第二十四話: 師匠って

 泣き疲れて眠ってしまったけれど、起きるとまだオリ姉に包まれていた。

「ごめんなさい」

 だから、開口一番そう言った。

「何がですの?」

 オリ姉はそう問い返す。

 その心は、まだ読めない。オリ姉自身が何故謝られたのか分かっていない様子。

「あの、逃げちゃって。お母さんを守るって、言ってたのに、嘘吐きなんて言っちゃって」

 当然だ。嘘を吐いて逃げ出したのは自分だ。

 そもそもここまで心配をかけて、謝らないのもやっぱりおかしい。

「ああ、そんなこと、エリーさんが無事なことに比べたらなんでもないことですわ。わたくしたちこそ、ごめんなさい」

【お二人のこと、隠していて。騙すようなことをして】

 そんな二つの声に、はっとする。


 心を読まれることに、オリ姉は全く怖さを抱いていない。

 それどころか、ここの底から読み取って欲しいと言わんばかりに、彼女はそれを筒抜けにする。


【エリーさんが無事で良かった。本当に、大切な妹の様な存在のあなたにもしも何かがあったのならば、悔やみきれない。本当に、本当に無事で良かった】


 優しさの溢れるオリ姉の心に触れて、ふと思う。

 師匠やお姉ちゃんのことで悲しんでいるのは、このひとも同じだ。それなのに、今はわたしのことばかりを思っている。


 そして、そんな感覚はいつだって体験していた。師匠と一緒にいた時、お母さんと一緒にいた時、女将さんとも、そして普段からオリ姉といた時も、全く今と同じだ。


 そう思って、やっとのことで腑に落ちた。


 ああ、師匠やみんなは、わたしに伝えなかったんじゃあない。

 伝えられなかったんだ、と。

 他の人に伝えた理由は、わたしを省く為ではなく、伝えなければならなかった為だ。

 そんな当然のことに、今さらながら気が付いたのだ。


 それでも漏れ出てしまった感情を受けて、わたしは二人が居なくなってしまった日、泣いたのだ。


 師匠は最強だ。

 それでもやっぱり、人間なのだ。


 そして、今わたしを抱き締めてくれているこの人は、……。


「オリ姉、迎えに来てくれてありがとう」

「はい。みんなも心配していますから、帰りましょう」


 ……。


 帰り道、ふと思う。


 港町ブロンセンは、最高の町だ。

 全ての人がわたしの力を知っているのに、まるで嫌悪感を抱かない。


 後から聞いた話では、『呪い』に罹った人は必ず幸せな日々を過ごすのだという。それに罹った人三人が移住先として選んだ場所なのだから、素晴らしくて当然だ。


 でも、外を知って、わたしは自分の力の危うさを知った。

 呪いがなくなった瞬間にお母さんには不幸なことをしてしまったことを大いに反省しながら、故郷である港町を二人で目指す。

 そして、まだ寂しかったからか、ふとオリ姉に甘える様にこんなことを言ってみた。


「そういえば、凄く厳しい門番がいる町があった」

「どんな町ですの?」

「森から出て少し歩いたとこで、俺は嘘を見抜く、とか、スパイか、って言われた」

「あ、ああ、あそこはですね……」


 そうしてオリ姉から聞いた説明を受けて、納得する。

 あの人達は悪くないことと、同時に不運は重なるんだということ。

 そして、オリ姉はなんだかんだで王女なのだということを納得することになる。


「あの町は宝剣研究の権威が住んでおりますの。何本もの宝剣を管理しているものですから、それを狙って盗賊が現れたりするもので、あの方達を騎士団から派遣したんですわ」

「……怖かった」

「よしよし、わたくし達がエリーさんのことはちゃんと分かってますわ」

 そうして、オリ姉はわたしを優しく撫で回すのが心地良くて、しばらく怖かった出来事を話しながら帰ったら、段々とその怖さも薄らいでいった。


「それにしても、そろそろその剣も手入れしないといけませんわね」

 たまに現れる魔物を倒していると、オリ姉がこちらを気にかけてそんなことを言う。

「うん。ちょっと乱暴にしちゃったから、ごめんなさい、師匠」

そう言うと、オリ姉は微笑む。

「でも、その剣が守ってくれたのでしょう?」

「うん」


 『長剣レイン』

 師匠の名前を冠したこの剣は、町を飛び出してからずっと、覚えていない時もわたしを守ってくれた。

 実際に振るったのはわたしだとしても、たまたま飛び出す時に手にとった剣がこれだということは、きっと師匠が守ってくれたということだ。

 あのオヤジを刺した覚えも殆どないから、もしかしたら師匠が怒ったのかもしれないと思うと、何やら色々と申し訳なくなる。勝手に罪を押し付けてごめんなさいとか、色々。

 でも、師匠が「エリーに近付く不貞の輩は全て斬り刻んでやる」と言っていたのは本当なので、なんとも言えない気持ちもある。


「……。ねえ、オリ姉」

「どうしました?」

「師匠ってわたし大好きだね」

「ええ、思わず嫉妬したくなるくらいですわ」

「この点ではわたしの圧勝だね」

「……ここからは競走ですわ。ほら、置いて行きますわよ」

「あ、走れないよ……まって、ごめんってオリ姉……」


 そんな話も混ぜつつブロンセンに辿り着いたのだった。

 いや、辿り着いたのは良いものの、最後に「油断したね」と一言あってから、意識を失ったのだった。


 …………。


 その真相は。


 先生が居なくなりどうしても寂しさが抑えられなくなったルークとエレナは、早速使える様になった転移魔法でブロンセンに来ていた。

 すると、アリスや女将からエリーが家出をしてしまい、オリヴィアがそれを追いかけたと聞く。

 同じく追いかけようか迷ったものの、一先ずはオリヴィアを信じて待った矢先、ボロボロになった二人が現れたので、ルークはやってしまった。

 寂しさと嬉しさと、そして修行の成果を見たい見せたいなどという様々な感情が入り混じった結果、天才はエリーに挨拶代りに一発お見舞いしてやったのだ。

 もちろん、背中を叩く程度の感じで。


 ただ、エリーの疲労が限界だったと言うのを知らずに。


 その後、オリヴィアに割と本気で叩きのめされたのだが、1日経ったエリーはリベンジをしたいと既に燃えていた。


 ――。


 思い返せば、エリーは10歳にして大変な冒険をしたものだ。

 10歳にして、人の心の闇に触れてしまう冒険。明確な敵は魔物がいるにも関わらず、その更に先を見てしまった様な、そんな冒険を。

 同じ年齢のオリヴィアは、レインの話を騎士団長から聞いて仄かな恋心と夢を見始めた頃だ。

 ついでにこの戦いが恒例になった理由はかなり下らないことも思い出してしまったが、オリヴィアは今の元気なエリーを見て、本当に良かったと安心する。


 これが、オリヴィアがエリーに聞いた家出事件の全て。


 どちらの夢にもサニィが出て来たということは、やはり引き合わせてくれたのはお姉様なのだと一人感謝して、じゃれ合いのような戦いを続ける。


 そうして四人の後継者は30秒ほどの戦いで満足そうな笑みを浮かべ、ようやく普通の挨拶を交わすのだった。

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