第九十六話:考えと気持ちは別ですから

「英雄の子孫がいるという話を聞いて、二人は私を訪ねて来たんだ」


 サンダルは語る。

 二人の英雄との出会いから今までの話を。


「初めて会った時から、あいつが強いことはそれなりに分かっていた。仮にも無傷の英雄の子孫。勇者の素質は遺伝しないとはいえ、勇者以外の素質は鍛錬を通してそれなりに受け継いできた家系だ。だから、相手の強さが少しは分かる。

あいつは、見たこともない程に洗練された肉体を持っていた。こんなことを言うのは気持ち悪いが、どんな女性よりも柔軟で、どんな魔物よりも力強い」


 目の前の魔女の要望に応える様に、鬼神の話から始める。


「本当に気持ち悪いホモですね」

「やめてくれ……。しかしその時の私は驕っていた。それは覚えているが、詳細までは覚えていない。あいつを無視して、連れている女性に声をかけた様な気がする」


 嫌悪感を隠さず言うナディアに、それでも過去の誤ちを話し続ける。

 これは流石に、乗り越えた過去だから。


「女性に声を掛けて忘れてるとか、相手があの魔女じゃなければぶっ飛ばすところですよ」

「その通り、ぶっ飛ばされたんだよ」

「ああ、流石はレインさんです。女性の味方」

「君はわざと言ってるな……」


 恍惚とした表情になるナディアに、流石に呆れるけれど、しかしナディアは恥もせずに続ける。


「もちろんです。私は身も心もレインさんに捧げる覚悟を、初めて見た時には決めてましたから」


 まるで囚われている様に、そこから抜け出せない、いや、抜け出すつもりすらない様に、ナディアは言った。


「……そうか。あの時の衝撃だけは、絶対に忘れない。どれだけ鍛錬を重ねようが、勝つことは決して不可能だと直感した」


 やはりそこには踏み込めず、サンダルも続ける。


「実際にそうなんですよね。彼に並ぶことが出来るのは、本当にあの忌々しい魔女だけ……」

「……そうだね」


 そこだけは、ナディアも認めている。

 強さが全てのウアカリでは、どれだけ嫌いな相手であっても、その強さを誤ることの方が恥。

 過去に囚われながらも、聖女の強さだけは認めざるを得ない。そして同時に、諦めきれない。

 そんな様子にどうしたものかと思うが早いか、ナディアはけろっとした様子で言った。


「ほら、続けなさい」


 そんな複雑に入り乱れた感情すら諦めに変える様な言い様に、少しサンダルも言い淀んだあと、続ける。


「……それからは、あいつにしばらく戦いを教わったんだ」

「流石はレインさん。弱き者の味方」

「……微妙に否定しづらいことを言われるのもまた困るな」


 サンダルはレインを見ていた。

 平気で女性を戦わせること自体最初こそ気に入らなかったものの、よくよく見てみれば、それは相手の尊厳を守る為。

 手当たり次第に味方だと公言していた過去の自分よりも、幾分か弱い者の味方だという見方も出来る。


「あなたは女性の敵ですもんね」

「……まあ、昔は美しい女性の味方だ、などと言ってたことは確かだ」

「今はどういうつもりなんですか?」

「私に守れる全ての女性を守りたい」


 しかしそれでも、サンダルの目標はまだ変わらない。

 不満気な顔をする目の前の魔女に次に言われることは分かっているが、それでも。


「はあ、その程度の強さで言われても……」

「なら、逆に君は男に何を求める?」

「レインさん」

「それは分かっているが……」

「もしかしたら、この私を支配出来るほどに強ければ誰でも良いのかもしれません。でも、やっぱり頂点が良いでしょう?」


 少しだけ、気になる言葉が出てくる。


「支配、か」


 少しだけ違うけれど、出会った時にレインが言った言葉を思い出す。


「どうしたんですか?」

「いや、初めて会った時にね、あいつは言ったんだ。サニィは俺のものだと」

「それが気に入らなかったと?」


 ナディアは、まるでその言葉のどこに不快な要素があるのかと言った様子で問う。


「ああ、私自身が美女の味方などと驕りも甚だしいことを口にしておいて、あいつのそんな言葉に怒ったわけだ」

「本当に失礼極まりないですね、あなたは。レインさんが自分のものだと言ったらそれはレインさんのものなんです」

「相手があの聖女様でもか?」

「レインさんが言うのなら仕方ありません」


 至極あっさりと、ナディアはそう答えた。

 てっきり違う答えが返ってくると思っていたサンダルは、思わず問う。


「……そこまで言ってなぜ諦めないんだ?」

「考えと気持ちは別ですから」

「……そうだな」


 たった一言のそんな言葉で、理解する。

 自分も同じだと。

 かつてレインに、自分自身認めているにも関わらず、認めない旨の発言を繰り返していたことを思い出す。

 どこかこの魔女は自分と似ている。そんな風にすら、思ってしまう。


「さ、続きを」


 思考を遮ったのは、ナディアのそんな言葉だった。それまでの棘のある言い方よりかは幾分柔らかな、一言。


「……ああ、その後は、修行の為に一人で荒野に出た。私があいつに頼んだ斧と、念の為と一本のショートソードを渡されてね」

「念の為、ですか」

「ああ、今だに一度も使っていない、このショートソードだ」

「良い品ですね」


 腰に差したそれを取り出して、抜かずに鞘ごと見せてみる。抜かずとも分かる。

 それは宝剣かどうかは問題ではない程の業物だ。鞘と柄、鍔を見るだけでも充分に理解出来る。

 あの友人のことだ。下手をすればそれが斧よりも良い品だということは疑いの余地がない。


 扱いづらすぎる3mの斧を使えなかった際でも、存分に戦える様にと、最大限の配慮がなされていることを理解する。


「……ああ」


 これまでの旅で、修行で、流石にその程度のことは分かっている。


 話を、続ける。


「……荒野に出てからしばらく修行は順調だった。魔物に襲われている人々を見つけてはそれを救って放浪し、極たまにあいつもやって来きては、またぼこぼこにされる。そんな日々だった」

「魔物が消える、不思議な突風という噂のことですか」

「多分それだ。そんな修行の日々を続けていたら、ある日視界に数字が見えた」

「呪い、ですか」

「ああ、実際になったことが無いと分からないかも知れないが、あれで戦えるレインと聖女様は、凄いという言葉では片付けられない」

「もしかしたら死ぬかもしれない。そう思ってしまえば動けなくなる。ウチの戦士が言ってた言葉です」

「正にその通りだ。だが、同時に幸福をもたらす呪いでもある。それもまた、本当だった」

「何があったんですか?」

「その時泊まってた宿の娘が励ましてくれた。聖女様が、救ってくれた」


 人々に絶望と恐怖と、死と不死をもたらすその呪いは、同時に幸福をもたらす。

 最後に救いはないけれど、死ぬ前までは必ず幸せな目に合う。それはサンダルまた、例外ではなかった。

 呪いさえ解かれていなかったならば、そのまま戦いをやめ宿の娘と幸せに過ごしていたかもしれない。

 そんなことすら思い出しながら、その時を語ると、再びナディアは不機嫌を露わにする。


「あなたは聖女聖女と本当に……、あれは魔女ですよ」

「君の方がレインレイン言ってる気がするけどな……」

「続けなさい」


 直前までの不機嫌はどこへやら、図星を指されたナディアは次を急かす。


「ともかく私は聖女様に救われたんだが、その少し後、ドラゴンが出現したとの報告を受けたんだ」

「史上三人目の単独竜殺し。それがあなただとはアリエルから聞いてます」

「ああ、それこそ、聖女様がもたらした試練だと思ってね、震え上がる体をなんとか押さえつけて、挑みかかったんだ。

結果は、七度の死の末に、相手が興味を失った所を不意打ちでの勝利。とてもじゃないが、格好つかない無様な勝利だったよ」

「ふーん」


 興味があるのか、ないのか分からない返事。


「その後、救ってくれた聖女様にプロポーズをして、レインに勝ったらと言われ挑むも惨敗。それっきり、二人は居なくなってしまった」

「…………」


 別れの挨拶すら出来ずにレインと二度と会えなくなったことを、ナディアは思い出していた。

 確かに、納得の出来る別れ方が出来たサンダルは、呪いの祝福を受けていたのかもしれない。もちろん振られてしまっては同じかも知れないが、それでも、何も言えないよりはマシだ。


「続けて」


 その言葉に隠された感情に、やはりサンダルは踏み込めず、続ける。


「その後も再び旅を続ける内、占いと念話の力を持った兄妹に会ってね、彼らの占いを受けて、修行と同時にこの大陸の魔物達を掃討していたというわけだ。どうしても、自分が納得出来る勝利を手にするまでは、君達の前に出られなくてね」

「その占い師、アリエルの手先ですけどね」

「は……?」

「居場所不明なあなたに効率的に指示を出すために、アリエルが派遣した人物です。念話、一方的でしょう?」


 居場所の分からぬメンバーに対する連絡手段。サンダルが居ると予測される範囲のあらゆる町に人員を配置し、見つけ次第そこに占い師を送り込む。

 3mもある奇怪な斧を持ったイケメン、という情報から探ってみれば、目撃情報は多数だった。

 結局サンダルすぐに町を出てしまうものの、特定の人に限り遠距離の念話が出来る人員と組み合わせることによって、居場所が分からずとも魔物の情報を正確に伝えることを可能としていた。


「言われてみれば確かにな……」

「それで、納得する勝利は出来たんですか?」

「レインの様にと考えればまだまだかな」

「比べることすらおこがましいですが、それなのになんで私と一緒に旅をすることにしたんです?」

「それは君が付いて来たからだ」


 まるで自分が付きまとっているとは思ってもみない様子で問うてくるナディアに、思わず普通に返してしまう。


「あなたの力なら、振り切ろうと思えば私でも振り切れたはずですが」


 しかし、ナディアの聞きたいことはここだった。自由なナディアも、魔王討伐隊のメンバーとして、レインに選ばれた者としての誇りがある。誰とも連絡を取らずに一人走り回っていたサンダルを、監視するつもりという意味も含めて付いてきたことは、流石にサンダルから見ても明白だろう。

 だからこそ、今まで一人で活動を続けていたサンダルが、共に活動することを許容した意味が気になった。


「…………」

「どうしたんですか?」

「まあ、それなりに衝撃的だったんだ。色々とね。レインの残した魔王討伐隊のメンバーが、ここまで強いことにも驚いた。だから、そろそろ共に先を目指すのも悪く無いと、そう思ったのさ」


 それが、サンダルの紛れも無い本心。

 女性達ばかりを集めた魔王討伐隊と聞いて、趣味でやっているのではないかと疑ったことも、多少はあった。

 身体能力が通常の人とは異なる勇者と言えど、戦いに向く者は男の方が多い。

 そして、このサニィそっくりのナディアの出現。それは少なからず、サンダルに衝撃を与えていた。


 死の山で、援護に向かった先のクーリアが、一度に十五匹ものデーモンをなぎ倒す所を見た。

 魔法使いであるルークが、エレナが、平然と何十匹を相手にするのを見た。


 そしてライラがタイタンをたったの2発で屠ったのを聞いて、衝撃を受けた。そんな彼女に素手で勝ったエリーとオリヴィアの存在を知った。


 だからこそ、そろそろ、共に高めるのも悪くない。

 流石はあの二人が集めた最強集団。

 それに加われるのならば。

 そう、思ったのだ。


「そうですか。さて、聞くだけ時間の無駄だったので、私は寝ます。交代の時間になったらいつもの様に3回手を叩いて下さい。手を出そうとしたら殺しますよ」

「はいはい、おやすみ魔女様」


 それを聞いたナディアにいつものとげとげしさはなく、少しだけ嬉しそうに微笑んでいる様に、サンダルには、そう見えた。


「七度の死を乗り越えての無様なドラゴン討伐。まあ、腐ってもレインさんの友人、というところ。その程度には認めてあげても良いでしょう」


 寝転がったナディアはそんなことを呟いながら、夜の帳の中、意識を落としていった。

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