いてきたのだろう。エリーも声を震わせながら言う。


 そうして、たまきによって今までの経緯が話され始めた。


 ――。


 一先ず人間として生きることに決めたたまきは、今まで滅ぼした国での経験を活かして人間に溶け込んだ。

 傷を癒してかつての力を取り戻してから、なんとか策を弄してサニィを始末し、レインの隣へ並ぶ為に。

 その時の駒を増やすためにも、彼女達が殺しにくい人間を利用するのは良策だと思っていた。

 監視が付くことは分かっていた。

 だからこそ、監視が厳しいだろう最初の5年程は全力で人間として生きようと努力した。


 その結果が、二人の死だった。


 魔王の呪い、たまきから言わせればあの小娘の作った呪いとやらに、たまきですら勝ち目のない二人が罹っていること自体が信じられなかったが、それを嬉々としてたまきに報告する世界の意思の言葉がたまきを苛立たせた。

 自分の望みを知っていながらその様な残酷なことをする世界の意思に対しての反発心が、たまきを人間の世界に留まらせた。


 人間の世界で暮らす内に、仲の良い友人も出来始めた。

 まりという大将の娘に、エリーの母であるアリス。

 彼女達に支えられ、いつしか本当に人間として生きても良いのではないかと思われた頃のことだった。


『聖女の魔法書』


 それがたまきの手元にも回ってきた。

 何処かの狂信者が大量に複製していると噂のそれを手に取ると、ふと思い出す。


 そもそも自分は何故人間に成りすましているのだろうか。

 人間の地に紛れ込んだ理由はなんだったのだろうか。


 そんな当たり前だったはずのことを、まるで忘れていたかの様に思い出した。

 そうだ、自分はレイン様と共に生きる為に人間のふりをしていたのだ。


 それからの行動は早かった。

 先ずはレインがどんな人物だったのか、聖女の日記でもある魔法書を読み込む。

 すると幸いなことに、レインのことだけでなく魔法に関しての知識も多く書かれていた。

 その内容は800年も生きたたまきも知らなかった豊富な魔法の訓練方法。

 なるほど、これを知らない自分では聖女に太刀打ち出来なかったはずだと納得する。


 そして、レインの体の構造。

 陽のマナを細胞に含む勇者と、陰のマナで構成された魔物のハイブリッドの様な構造のレインの肉体。

 それを見て、自分がレインに惹かれた理由を理解した。それは駒として、過去より人間の勇者と接して来たたまきならではの理由だっただろう。

 魔物でもあり勇者でもある化け物が、長年双方に接して来たたまきにとって魅力がないわけがないのだった。

 そしてその詳細が、たまきにとってはこれ以上に無い希望となっていた。


 レインのマナ含有量は陽に比べて陰のマナの方が多いのだと言う。

 つまり、死後体から抜け出たレインの陰のマナは大気中を漂っている可能性が高い。


 もちろん、サニィの楽観的な予想通りに陽のマナと混ざり合い消滅してしまうかもしれないが、そうではない可能性がある。むしろ、狛の村の中でも唯一二つの身体的特徴、圧倒的な反射神経と空間把握能力を持つレインの陰のマナはそう簡単には消えないだろうという希望すら持っていた。


 だから、たまきはサニィの杖が残っている南極へと向かった。


 レインをなんとか生き返らせる為に。残った僅かなマナで、例え小さい魔物の姿であってもそれがレインのマナで作られた魔物であるのなら一生を添い遂げようと、そう考えて。


 ――。


「ちょっと待った。何故あなたは先生の杖の位置を知っていたんだ?」


 ルークが問う。

『聖女の魔法書』がいくらサニィの生涯を綴った日記でもあるとは言え、書かれていないこともいくらか載っている。

 その一つが、二人が最期の瞬間を何処で迎えたのか、という内容だ。

 サニィは両親からプレゼントされて思い出の杖を使うことで魔法の威力を増幅していた。

 それはつまりサニィにとっては死の間際まで手放すことが出来なかった道具のはず。


 それの場所をなんでもないかの様に答えるたまきに疑惑の目が向けられるのは当然のこと。


 それに対してたまきは、「あれ、書いてあった様な気がしたのだけれど」と言って魔法書を取り出す。

 当然何も書いていない『魔法書』を見返して首を傾げるたまきを見て、エリーは言う。


「本当に嘘は吐いてないみたい。続けて」


 訝しげな雰囲気の中、再びたまきはこれまでの経緯を話し始めた。

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