第百三十五話:じゃ、行ってくるね

「オリ姉、ちょっと月光借りてくね」


 その日、エリーはオリヴィアに強力な精神介入を施してそう告げた。


「わかりましたわ」


 そう答えるオリヴィアはベッドの上で、窓の外を眺めている。


 苦しみながらもなんとか復帰したアリエルとルークを中心にして、魔王討伐の作戦は決定した。

 先ず、魔法使いの二人とクーリアがレインからたまきを引き離す。

 たまきは魔法を中心として戦う魔物で肉弾戦にはそこまで優れている訳ではない。本来であれば魔法系の魔物には瞬足の勇者が一気に間合いを詰めるというものが鉄板だが、英雄候補達の中で瞬足といえばオリヴィアとサンダルだ。しかしオリヴィアを使うのであればどうしても魔王を相手にする為に使いたい。そしてサンダルには一つの懸念がある。

 サンダルは元々女好きだ。恐らく、たまきの魅了はその隙を容易く突いてくるだろうという懸念。800年もの間に、いくつもの国を裏から壊してきた魅了の魔法。レインすらある程度の無効化が出来る魔法がサンダルに刺さらないとは、サンダル自身も言えなかった。

 それに対してクーリアはウアカリだ。女戦士だけの国で生まれた生粋の男好き。その力の影響もあってか、女の使う魅了には非常に抵抗力が高い。更に、恋人であるマルスが殺され続けているという点。それに対しての感情を忘れずにいれば、いかにたまきの魅了であってもかなり対抗出来るだろう。

 そして魔法使いの二人は言わずもがな。精神魔法のプロフェッショナルであるエレナと、天才ルークだ。この二人の連携と魔法の応用であれば、ほぼ間違いなく、二人の空間に魅了は届かない。

 精神系に優れる九尾と、精神系に優れるエレナの魔法がぶつかり合う中で、ルークの優れた魔法の数々が攻撃の要。その際の物理的な盾となるのがクーリアの役割だ。


 次いで、離された魔王にはエリーが対処する。

 極短時間だけ、一人で。

 その間にライラがナディアを救出し、イリスがライラを護衛する。そんな手はず。

 その後は三人で戦い、たまきを仕留め次第全員でかかる。


 そして、サンダルの役割は双方に合わせた奇襲だ。

 たまきに対しても、三人が抑えている間、且つ背後からの奇襲であれば、目を0.5秒以上合わせなければ魅了にかかることはない。魔王討伐軍の研究部門が導き出した計算によれば、そうであるらしい。確実ではないために、細心の注意を払いながらになるが。

 サンダルはこのメンバーで集まってから日が浅い。全員の癖等も、完璧には把握できていない。

 つまり、下手に連携を取るよりも独断で動いてもらうというポジション。

 巨大な斧を持っての加速の一撃と言う、能力的にも、破壊力的にも、恐らくそれがベストの選択だろう。


 そして、オリヴィアは留守番だ。

 無理をしてでも行くと言いかねない彼女にはエリーが精神介入して、行く気を無くさせる。

 無理やり、他のメンバーが居れば大丈夫だと信じさせる。

 少しすれば幸せな日々がやってくると思い込ませる。

 乱暴な方法だが、今の不安定なオリヴィアが敗因になる可能性は非常に高い。

 苦渋の決断。

 世界の最高戦力であるオリヴィアを残して、2位以下で魔王を討伐に向かうと言う、凄まじいリスクを孕んだ戦いだ。


 しかし、もしも全滅した場合にでも、もしかしたらオリヴィアさえ居れば世界は守られるかもしれない。

 そんな打算的な希望を含んだ決断を、アリエルの力とルークは指し示した。

 アリエルの力が示したのは、『オリヴィアを置き、アリエルも現場に向かえ』だ。

 非戦闘員であるアリエルが行ったとして、足でまといにしかならない。

 しかし、その力が示した以上は恐らくそれが最善なのだろう。

 常に変化する最善を、逐一指示し続けることがアリエルの戦いなのだろう。


――そう。もしもこの道が、妾の死を示しているのだとしても、世界の為に、散っていった仲間の為に、行かないと。


 そう決断して。


 英雄候補達は、それぞれの装備を確認する。

 ライラは、素手に素足、手首から肘を覆う篭手と、膝当て。

 サンダルは、3mにも及ぶ巨大な斧と、友人から貰ったショートソード。

 イリスは、中型のカイトシールドと、鉈の様な剣。

 クーリアは、長年親しんできた大剣。

 ルークは、愛するエレナの手作りの杖。

 エレナは、婚約指輪。

 そしてエリーは、八人の英雄の名前をした宝剣達と、【不壊の月光】


「じゃ、行ってくるね、オリ姉」

「ええ、応援してますわ」


 やはり上の空のオリヴィアを置いて、英雄候補達は魔王の居る地へと向かう。


 ――。


「半年、待ってくれないのね……。…………あ、言い忘れてたかしら」


 魔王の側に侍る女狐は不快感を露わにしたまま、森の奥を睨みつける。

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