第百三話:……そうか、そうしよう
「いやー、サンダルさん強いね」
「君達こそ驚いた。流石はあいつの弟子と言わざるを得ないな」
戦闘を終え悔しそうにしていたエリーも、街に戻りカフェに集まった頃にはすっかりと機嫌を取り戻していた。
魔物の討伐数はオリヴィアが1位、僅差でサンダルが2位という結果。いくら対複数が得意だと言っても、オリヴィアに匹敵する程の討伐数を示すなど、エリーは思ってはいなかった。
それはサンダルの方も同じで、いくらレインの、あの化物の弟子だとは言っても少女だと侮っていた。
それが蓋を開けてみれば、一体一では勝てない確率の方が高いほどに熟練している。
死の山で少し見たディエゴには遠く及ばないが、それでもあの予測出来ない動きに対応することは非常に難しい。速度と質量に任せてなぎ倒そうとすれば、いとも簡単に刈り取られてしまうだろうほどの余裕の表情も含めて、驚きを隠せない。
「ま、5歳から戦いに身を置いてた兵器だからね、私。でもサンダルさん、師匠に聞いてた話だと、私達の中で一番弱いかもしれないって話だったからさ」
「……そうなのか」
5歳から戦いに身を置いていたという言葉が気になったサンダルは、曖昧な返事を返す。
「うん。でも、オリ姉とは全然違う力に任せたあの戦い方も凄く良いと思う。ちなみに私の人生については気にしなくていいよ。師匠が示してくれた生き方を、私は後悔なんて一度もしたことがない」
最高速ならばオリヴィアに勝る可能性のあるサンダルは、あえて技術をあまり磨いていない。
魔物を前に、ひたすら速度を上げ斧を振る。ただそれだけを繰り返してきた。あえて死地に身を置き、実戦あるのみといった状態でひたすらに魔物を倒す。
次の魔王が生まれるまでの時間に短さを感じたサンダルのとった、リスクの高い修行方法。
それが結果的に、良い方向へと働いた。
ドラゴンに七度殺された。それで、死なない為の立ち回りを学んだ。
何度も死にかけ、その度に間合いを掴んで行った。
それは、素振りを繰り返すよりも、形を確認するよりも、サンダルにとっては有効的な手段となってその身に浸透していった。
「どうしても甘えてしまうからな。形なんかは」
「女性達が放っておかない、でしょ?」
あえて一人で死地に身を置いていた理由を曖昧に答えると、エリーがさらっと答えを探り出す。
「……心を読まれると台無しだ」
「ははは、私の前で格好を付けたければ、考えを隠そうとすること。そうすればもやもやとして読めないから」
エリーの力は万能ではない。とは言え、戦闘中にまでその考えを隠せる人物は、精々師匠くらい。聖女はむしろ、思考がだだ漏れなのにも関わらず勝てない。そんな感じだった。
「……その必要はないな」
心を読めることには一切の不快感を見せず、サンダルは言う。
「そうそう。この男は四六時中サニィサニィサニィサニィと、それしか考えてませんから」
ナディアにそうナイフで眼球を狙われながら茶々を入れられてようやく考える程度で、四六時中は考えていない。全く本当にナディアはサンダルに対して心を開いているのかもしれない。殺そうとしているけれど。
そんなことを考えていると、サンダルは呟く。
「レインが示してくれた生き方、か」
それを感じているのは、サンダルもほぼ同じだ。
英雄の子孫として女性を囲い驕っていた自分を変えたのは、元はと言えばあの気に入らない友人。
あのまま傲慢に過ごしていても、幸せに暮らせていただろうに、あえて死地に身を置く日々に、今はそれなりに満足している。
「そ。ゴブリンに殺されかけてたお母さんを助けてくれて、盗賊に捕まってた私を救ってくれたのが師匠。そんな師匠が、お母さんの守り方を教えてくれたの」
「なるほどな」
そう言うエリーの瞳に、サンダルはレインに勝るとも劣らない程の信念を見る。
幼い少女が発するとはまるで思えない、決意の光。
今までそれを見たのは聖女サニィを除いて他に居ない。ナディアにそれを感じてしまうのはきっと幻視だろうけれど。
エリーは続ける。
「最初はお母さんを守れる様に修行した。次は拾ってくれた宿を守れる様に。次は、受け入れてくれた町を守れる様に。後はアリエルちゃん。私の力を知っていても仲良くしてくれるみんなを守る為に、私は戦う」
エリーは言う。世界など守る気はない。
ただ、師匠の弟子として恥じない様に、魔王を倒すのだと。
「ま、形式上人前では世界を救う、って言うけどね」
最後にそんな一言で、締めとした。
すると、今までずっと微笑んでいたオリヴィアが、ついに笑い出す。
「ふふ、台無しですわよエリーさん。でも、そういうことだから、エリーさんはここまで強くなりましたの」
あれだけの殺気を放っていたとはまるで思えない程に可憐に、サンダルを上回る討伐数を見せた王女は言う。
「君は彼女よりも強いんじゃないのか?」
思わず言ってしまった言葉が、引き金だった。
「ええ、強いですわよ」
「いいや、今の私の方が強いわ!」
先ほど討伐数でボロ負けしたことなど最早忘れた様に。
「……やりますの?」
「もちろん。今月はまだだったよね」
そうして二人の弟子は、ばたばたとカフェを後にするのだった。
「なんだ、あれは」
「毎月レインさんの剣を賭けて闘ってるんです。見てくると良いですよ」
「……そうか、そうしよう」
なんとも渋い顔をしながら席を立つサンダルを、ナディアは背後からナイフで突き刺そうとするのも、またいつものことだった。
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