第210話:始まりの地にて聖女は思う

「懐かしいなあ、全然覚えてないけど」


 かつては少女だった女性が言う。

 金髪碧眼、髪の毛は長く腰を超える位、身長は160cm弱。

 180cm程もある白樺にルビーの付いた杖を持ち、今は世界中にファン、または信奉者を持つ聖女だ。


「覚えていないのも無理はない。あの時は状況整理に手一杯だっただろう」


 青年が答える。

 ブルーグレーの髪に藍色の瞳、短髪で身長は175cm程。

 手には何も持たず、旅の荷物を背負っている。

 竜殺しの鬼神と呼ばれる男。

 聖女の御付きにして守護者だと言われている。


 ここは、二人が初めて会話を交わした場所。互いに呪いに罹っていることを知り、偶然にも同じ日に死ぬことを知った。


「あの時は、レインさんかっこいいし安心したけど怖くもあったんですよね」

「あの時はお前は髪の毛が短かったな」

「あれまでは今と同じくらい伸ばしてたんですけどね。今更なんですけど、どっちが好きですか?」


 サニィは何度も何度も頭を破壊されていた。

 髪の毛はその度に完全に戻ると言うことはなく、あくまでも幸せになれるレベル。見苦しくない様に整えられたショート、と言った具合までしか再生しなかった。

 ドラゴン戦の時は魔法を使ってそれも再生したが、この時には無理だったことを思い出す。

 サニィは残りの人生、せっかく短くなったのだから伸ばそうと、密かに決めて伸ばし続けていたのだった。


「そうだな、気にしたこともなかった」

「えー、髪は女の命なんですよ?少し位気にして下さいよ! モテませんよ!?」


 当然サニィは不満を露わにする。


「俺にとってはお前だってことが大事だからな」


 しかしそんなことを言われてしまえば、サニィもふぬぅなどと鼻で息を吐きながら納得するしかなかった。


「まあ、今初めて髪の毛の長さに関しての話が出てきた時点で分かってましたけど……」

「今のお前が最高だ」

「……何言ってるんですかもう」


 少しだけ嬉しそうに、呆れた顔をする。


「ところでレインさんはずっと短髪ですね」


 レインは少しでも髪の毛が伸びるとすぐに切ってしまう。途中からは、鬱陶しいから伸びない様にしてくれなどと言ってきたことすらある。


「長いと死ぬからな」

「全然分かりません」

「戦闘中、髪の毛が目に入ったら死ぬだろう」


 確かに、レインのギリギリ回避の高速戦闘中に髪の毛が目に入ったら大変だ。

 死ぬだろう。


「いや、死なないでしょう……」

「回避に失敗するかもしれんし、失明するかもしれん」

「……」

「まあ、伸ばしたことすらないから予想だが」


 そんな風に、適当なことを言う。

 それを聞いて、思い出すことがある。


「レインさんってそういうところありますよね」

「んん?」

「内緒です。でも、良いと思いますよ。ふふふ」


 出会ってすぐの頃に、旅のついでに魔王を倒すと言って、魔王なんか居ないとお祖父さんに笑われたのだと言っていたことを思い出す。

 妙な勘違いと言うか、天然というか。

 そういえば魔王戦の後も物語のお姫様が倒れていたら医者を呼ぶとか言ってた様な……。


「あはははははははは!」


 思わず、堪え切れなくなって笑う。

 目の前の男が、鬼神と呼ばれ、今では魔王すらあしらってしまう程の強さを持つ男だと思うと、余計にそれがおかしく感じる。


「何を笑ってるんだ……」

「あはは、内緒です。レインさんの可愛いところを思い出して」

「まあ、分からんが聞かない方が良さそうだな……」


 一頻り笑うと、サニィは言った。

 そろそろ、行かなければならないところがある。流石に、楽しいだけで済ませてはいけない。

 今まで逃げてしまっていたけれど、そろそろ向き合わなくては。


「レインさん、私が捕まってた所に、案内してくれませんか?」

「本当に良いのか?」

「はい。やっぱりしっかりと弔ってあげないと」

「……分かった。俺も、見たことを、いや、したことを話そう」


 オーガの拠点に着く。

 簡素な石造りの砦。いや、砦と言うのもお粗末な集落。巨大なそれが、いくつも森の中には点在してる。

 そこはまだ、そのままの状態で残っていた。

 違うことは、その場にあったはずのオーガの死体が全て白骨化していること。


「ここが……」

「ああ、大丈夫か?」

「……大丈夫じゃなくても、行きます」

「ここからは本当に辛いぞ?」

「行かせて下さい」


 思い出したのだろう。

 苦しそうな顔をしたサニィは、レインの袖を掴みながら、そう決意を固めている。


「一人なら無理かもしれませんが、レインさんとなら……」


 そういうサニィの横顔は、確かに聖女と呼ぶに相応しい。

 レインは、そう思ったのだった。


 まずは建物には入らず周辺を見て行くと、一体だけ、一際巨大な骨がある。

 5m程の、明らかに通常のオーガではない個体。


「ロード……」

「そうだ」

「ってことは、もしかして……」

「……ああ」


 オーガロードがいると言うことは、サニィの村の惨劇は、根底から覆ることになる。

 通常のオーガは全ての人を殺して食料にするが、オーガロードは……。


「レインさんが、楽にしてあげたんですね?」


 ある建物の一室、多くの人の骨が転がっていた。それは原型をとどめ、食料にされたとは思えない。サニィ自身は、四肢も内臓も、バラバラに解体されたと言うのに、彼らは、手首や足首以外、綺麗に残っている。


「そうだ。助けられる者はいなかった。全員、とても見ていられるものではなかった」


 それがどういう状況だったのか、レインは語らない。しかし、周囲の壁や床にべっとりと張り付いたままの髪の毛を見るだけで、十分だった。


「遅くなってすまなかった」

「……いいえ、ありがとうございます、レインさん」


 サニィはその中に、確かに両親の残り香、残った、その時はまだ理解すらしていなかったマナを感じとっていた。

 悪いのはレインではない。むしろ、辛かっただろう彼らを、この人は救ってくれたのだ。

 レインの遅くなって、という言葉は事実を知らせることもそうであれば、この場に着くのも遅くなったと悔やんでいるのだと、すぐに理解出来た。


「ありがとうございました」


 オーガの集落の、その全てを焼きながら、サニィは今一度礼を言う。

 余りにも納得いかない彼らの結末は、レインの所為ではなければ、自分が弱かったせいではあるのかもしれない。

 しかし、呪いがなければ、誰一人彼らを弔うことも出来なかったのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。


 英雄性、以前レインの強さを表す為にその様な言葉を使った。

 歴史に名を残す偉大な英雄達は皆、辛い人生を過ごしている。

 それが英雄の条件であるならば、これから自分達が救う世界は、彼らの犠牲の上に成り立っているのだろうか。

 彼らを救えなかったおかげで、自分は聖女になれたのだろうか。


 そうは思いたくないが、考えても、答えは出ない。

 だからこそ。


「ありがとうございます、レインさん。側に居てくれて……ぐす、ありがとう」


 何度も何度も、辛いことを代わりにやってくれる隣の男に、感謝を捧げるしか出来なかった。

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