第二話:『サンダープリンセス』はやめて

 「あ、エリーさーん!!」


 オーガの群れの更に奥から、一人の女性が走って来る。絶世の美女と言った感じだ。

 髪の毛は透き通る様な茜色。瞳はそれよりも少しばかり暗いものの、輝きを帯びている。

 腰に差したレイピアは金色に輝き、胸部の双丘は程よく揺れ、その走る姿までもが気品に満ちている。


 「もう、オリ姉、どこ行ってたの?」

 「ちょっとオーガの拠点に攻め込んでましたの。300匹位居たので大変だと思って」

 「そう。それなら丁度良かったわ。こっちのは私が全部仕留めておいたから」


 赤い髪と瞳絶世の美女と、金髪に赤い瞳の武器に覆われた少女。先ほどまで死を覚悟していた兵士や冒険者達は、二人に釘付けだった。

 その片方、赤髪の美女は、多くの人が聞いたことのある姿と一致していた。


 「あんた、もしかして王都都市伝説の『雷姫』?」冒険者が問う。

 「あら、わたくしのことを知っていますの? そう、わたくしこそがグレーズ王国王女にして言わずと知れた都市伝説、王都の守護者『サンダープリ――」


 赤髪の美女がそこまで言った所で、エリーが彼女の口を塞ぐ。


 「あーと、この人が『雷姫』で間違いないわ。ってかオリ姉、王女って名乗って良いわけ?」


 それは基本的には秘密だったはずだ。だからこそ、彼女は顔を隠してダサい名前を名乗り、ひっそりと活躍してきたのだ。


 「ええ、弟ももう8歳。そろそろあの子も次代の王としての自覚が出てきたので、わたくしも名乗りを解禁されました。今日からは『サンダープリンセス・オリヴィア』と呼んでくださいませ」


 その場の空気が固まる。

 引きこもりの王女が居るということ、サンダープリンセスと名乗るめちゃくちゃな強さを持った女勇者が8年程前から都市伝説として語られ出したこと、そのどちらもが赤髪をしているという事、そういう情報は出回っていた。出回っていたが、同一人物だとは思いたくなかった。

 サンダープリンセスは基本的に仮面を付けていると言う話だったし、オリヴィアは絶世の美女ながらドラゴン襲撃にショックを受けて引きこもってしまった心の弱いお姫様。

 皆、どこか心の片隅でそうではないかと思っていたのだが、真実を知らされると衝撃だ。


 この美女が、サンダープリンセスと言うダサい名前を誇らしげに名乗っている事実が。


 「あら? 皆さんどうしましたの?」

 「い、いえ、なんでもありませぬ。王女様、先程は無礼な態度、お許し下さい」

 「そんなことは気にしていませんわ。わたくしは今は勇者オリヴィア。勇者レインの弟子にして後継者2号なのですから」

 「は……」


 心の広い王女様に感謝するのと同時、再び場に衝撃が走る。

 オリヴィア王女も少女と同じく、勇者レインの弟子だと言う。しかも2号。王女なのに2号。思えば、少女の方が偉そうな態度をとっている。


 「ところで2号姉さん、顏出し解禁したんだから、『サンダープリンセス』はやめてせめて『雷姫』と名乗りなさいよ。そんなのと一緒に居るの嫌よ私」

 「はあ、何故か騎士団でも不人気でしたものね。せっかくお姉様がつけて下さったのに……」


 『雷姫』は都市伝説の勇者『サンダープリンセス』が、あまりにもダサいと感じた民衆が付けた呼び方だ。事実としてはそう名乗られるのが恥ずかしかった勇者レインが直々に騎士団に圧力をかけてそう呼ぶように仕組んだのだが、それは良いだろう。


 「あ、あの、オリヴィア王女、失礼だと存じますが、そちらのエリー様というお方はどなたなのですか?」


 しばらく放心状態だった冒険者が、オリヴィアにそう尋ねる。オリヴィアが2号だと言うことは、もしかしたら彼女はそれよりも上の立場かもしれない。実際の強さを見てしまったが為に、それを直接聞くのは憚られた。


 「こちらは勇者エリー。勇者レインの一番弟子にしてわたくしの姉弟子ですわ」

 「私は平民だけどね。寧ろ出自は悪い方。だから気にする必要なんか全く無いわよ」

 「は、はあ……」


 両方美人なれど、その姿立ち振る舞いは対称的。確かに平民と姫。そんな感じがありありと出て居る。体の成長具合的にも。エリーはスタイルはそこそこ良いが幼い。主に身長が低く顔が幼い。

 それに対してやはりオリヴィア王女は別格だ。引きこもらなければ現在の王子よりも彼女を時期女王として擁立させようという声もさぞ大きかったことだろう。


 「ちょっとアンタ、私が小さいのは遺伝なの。小さくても仕方ないの。それにまだ14歳だって言ったでしょう? 23歳のオリ姉と比べないでくれる?」

 「え?」


 突然そんなことを言われ、冒険者は困惑する。


 「エリーさんは心を読むの。態度で隠しても心は隠せない。変なことを考えたらすぐバレちゃいますわ」

 「それはオリ姉もね……万年発情期め」

 「わたくしは身も心もお師匠様とお姉様のもの。仕方ありませんわ。この子もありますし」

 「そうやってすぐ故人のせいにする。『ボブ』でお仕置きするわよ」

 「ああ、そんな黒くて硬いモノ……」

 「…………」


 二人の会話に、冒険者達はついて行けなかった。

 彼女の言うお姉様は世界を救った二人の英雄の一人、衝撃的な出会いから勇者レインと生涯を共にした聖女サニィその人。この世界で唯一聖女と呼ばれる女性である。

 ちなみに『ボブ』はエリーの腰に付いているメイスの名前だ……。

 もちろん、それらを知らない冒険者達はいけない想像をして顔を赤らめた。

 オリヴィアの清楚な見た目を蹂躙する妄想でもしたのだろう。

 エリーはオリヴィアのせいで耳年増だった。いや、彼女の妄想を直に受けて全てを知っていた。


 「ほら! オリ姉のせいで男共が発情しちゃったじゃない! あなた達も変なことばっか考えてたらボブでお仕置きするわよ!!」

 「ひっ!!」


 もちろんボブはエリーのメイスだ。

 当然冒険者達はそれを知らない。身の危険を感じて、尻を押さえる。


 「……、おえっ」

 「心を読めると言うのも難儀なものですわね。だからこそあなたが一番弟子なのを認めざるを得ないのですけれど」


 エリーの苦労を、オリヴィアはよく知っていた。その出自も良くなかった。彼女は父親が浮気で出来た子どもだ。

 幼い頃、出身の村では疎まれ、その村は盗賊に襲われ、目の前にドラゴンが襲来し、そして……。

 救いとしては、母親に愛されたことと、勇者レインに助けられたこと、第二の母親と出会ったこと。それが彼女の今全てを形作っている。

 オリヴィアは、そこまで仲の良くない姉妹といった関係性。


 「まあ、こう言うのはオリ姉で慣れてるから良いわ」


 そんなことを言う彼女は本当に強かった。

 5歳でドラゴンの前に立ち、母親を守ろうとした。オリヴィアはその歳ではまだ騎士団長が怖くて泣いていたと言う。そんな幼子が、ドラゴンから母親を守ろうとする。

 今だに、実際のドラゴンを見たことがある騎士団の中で語られる伝説。

 それは一人で軽くドラゴンを屠る勇者レインと、同等と言っても良い伝説だった。


 「さて、行きましょうか、オリ姉。火山地帯で何かが起こる気がするわ」

 「はいはい。それでは皆さん、御機嫌よう」


 色々と良くわからない騒ぎを起こしていった二人は、町を無傷で守ったことなど気にも止めない様子で大陸の東側、火山地帯へ向かって旅立って行った。

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