第五章:白の女王と緑の怪物
第五十五話:妾にとってはライラ大事だもん
今のアルカナウィンドには、化け物がいる。
そんな噂が、アリエル・エリーゼの母親、前女王が崩御してしばらくしてから流れ始めた。
恐らくその人物は、現在世界で最も有名な勇者だろう。
かの聖女、サニィの友人にしてアルカナウィンド最高戦力、そして女王アリエルの命のストックであるライラという名の侍女。
薄緑の髪と奇抜なメイド服が特徴的な美女である。
オリヴィアが名前を隠して活動している間、彼女は本名のままに世界最大の国の危機に度々現れてはそれを救ってきた。
その通称は、『怪物』
その理由はとてもシンプルだ。
強力な力を持った宝剣を使って次々と魔物をなぎ倒して行くのならまだ理解出来る。
最強ではないかと言われたサンダープリンセスも、騎士団長ディエゴも、それぞれ宝剣を使って魔物を倒している。ナディアも宝剣がどうこうではないが、凡ゆる道具や手段を用いて敵を蹂躙する。
しかし、侍女ライラは違った。
彼女は素手で魔物を正面から滅多打ちにして倒すのだ。
それは、例え国を脅かすレベルであるデーモンロードであっても例外ではない。
つい先日も騎士団が苦戦していた所に颯爽と現れ、最強の格闘術を持つデーモンロード、オリヴィアが全力で集中して一突きにした、エリーが手を腫らしながら倒したそれを、たったの数分でただの肉塊に変えてしまった。
最大国家アルカナウィンドの最終兵器。女王アリエル・エリーゼの飼う化け物というのが、世界での常識となっている。
まあ、素手で国家を脅かす化け物を一方的に叩き潰してしまうのだ。そう思われるのも仕方がない。
ただし、それは彼女を直接知らない人間だけの話。
「あ、ライラさんおはようございます! 今日もお美しい!」
「おはようございますライラさん、僕もやっとドレイクを無傷で倒せる様になりましたよ」
「ライラさーん、今度一緒に食事でもどう?」
今日も騎士団員から、熱烈なラブコールを受ける。
彼女は以前、自由な恋愛が許されていなかった。女王アリエル・エリーゼの命のストックとしての役割を持つ彼女は、言わばいつ死んでも良い人間でなければならなかった。いざという時に恋人がいるせいで臆してしまっては、国の宝である女王を守れない。
だからこそ、彼女が以前恋愛を許されていたのは限られた極一部の者だけだった。本来であれば恋愛をすること自体避けるべきであるものの、ある特殊な状況下に置かれている人物であれば、それを逆に有効活用することができた為に。
しかし今はその状況下にある者は一人として存在しない。
『魔王の呪い』と呼ばれていたそれに罹った人物が該当者であったものの、その呪いを聖女が消し去ってしまった為だ、
ところが、その余りの強さから一年程前から自由恋愛が解禁されることになった。
今度は逆に、恋人の為に魔王に打ち勝て、と言うわけだ。
解禁というよりはその実、むしろ推奨に近い。
「ひゅぅー今日もライラはモテモテだな」
ライラが部屋に着くなり、ベッドで寝ていた16歳の女王アリエルはライラをおちょくり始める。
誰も死なない様にと細心の注意を払っていたアリエルは、度々重なる過労で倒れてしまう。
特に同時に複数箇所に危機が訪れる時などは、自身の能力によって脳に多大な負荷がかかるためだと言われている。
今回は霊峰マナスル、グレーズ王都、ウアカリ、世界の主要な拠点が三箇所も未曾有の危機に曝されてしまった為に、それに体が耐え切れなかったらしい。
とは言え、一晩休んだら顔色は良くなっていた。
「自由恋愛が解禁と言っても、私は未だにレイン様が好きなんですよ、アリエルちゃん」
いつものことに最早慣れきった様子でライラも答える。
彼女はその能力が見つかった瞬間から女王の側に仕えることを義務付けられていた。幼少の頃から共に会った二人は現在、女王アリエルと姉妹の様な関係にある。
もちろん、それはプライベートな時間だけだ。
しかしそれも、完全ではない。アリエル自身はそう思っているものの、基本的にはライラは敬語で話す上、妹の様に扱い切ることはない。
あくまでいざという時には命を懸けてアリエルを守らなければならない彼女は、100%心を開くことまでは許されていない。
「もう、ちゃんって言わないでよ。でも良いじゃん、妾なんか全然モテないしなー」
「モテたいんですか?」
「いや、特に」
もちろんアリエルもそれは理解しているものの、母親が亡くなった辛さもあってライラに甘えがちとなっているのが日常だ。
非常に複雑な関係でありながらも、二人は互いに支え合っている。
「それにしても、ロベルトも酷いよね。恋愛禁止だったかと思えば今度は推奨なんて。ライラのこと全部知ってる癖にさ」
ライラについて、アリエルは不満を漏らす。
この国の名宰相であるロベルトの決めるライラに対するルールは、常に厳しいものがある。
それが国の為と分かっているとはいえ、まだ子供心の残るアリエルには不満が残る。
以前、母親である前女王が亡くなった時のことでも同じだ。
あくまで国の為、女王の為だと分かっているし、誰よりもこの国に忠誠を誓う人物だということは紛れもない。
正しき道を示すアリエルの力そのものが、確実な証明をしている。
「それは仕方ありませんよ。あくまで国の側に付くのが宰相の立場なんですから」
だからこそライラは大したことではないかの様に答える。
「ぶー。分かってるけどさ、分かってるけど妾にとってはライラ大事だもん」
世界の命運を担う英雄候補達にはエリーオリヴィアを始め過酷な運命を背負っている者も多い。
そんな者達の味方になりたいというのもまた、彼女の望み。
それが分かっているライラもまたいつもと同じ様に答える。
「それだけで充分私は満足です。そもそも、私はサニィの友人というだけで、レイン様を慕っているというだけで、負けが許されない人間ですから、問題ありませんよ」
「それは強引な納得な気がするなぁ。弟子のエリーとオリヴィアさんが負けられないのはまだ分かるけど」
「なら、私はアリエル様を命ある限り守るのが使命ですから、問題ありませんよ」
「それは……、うーん、……いつもありがとね、ライラ」
「いえ、ほら疲労をよこしなさい。アリエルちゃんには元気で居て貰わないと、世界の士気に関わるんだから」
そう言って、ライラはアリエルの頭を撫でながらアリエルの疲労を奪い取る。
彼女の勇者の力の一つは、近くの人物のダメージを肩代わりすること。
致命傷すら、例外ではない。
だからこその、女王の命のストック。
今日も妹の様なアリエルの為健気に頑張っているライラを知っていて、彼女を化け物だと恐れる者など一人も居なかった。
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