第二十七話:あの人聖書の数を人の数より多くする気だもの
グレーズ王都へと向かったエリー達と別れて、ルークとエレナは霊峰マナスルへと戻ってきていた。
エリーの成長はルークの予想通り順調で、やはりエレナは手も足も出ない状況だ。エレナの考えていることが伝わってしまう以上、その幻覚にはかからない。逆にエリーがエレナの精神に侵入してその得意の幻術すら緩めてしまう。
逆にエリーのトリッキーな動きはルークが先読みして封殺してしまう為に、彼女がルークに勝つことは難しい。エレナの思考を完全に超えた計算で動いているルークは、エレナが侵入してかき乱そうとしたところで、逆に迷路の中に放り込まれる感覚に陥るのだと言う。
かなりの絶妙なバランスの上に成り立っているこの四人組は、やはり単純に高め合う為にもとても相性が良い。
どちらにせよ、魔物の脅威が世界中で増している以上は現状の最強戦力である『英雄候補達』と呼ばれる者達がずっと一緒に行動するわけにはいかない。
そんなこんなで、久しぶりに会ったかつて鬼神にぼこぼこにされた仲間同士しばし語り合った後、それぞれの次のポイントへと移動していくのだった。
――。
「エイミー先生は大丈夫だよな……」
「大丈夫よ。あの人はサニィ先生の許可無しには死なないわ」
「それは大丈夫なのか……?」
研究所に戻ったルークは、ここで起きたかつての惨状を思い出す。
4年前、二人の英雄が亡くなって2週間。
恩師を失った喪失感から港町ブロンセンへと赴くとエリーが家出をしていた。それは心配する間もなく解決したのだが、二人と話をして少しばかり気分が回復したからと研究所に戻ってきたら、胸から大量の血を流しながら青い顔をしているエイミーがいたというわけだ。
この時程サニィの複雑骨折を簡単に治す回復魔法を見て、医学や解剖学などなどを勉強しておいて良かったと思ったことは無かった。
「扉を開けるの怖いんだよなぁ」
エイミーの部屋をノックする手を一瞬躊躇して、ルークは言う。
「だから大丈夫だって。ルー君は私とエイミー先生のことは全然分からないのね」
少し不満げにエレナは答える。
エリーの動き方なんかは考えれば大方の予想はつくが、エレナが何を考えているのかは全く分からない。どこまでが感情でどこまでが計算なのかすら、ルークは予想がつかないことだった。
しかしだからこそ、言えることがある。
「ま、全然分からないからこそエレナは魅力的なんだよ」
「やだもう」
ばしっと背中を叩きながら嬉しそうにする彼女に、今回は正解だった様だと一安心。
全く同じことを言ってもその時の気分によって、いや、タイミングによってか、エレナの返答は全く違う。どうやらその謎は乙女心という言葉で解決するらしいが、その中身は理解不能だ。
「さて、この一瞬で間に合わなかったなら笑えない。エイミー先生いますかー?」
コンコンとノックをすると、エレナは何故か睨みつけてくる。
中から返事はしない。
「まずいな、アンロック」
急いで開錠すると、やはりエレナは睨みつけてくる。
中を確認すればそこにはタオレタエイミーが、まあ、いるわけもなく。
そこはもぬけの殻だった。
はあと溜息混じりに一安心すると、エレナは怒りながら言う。
「ほら、言ったじゃない。聖域に決まってるわ。あの人聖書の数を人の数より多くする気だもの。と言うか女性の部屋に勝手に入るのはどうなのかしら」
「でも万が一と言うことも――」
「ない」
これ以上抵抗すると幻術をかけられそうなので、素直に聖域へと向かおうかと歩き出す。
ここ霊峰マナスルには、常人ではたどり着けない聖域がある。
極度に濃いマナがこの山を包んでいる影響で、登山をするのすら困難だ。
勇者にはそれは不可能で魔法使いでなければ登れないという特殊な山が、この霊峰マナスル。
その山頂には一本の巨大な、ガラス細工の様な木が生えている。
山頂から更に500m程も伸びたそれは聖女が起こした奇跡の一つで、今やこの山のシンボルとなっている。
つまり。
「やっぱりここに居ましたか」
聖域、山頂に辿りついたルークはそこでひたすらに本を増産しているエイミーに呆れ顔を向けながら言う。やっぱりとはもちろんエレナのセリフなので、彼女は不満げな顔を向ける。
たまには自分が気づいた風にした方が喜ぶ彼女なのだが、今回はハズレだった様だ。
「あらルークにエレナ、また配ってきてくれるの?」
「いや、先生の無事を見に来ただけです」
忙しいからパシリをしろと目を鈍く輝かせるエイミーに、拒否しますとルーク。
「ルー君また先生が倒れてないかって疑ってたんですよ」
そこに、エレナは何が不満なのか先程の出来事を報告する。
「まあ酷い。私は聖女様に言われたことをこなすまで決して死なない!」
ルークは思い出す。
この女が臨死体験中にサニィ先生に言われたことは「まだこっちに来るな」だったはず。
起きた直後に言ったことだから間違いがない。
かつてのサニィ先生の反応から推測するとそれは、来られるのは嫌だ、というニュアンスに思えてならない。サニィ先生が言ったという辺り、言われたということを嘘と処理するのは早計だと判断せざるを得ないのがまたなんとも言えないのだけれど……。
それはともかく、いつの間にこの女は本を全世界に配るのが聖女の言ったことだと解釈したのだろうか。
……まあ生きてることに比べたらどうでも良いか。
「それで先生、このマナスル全域を囲うように魔物の群れが襲いに来るみたいなので、暇だったらで良いんですけど手伝って貰えま――」
「聖域を侵そうだなんて万死に値するわね。すぐ下山よ。私は西、ルークは北、エレナは東ね。南は村だから研究所職員やそこらの修行者にやらせましょう」
こういう時だけ判断が早すぎる。
急いで原本をリュックにしまうエイミーを見て呆れたような関心したような複雑な気分に浸りながら、二人も少しだけ複製本を持つのを手伝うのだった。
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