第212話:少女でも聖女でも変わらない
「うわぁ、まだ残ってるんですねぇ。懐かしいなあ、ここから私は戦えるように修行を始めたんですね」
巨木森の中、様々な色の花が咲き乱れている。
聖女の通り道、『花の川』と呼ばれる世界中を巡る道の始まりの場所。
正確にはここから修行を始めたわけではないが、分かりやすい場所ではあるだろう。
「あの時は私、結構雷の魔法とか使ってましたね」
「そういえばそうだな」
今は殆どが開花を応用した蔦の魔法で戦闘している。斬撃や触媒を使った爆発も使うが、それをするまでもない敵が殆どだ。
「今の私が雷したらどうなるんでしょう」
「森が無くなるかもな」
「もぉーレインさんは少しくらい会話を広げてくれても良いじゃないですかー」
「この辺りにいた時のお前は、今のそれよりも更にツンとしてたよな」
言われて思い出す。
この時は必死にレインを倒そうと、少しでも動揺する心を抑えようと、何やら無駄に頑張っていた気がする。
思い出せば、勿体無いような。
「そうでしたねぇ、雷が効かないどころか返された様な……」
でも、勿体無いながらもあれはあれで楽しかった様な。
「ああ、何やら意地を張ってるのを見るといじめたくなってな」
「あはは、確かに意地はってましたよ。だって、なんかレインさん人外だったんですもん」
あの時は自分は聖女ではなくただの魔法使いの少女だった。
両親を尊敬していて、それを軽く凌駕するレインを何故か敵のように勘違いしていた。
「でも、本当に私強くなっちゃいましたね」
あの時はオーガに殴り殺されてしまったけれど、今ならドラゴンすら簡単に倒せてしまう。
魔王は更に上、レインはその更に上だけれど、今の自分は歴史上で2番目に強い人物だ。
オーガ程度、軽く陰のマナを纏えば素手でも倒せてしまう。
「今の力が町にいた時からあれば良かったんですけどね」
言ってから気付く。
それは、修行してくれたレインを否定する言葉だ。オーガの集落から助けてくれたことを否定する言葉だ。
しかし、「そうだな」と答えるレインの横顔は、とても優しいものだった。
これだからこの男は……。
「私、レインさんが嫌いです! 雷!」
一瞬の間にレインの姿が光の中に消えたかと思えば、バリィンという音が届くと同時、体が猛烈な痛みと 共に硬直する。
「あああああぁぁあぁああああ!!」
「何やってるんだ……」
相変わらず、全く効かない。
割と本気のつもりだったのだけれど、力の差は殆ど変わっていない様に見える。
「いやー、なんか、レインさんをいじめたくなりまして」
回復の魔法をかけながら思ったことを口に出す。
「なんでだよ」
「だって、最初から強かったら会ってなかったとか、せっかく鍛えてやったのにとか、あるじゃないですか」
「なんの話だ……」
レインは本気でなんの話をしているのか分からない様に困った顔をする。
相変わらず、自分の手柄に一切の頓着がない。倒せるから倒す、修行を付ければ強くなるから修行を付ける。好きだから守る。
それに、一切の見返りを求めない。
「分からなければ良いですよーだ。ま、そういうところがレインさんの良いところなんですから」
取り敢えず、いじけたふりでそう言ってみる。
ここは花の川の最上流。
まだ青一色ではない、様々な色の花が咲き乱れる場所。
まだ聖女がただの少女だった時の名残を残す場所。
そんな懐かしさの中で、サニィは以前を思い出してレインに絡む。
きっと何一つ気になどしていないのだろうけれど、絡まれているレインもどことなく懐かしそうな顔をしていた。
――。
「いらっしゃい。あら、聖女と鬼神じゃないかい」
「え、えええええ、なんで知ってるんですか!?」
魔法使いの街サウザンソーサリス、その中にある一件の居酒屋兼定食屋、『ささみ亭』
そこに入った途端、店主のおばちゃんがそんなことを言う。
かつてはサニィの母親リーゼのルームメイトだったという人だ。
「そりゃ分かるさ。で、結婚報告かい?」
「そういうことだ。お勧めをくれ」
相変わらずのおばちゃんとレイン。そのやり取りは4年前と何一つ変わらない。
「あはは、結局逃げられませんでした」
「逃げる気もなかった癖によく言うよ」
はっはっはと笑いながらおばちゃんが痛いところを突く。
全く、聖女になってもこの人は何も変わらない。そこがとても嬉しかった。
「アンタはリーゼを随分と超えたみたいだね。ドラゴンを一人で倒しちまったとか」
「あはは、ぎりぎりでしたけど」
「なぁに言ってるんだ。アルカナウィンドで超巨大なやつを簡単に倒したって話じゃないか」
「えっ」
つい二ヶ月程前に倒したばかりの別大陸のドラゴンの話がもうここまで来てるのかと驚く。
「はっはっは。なんだその鳩が豆鉄砲食らった様な顔は。聖女様ってのがアンタだって分かってからわたしゃ毎日情報収集しまくってるのさ。アンタの親が居ない以上、私が世界で一番アンタを応援してるからね」
まるで当然のことかの様に言う。
今までファンだと言う人には散々会ったし、有り難がられたりはしてきたけれど、応援されたのは初めてだ。
全てを受け入れてくれる女将さんとはまた違って、あたたかい。
「ありがとうございます」
「ん? 何がだい? ほら、今年も良いマルタガニ入ってるよ。アンタのおかげで魔法使いの需要が増してこの街も賑わってきてるからね。今日は好きなだけ食いな」
そんな感謝の言葉も優しく無視されて、次々と料理が出される。
「あ、あの、もうそろそろ食べられなくなって――」
「んん? 好きなだけってのは私の好きなだけだ。ほら、食べな」
そう言いながら嬉しそうに料理を運んでくるおばちゃんと、その日は店を閉じた後も三人で楽しんだ。
この日、サニィは人生で初めて酒を飲んだ。しかしすぐに泥酔してレインに全力で抱きついて舐めようとしたことを、次の日はっきりと覚えていたというのが、この街でのハイライト。
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