第四十話:行ってやれ。ディエゴには俺が付いてる
二人が王都に戻ると、戦いの音はまだ聞こえている。
それも爆発音の様な巨大な音が何度も響いている。明らかにデーモンロードに並みか、それ以上の魔物が暴れている音だ。
「うぅ……酷い」
そんな音が聞こえてすぐ、エリーが苦しそうに頭を押さえる。
「まさか皆……」
「や、違う。残ってるのはキマイラだけだと思う。……騎士団はだいじょぶ」
最悪の想像をしたオリヴィアを安心させる為すぐに答えるが、苦しそうなエリーの様子は変わらない。
「キマイラ、私は近づくのすら辛いかも。オリ姉先に行ってて。西門の壁の上に王様いるから」
「分かりましたわ。ゆっくりで良いですからね」「ん」
オリヴィアが王の所まで駆けつけると、エリーが辛いと言った理由がすぐに理解できた。
それまでも声は聞こえていた。
悲痛そうな叫び声だけはずっと聞こえていたが、その姿を見て初めてそれに納得する。
「これが、キマイラ……」
「ああ、通称『失敗作』って名前の理由がよく分かるな」
王も目は逸らさないものの、苦い顔は正せない。
肉塊。
そんな言葉が適切だろう魔物がディエゴと戦っている。
大きさは直径20mもあるだろうか。騎士団のメンバーは前線を予定よりも少しだけ押し上げている。
その奥で、ディエゴが一人だけでそんな魔物と戦っていた。その周囲には、いや、それの通ってきた道には魔物の死体が散乱している。
騎士団員の殆どは魔物と戦ってすらいないのだろう。ディエゴとキマイラが戦っている辺りよりも王都側には殆ど死骸は落ちていない。
『ギャアアァアアァアアアアアァァアアアアアアァァァ!!』
幾重にも重なる絶叫が、響き渡る。
思わず目をそらしたくなる程の悲痛さで、それは叫ぶ。
「失敗作……あんまりですわ……」
それは、肉の丸見えになった体で血を流しながら這いずってきたのだろう。
それは、いくつもの首でその痛みを訴えようとしているのだろう。
それは、ただ苦しいから暴れているのだろう。
通称『失敗作』
キマイラという魔物を、ある魔王はそう呼んだと言う。
歴史上三度しか目撃例の無い魔物、キマイラ。
様々な魔物を合成させたような見た目で知能は無いに等しく、見るもの全てを壊そうと襲いかかる負の塊の様な魔物。
その強さはドラゴンに等しく、その叫びは人々にドラゴン以上の恐怖を植えつける。
魔物に関する資料には大方このように書かれていた。
その出現はいつも魔物の大発生時に限られることから、『失敗作』とは『魔王の失敗作』なのではないかという説が有力視されている。
「ディエゴは大丈夫ですの?」
「ああ、もうすぐ決着は付くだろう……」
死角になって見えないディエゴを案じ尋ねるオリヴィアに、王は相変わらず苦い顔で答える。
『ギャアアァアアァアアァァアァアアアァァアアアアアアァァァ!!』
「うぅ……」
その叫び声は、悲痛そのものだ。
苦しんでいるのだろう。本当に、暴れるしかない程に苦しいのだろう。
直視するだけで辛い光景に思わず目を覆いたくなるが、なんとか耐えていると王は言う。
「エリーは大丈夫か?」
「多分まだ離れたところにいますわ。辛そうでしたから」
「そうか。行ってやれ。ディエゴには俺が付いてる」
「……はい」
王が出ることは許されることではない。
ましてや、昔は最強と呼ばれる一人だったかもしれないが、今では実の娘よりも遥かに弱い。
それでもオリヴィアは駆け出した。
ディエゴには王がいると言うのであれば、エリーには自分がいる。いや、自分が居なければならない。
そう思ったからだ。
「おぉえ……」
エリーは壁に手を付きながら、時には戻しながらも西に向かって歩いていた。
キマイラの声も届く距離まで、必死で歩いてきている。
「エリーさん、大丈夫ですか?」
「結構キツい、それよりディエゴさんは? デーモンロードより全然強いでしょ、これ」
尚もディエゴを心配しているエリーを、オリヴィアは軽く抱きしめる。
「ディエゴにはお父様が付いてますわ。背後に守る者がある以上、あなたと同じ様に騎士は誰にも負けません。だから大丈夫」
そう言った直後だった。
『アアアアァァアアァァァアアアアァァァァ……』
悲痛な断末魔と共に、青い顔をしたエリーも少しだけ微笑んだ。
「やっと死ねる。そんな風に言ってたよ」
「魔物とはいえ、……」【可哀想と思ってしまうのは偽善でしょうか】
「殺してあげることが救いだったんだから、仕方ないよ」
魔物は人類の仇敵だ。
必ず殺さなければならない。
勇者であればなおさら、本能的に殺したがってしまう。
それでもそう思ってしまうのが仕方が無い程に、キマイラの声は重かった。
拷問を受け続けている生き物の集合体。
生きているだけで苦痛を受け続ける。動くだけでむき出しの筋肉は言いようもない程に痛く、他者の意思も混ざって思う様に動くことすら出来ず、そんな体に生んだこの世の全てを恨み続ける。
それはそんな存在だった。
それを失敗作と呼ぶ魔王は、素直に酷すぎる。
エリーはそう思っていた。
――。
「ディエゴ、済まない。お前一人に押し付けてしまって」
「なに、構いません。これが騎士の使命ですから」
「こういう時くらい親友の様に話してくれ」
「ああ、お前が後ろに居てくれたからなんとか勝てたんだ。ちょっと休ませてくれると嬉しい」
王が支えたディエゴは、三箇所ほど骨折していた。
誰一人欠けずたったそれだけの被害で済んだのは、王がディエゴとキマイラの戦闘には決して加わるなと念を押していたからだ。
唇から血を流す王を見て、騎士達は皆己の無力さを噛み締めることしか出来なかった。
ドラゴン並みにはまだまだ敵わないことを直接的にに実感した彼らは、これから更に成長していく。
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