第十六話:ハーッハッハッハ、心配いらないぞ皆の衆
「30km前方、グリフォンの群れ確認。行こうか」
あるそれほど大きくない山の頂上、一人の青年、いいや、まだ辛うじて少年だろうか。そんな複雑な狭間の年齢にある一人の男が両眉に手を当てて遠くを見ながら隣の少女に語りかける。
「そうね。25km先には村もあるようだし、って間に合うかしら」
少女の方はふわふわとした感じながら、どこか妖艶な雰囲気を湛えている。
その瞳に宿った意思はとても強いことが見ただけで分かるような、そんな自信ある瞳。
「ちょっと荒い方法になるから、怒らないでよ」
少年はおずおずと少女に語りかける。どうやら少年にとって少女の機嫌は村の存続よりも大切なことらしい。
「じゃ、プリンで許してあげる」
少女は勝ったとばかりにそう言うと、その場でジャンプする。
「行くよ、エレナ」
瞬間、少年はそう言って、二人はその村へと向かって、一直線に落ちて行った・・・・・・。
――。
異常事態だ。
「みんな! 女こどもは屋内に避難しろ! 戦える者は命を賭けろ!!」
ある平野のど真ん中にある一つの村に、そんな叫び声が響き渡る。
最初に異変に気づいたのは、見張り台の上に居た若者。何やら遠くの空に黒いもやが見えた。
初めは見間違いだろうかと思ったそれも、よくよく目を凝らしていくと何やら蠢いているのが分かる。
それが空を埋め尽くすグリフォンの群れだと気がついたのは、最初に発見してから七分ほどの後だった。
ここは平原のど真ん中。
つまり、目視でそれがグリフォンだとはっきり認識してから隠れる場所など、何処にも無かった。
グリフォンの群れが村の方向に向かってきていることを村の全員が知ったのは、更に三分程も経過していた。
この200人程の村に、勇者としての資質を持って生まれた者は現在七人。
そして、ここ数年戦闘員としてぐんぐんと力を伸ばしている魔法使いが五人。
どう足掻いても、終わりだった。
その七人はこれまでの防衛では十分な活躍をしてくれた。60程のオークの群れから村を防衛したこともあったし、大怪我をしたが突如湧いた一匹のデーモンを倒した実績もある。
そこに今は魔法使いも加わって、普通に暮らして行く分になら彼らの活躍でこの村の無事は保証されていた。
基本的にはゴブリンが出る程度で、大したモンスターはその2度意外、ここ50年以上出てはいないのだ。
そう、思っていた。
「アンナ! 地下室に潜れ!!」「待ってあなた! あなたはただの人じゃない!!」
「俺が必ず守る。待っていろ」「うん、必ず、帰ってきてね」
「こんな時だけれど、側に居て」「お腹の子に障る。安静にしていろ。大丈夫だ」
そんなやりとりの言葉が、村の至る所から聞こえてくる。
これが普通の物語であるのならば、彼らが再び出会うことはないだろう。
それほどに、今の状況は絶望的だ。しかしだからこそ、彼らは心の安寧の為に、そんな無駄な行為を辞められない。
彼らが空を見ると、既に村を覆い尽くさんと魔物の群れが迫ってきていた。
そこに、一閃の声が響き渡ったと同時、何故か急激な睡魔に襲われる。
「うぉらぁ!!! 自由落下そのままキィィィック!!」
「うっ、ルー君……、それはちょっとダサいと思うの。あ、戦闘の邪魔にならないよう眠っていてね」
最後にそんな言葉を聞きながら、村人達の意識は闇に飲まれていった。
――。
今日、一つの村が魔物の襲撃によって滅びた。
「そんな夢を見せておいたけれど」
少女はそう言って妖艶な笑みを浮かべる。
見た目の年齢に反して、少女の持つ淫靡な笑い方の持つ雰囲気は一見、淫魔かとでも見まごう程に熟している。
「ちょっと、悪趣味にも程があると思うんだけど……」
一方で少年はどちらかと言えば真面目な雰囲気で苦言を呈する。
「絶望から救われた方が生を実感できるものじゃない?」
「いや、それはそうだけどさ、わざわざ演出するのはどうかと思うんだけど」
二人がカップルであるとするなら、確実に尻に敷かれているのだろう。
少年の方は困った様子であっても強くは言えない様。
もちろん、現実もその通りだ。
「むぅ、でもさ、先生だって以前は派手な演出を添えて盛り上げていたじゃない」
少女は少し納得した様子も見せたが、尚も演出に拘る。
村人達は現在も、うんうんと苦しそうに呻いている。ただ、悪夢を見ているだけだが……。
「先生の演出は全然悪夢じゃないじゃないか! 皆喜んでただろう!!?」
「私のだって起きたら喜ぶはずよ」
「いや、喜ぶの方向性違うから! 悪夢で良かったーってそれマイナスがゼロになってるだけだから!」
「よく分からない。じゃあ後はルー君任せて良い? 夢はなかったことにしとくね」
少女はそう言うと、霧の様な物に包まれ姿を眩ませた。
「全く、移動が怖かったからって村人に当たるのは止めてくれよ……。ちゃんとプリン作ってあげるからさ」
消えていく少女を見て、少年は語りかけるように呟く。
少女が消えるという事は、人前に出たくないということ。少女は以前起こった一つの出来事で、少しばかり人ごみが苦手だ。少年よりも有名人だということもある。
村人にどう説明したものかと考えると同時、頭の中に声が響く。
(次からは距離がある時は一人で行ってくれると嬉しいです)
(敬語は止めてくれよ……。また対策考えるから)
(はーい。あ、演出の見本お願いね)
(ちょ、ま、――)
それだけのやりとりをしたところ、村人が一斉に目を覚まし始める。
演出の見本とは、また難しいことを言う。とはいえそれをせずにまたむやみに悪夢を見せてしまったら堪らない、と少年は瞬時に頭を悩ませ結論を出した。
基本的に考えることは好きだが、芸術関係は向いていない。自分はどちらかというと理論派なのだ。
そう考える少年が出した結論は、非常にシンプルなものだった。
「ハーッハッハッハ、心配いらないぞ皆の衆。グリフォンの群れは全て僕が倒しておいた!!」
そんな声を聞いて一斉に周囲を見て、そして少年の方を見た村人達の目は、瞬く間に点に変わった。
村を覆い尽くそうとしていたグリフォンは全て地に落ち、代わりに少年が5m程の位置を飛んでいる。
いや、飛んでいるのではない。空中に立っている。
腕を組んで、不遜なキメ顔をしながら、立っている。
逆さまに。
それを見て目を輝かせる者が半分、訝しむ者が半分。
少年は自分のセンスに自身を持ってはいない。
村人達の表情を見て、瞬時にどう思っているかをを理解する。
(ねえエレナ、既に心が折れそうなんだけど)
(あら、私は惚れ直したけど。そのセンスは正に先生の教え子って感じ)
(いや、僕先生のセンス良いと思ったこと一度もないんだけど……)
(自由落下そのままキィィィック!!)
(やめて! ノリで出ちゃっただけだから許して!)
そんなやり取りが見えない少女と行われているのも知らず、村人達は二つに割れた反応ながらも少年を讃える。
結局少年は引っ込みがつかなくなって、顔を真っ赤にしながらこう叫ぶのだった。
「僕は聖女サニィの直接の教え子ルーク。重力魔法を発明した者と言えば分かりやすいかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます