第百三十九話:まさか……無傷……?

 予め聞いていたルークの魔法が放つ閃光に対して、エリー達はそれぞれ衝撃に備える姿勢を取った。

 ライラは背でナディアを庇う様に、イリスはその更に前に出て盾を構えながらナディアの治療を試みる。

 エリーもまた、魔王レインに対して【大剣ヴィクトリア】をブーメランの様に投げつけることで距離を取るのと同時に、【大盾フィリオナ】を構え衝撃に備える。 


 レインはその閃光に振り返ると、それがどういう魔法なのかを察したのだろう。ヴィクトリアを拾い上げて背に盾の様に当てると、そのままエリーの方へと向かってくる。爆心地から離れると同時に背を守ることで衝撃を逃し、そのままエリーへと攻撃に移るという算段なのだろう。手にした大剣がエリーの持つおもちゃでなければ、流石と言える判断だった。


 しかしながら、それは悪手だ。レインはエリーのおもちゃである二つの宝剣、フィリオナとヴィクトリアの能力を知らない。

 エリーはしばしば二つの武器を投擲する。一つは槍であるマルスだ。背後に大切な人物を守る時、攻撃力が劇的に上がる槍。それを使えば列を為す魔物共を一網打尽に出来る。

 同時に、その威力を見てこれ幸いとマルスを使おうとする魔物が居る。それらが使った場合、マルスは言うことを聞かない。投擲すればエリーの手元に戻ってくるし、普通に使えばまるで刃がゴムにでもなっているかの様に切れ味を持たないというのがこのマルスだ。

 それを知っているレインは、直ぐさまそれを破壊したというわけだ。そして穂先の残ったその槍は一度回避した後は一度も触れていない。


 しかしもう一つであるヴィクトリアは、レインの想定とは随分と違う使われ方をしている。

 そのデザインは、普通に持てば片刃の大剣。しかし、剣の先端に空いた穴を持ち手として逆さまに持てば鍔が打撃面の大槌となる。そんなデザインとなっている。

 斬撃の有効な敵には大剣として、堅い鱗等で覆われた敵には大槌として機能する。それが、デザインを考えた本人であるレインが想定したヴィクトリアの扱いだった。

 ところが、ヴィクトリアはそれ以外にもしばしば投擲されて使われることが多い。


「流石に師匠でも、宝剣の力は持っただけじゃ分からないんだね」


 大盾フィリオナを構え衝撃に備えるエリーは、そう呟いて衝撃に対して万全の構えを取る。レインの位置、衝撃が来るだろう隕石到達地点の確認。そして、フィリオナとは逆の手で持った伸縮自在の【長剣レイン】を最大限まで伸ばして。

 来る衝撃に、全員が構える。


 ……。


 ゴオオオという音とほぼ同時にやってくるはずの衝撃が、いつまで待っても来ない。

 その間もレインは距離を詰め、最早眼前に迫っている。

 どうやらあちらの作戦は失敗した様だと思うのとほぼ同時に、レインは手に持つ大槌を振り下ろした。

 特大の鐘の音の様な、ガアアアンという音と同時に、凄まじい衝撃が腕を伝う。

 フィリオナとヴィクトリアの宝剣として力が、レインの馬鹿みたいな攻撃で存分に発揮されているのが分かる。


「くぅぅ、いったい……、でも」


 フィリオナの受けた衝撃はヴィクトリアに伝わり、その刀身からほぼ同等の衝撃が発される。

 それが再びフィリオナを襲い、再びヴィクトリアが発し。

 その衝撃の波が収まるまで数秒間、エリーは動くことすら出来なかった。

 そして当然、盾越しにその衝撃を受け止めるエリーとは違い、レインはその衝撃を正面から受けた筈だ。

 だから、これで大きな隙が出来た。


 そう確信するのとほぼ同時だった。ライラが飛び出し、イリスがその隙に合わせて呪文を唱え終えたのは。


「ライトニングボルト!」


 天から電撃が降り注ぐ。

 それと同時に、今この場でのナディアの治療は不可能だったと申し訳なさそうな心の声。


「レイン様、御免!!」


 一瞬だけ遅れて、ライラの渾身のキック。

 衝撃が来なかったのを確認した直後からサンダルを脱ぎ、反射を全開にした素足での蹴り。


 それが、見事に空を切った。

 そして、魔王となったレインが初めてエリー達に口を開く。


「ははは、強くなったな。それでも、まだ俺には勝てん」


 懐かしい、邪悪とも言える笑みと共に、あの凄まじいプレッシャーを放ちながら、楽しそうに言う。


「まさか……無傷……?」


 イリスが驚く。

 自身が放った攻撃とほぼ同等の攻撃を何度も何度も受け、更にはほぼ必中の雷の魔法を受け、それでいて尚無傷だということは、信じがたいことだった。

 いや、かつてのレインならば、理解出来る。隙とすら言えない隙を見抜き、ほんの0.1mmのズレすらも許されない極限の状態で回避し剣を振るうかつてのレインならば、まだ理解出来る。

 しかし目の前にいるレインはその力を失い、身体能力も当時よりは僅かに落ちたはずのレインだ。

 ドラゴンすら軽く仕留める3人の連携で、それでも尚無傷となると、たまきが居る今、かなりの絶望となる。


「大丈夫。傷は無いけれど、ダメージは少しだけあるよ。手、痺れてるんでしょ、師匠?」


 エリーの問いに、レインは再び笑う。

 ヴィクトリアの放つ衝撃に、瞬間的に手を離したものの、レインはその手に若干の痺れを感じていた。

 その後の衝撃波は全て相殺したものの、その度に増していく手の痺れ。

 狙った位置にしか飛ばないイリスの呪文は、衝撃で舞う砂埃で視界不良となっていた為に僅かに逸れ、ライラのキックは持ち前の異常な反射神経で回避した。

 それが、今回の攻防の結果だ。


「痺れが取れるまでは10秒ほど。その間に殺せなければ死ぬのはお前達だ」


 そう言いながら尚も余裕の表情を続けるレインを見て、三人はその壁の高さを再認識した。

 ほぼ一撃必殺レベルの衝撃を瞬時に判断して手を離すとはやはり師匠は恐ろしいとエリー。

 逸れたと言えば聞こえは良いが、恐らく予め僅かに回避されていたとイリス。

 そして、完全に背後から頭を捉えたつもりがなんの感触も無かったとライラ。

 ここまでの攻防ですら既にドラゴン程度なら軽く倒している筈の攻めで、手を痺れさせただけ。


 やはり最速最強であるオリヴィアの欠けたメンバーでは厳しいのではないかと、心の何処かで思い始めてしまうのも無理はなかった。

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