第十九話:ほら、姉に心配かけるんじゃないわよオリヴィア
英雄達は皆、悲しき数奇なる運命を背負っている。
私はそれが偶然であることを願っている。
サニィ・プリズムハート著『魔法書』452
英雄とは世界の悪戯に振り回され、苦しみの中戦い抜く者達のことだ。
尤も、その苦しみに評価が比例することは決してない。
私は彼らのその血塗られた歴史の真実を、ここに紐解いていこうと思う。
「世界は悪意に満ちている」
これはきっと、この世界の誰もが理解している事実だろう。
アレス著『世界の英雄達』460 よりそれぞれ抜粋
――。
「はぁ、レイン様……」
いつもの様に野宿をしていると、ぽつりとオリヴィアが溜息混じりに呟く。
この女は、こうしてたまに既に居なくなった師匠に想いを馳せ、思い出したかの様に寂しそうな表情をする。
お姉様パターンなら簡単だが、こちらのパターンは少々気を使う。
「師匠はちゃんと私達を見守っててくれてるから、ほら、もうすぐご飯出来るよ」
「はぁい」
故人に想いを馳せることなど止めて他の良い男を探せ。そう言いたい所ではある。
いや、一度言ったことがある。
その時の余りにも悲しい言葉と心の内を覗いてしまってから、エリーはそんな風に寂しそうな顔をするオリヴィアを慰めることしか出来なくなってしまっていた。
「でもさ、師匠も元気なオリ姉が見たいと思うよ。なんだかんだ言ってオリ姉のことも大好きなの、私には分かってたからさ」
「そうですわね。愛はひしひしと伝わってましたわ」
心を読める力と言うものは、不便なものである。
相手の抑えきれない程に溢れ出てくる感情は否応無しに自分にも伝わって心を掻き乱されてしまうし、他にも。
「ほら、師匠から私を任されたんでしょ? 今は世話してあげるからさ、また後で修行の手伝いしてよね」
「ありがとうございます」
もし失言をしてしまえば、それに傷付いた心を受けて、自分自身を深く責めることになってしまう。
あの時のように。
――。
「ねえオリ姉、師匠はもう居ないんだからさ、私が他にも良い人居ないか探してあげるよ。ほら、サンダルさん? 師匠の友達とか凄いイケメンらしいし」
師匠が亡くなってから二年目の冬、毎日の様に人の温もりに飢え、レインに抱かれて温まる妄想を繰り返したオリヴィアに、エリーは良かれと思ってそんなことを聞いたことがある。
本当にそれは、ただの善意だった。
それに対してオリヴィアは、弱々しい笑顔でこう答えたのだ。
「ふふ、ありがとうエリーさん。でも、今はまだ大丈夫ですわ。魔王を倒したら、一緒に素敵な殿方を探しに行きましょう?」
普通の人ならば、ああ、慰めの言葉は取り敢えず、成功したのだと思うだろう。
しかし、エリーはどうしようもなく漏れ出てしまった、そのオリヴィアの心の中を否応無しに知ってしまった。
【子も作れぬ身でまともな恋愛など……】
そんな心の声に、まずどきりとする。
そこで、一つだけ思い出したことがある。この国の王族は、基本的に子どもを一人しか生まない、かなり特殊な国なのだと。
【もしも今更実る恋などしてしまえば……】
断片的に、オリヴィアの声が届く。
それはきっと、彼の父なら気にもしないだろうこと。きっと、そんなことはこの国の上層部の人ならば誰も企まないだろうし、もし企みでもすれば直ぐにバレてしまうだろうこと。
それほどに、この国は優しいはずなのに。
【最悪覇権争いで弟にまで危害が及んでしまう可能性も。王になるべく生まれたはずの弟に……】
そんな、余計なことを考えていた。
しかし同時に、それが余計なことだと考えられるのは、自分が第三者であるからだと理解する。
その悲しみを知ってしまったエリーは、深く深く、オリヴィアの深層とリンクしていく。
王族が伝統的に一人の子どもしか生まない理由は、兄弟同士の争いを起こさぬ様にする為。それが発端だ。
もしもの時には、血を絶やしてでも養子を取って王に据える。それがこの国の王族の在り方だった。
しかし現在彼女には、弟がいる。
だからこそ、逆に彼女に子どもが出来ないことは好ましいことになっている。
しかし、今度はそれが彼女を苦しめる。
【本当に初めてレイン様に会った時にはかなり遅いかな、程度だったけれど……】
そうして尚も、自身ともオリヴィアとも分からず漏れ出る心の悲痛の叫びはおさまらない。
【あれから7年経った今も、一度も来ない……】
もう良い、これ以上辛い思いをしたくない。
思わず、そんなことを思ってしまう。
善意で言ったはずのことが、まさかこんな真逆の感情を呼び起こすことになろうとは、思っても居なかった。
【だからこそ、こうして依存してしまう。しかしこれではエリーさんにも迷惑を――】
しかしそう思った時に、はっとした。
この人は、自分には全く分からない様な辛い目にあってまで、自分のことを考えているのだ。自分であれば、もしお母さんが死んだらと考えただけで、全てがどうでもよく感じてしまうのに。
気付いた時には、その顔面を胸で覆う様に、その頭を抱きしめていた。
オリヴィアと違って、覆える様な胸はないけれど。
「ふがーふ?」
「オリ姉は、師匠のこと想ってて良いから」
「ふ、ふふまっひゃいました?」
もごもごと顔を動かしながら、最後のましたしか聞こえないけれど、思ったことは全て分かる。
「うん、伝わっちゃったよ。ついでに、秘密兵器まで」
「秘密兵器……。まあ、それは、本当に、どうしてもの時だけですけれど」
「正直そんなものを渡すお姉ちゃんはちょっと酷いと思ったけど、オリヴィア姉さんは嬉しいんでしょ?」
「ええ、今の所唯一の可能性、ですもの」
「ん、変なこと言ってごめんね」
「気にしてませんわ、それより」
まだ少しだけ暗い感情の奥から、何故か急激に光が湧いて出てくる。
「先程わたくしになんと言いました?」
「ん?」
何故か、光だけを当てられて、詳細は隠される。
こんな器用なことが出来るのならば淫乱妄想位は隠してくれても良いだろうに。
そうは思うものの、エリーにはそんな急激に気分を良くさせる発言に心当たりはない。
「オリ姉は、師匠のこと想ってて良いから?」
「それもそうですけれど、その後ですわ」
何やらもどかしそうに、しかし期待したように言う。
「ん? 秘密兵器使っちゃえYO?」
「そんなこと言ってませんわ!」
次は何故か怒り始める。若干の面倒くささは感じるものの、今日は失言の分甘やかすと決めたのだ。
興奮したオリヴィアの相手は面倒くさいとは、師匠もよく言っていたこと。
姉弟子である自分がそんなすぐに投げ出していたら師匠の様にはなれない。
もぞもぞとオリヴィアの膝上に座りながら、考える。
「何言ったっけ、お姉ちゃん?」
そうして振り返りながら、そう聞いてみた。
「はぅあぁっ……」
するとオリヴィアは奇怪な叫び声を上げたかと思うと、全力でエリーを抱きしめながら頬ずりを始める。
オリヴィアは勇者の中でも特に身体能力に特化したタイプだ。
確実に、デーモン程度なら全身の骨がバキバキになっている。
いやぁ、わたしがつよいゆうしゃでほんとうによかった。
そうして、エリーは気を失った。
――。
…………。
何やらどうでも良いことまで思いだしながら、目の前の不甲斐なくなってしまった王女を眺める。
「ほら、姉に心配かけるんじゃないわよオリヴィア」
弟子が抜けているが、今日は趣向を変えてこうしてみよう。
まあ、十中八九文句が出るが、その時は死を覚悟してお姉ちゃんと呼んでやろう。
そんなことを思いながら、優しい姉貴分を眺めていると。
「……あ、それもアリかも」
どうやら彼女は一二の方らしい。
そういえば、この女はお姉様お姉様とうるさいのをすっかりと失念していた。
何やら残念な気分になりながらも、エリーは困った王女様をとりあえず撫で回すことにしてみたのだった。
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