第202話:聖女と鬼神と英雄と女と

 「あら、いつの間にか南のドラゴンが消えてますね」


 ドラゴンを倒し終わり、お祭り騒ぎから抜け出したサニィが思い出したかの様に言う。

 流石に大勢が見守る中ドラゴンを、しかも最大級のものを一人で倒してしまっては、こうなるのも仕方がない。


 ここアストラルヴェインは、かつてレインとサニィが倒した灰色のドラゴンが、最初の魔王を倒して以来50年に一度ほどのサイクルで襲来する。それを毎回多大な損害を出しながら追い返していた。

 それを討伐したとして聖女と鬼神の名前はこの国全域に広まり、平和が訪れたと安心したところで今回の襲撃だ。

 その体は120m級のその巨体は緑に輝き、かつての魔王を彷彿とさせていた。

 その為、この世の終わりだと覚悟を決めていた住人や兵士達が、とても多かった。

 40年前の襲撃を知っている老人達は緑のドラゴン警報を聞いて、絶望に彩られていたと言っても過言ではなかった。


 流石にサニィも、120m級を倒すのは簡単ではない。

 正真正銘の全力だったし、別の大陸どころか国内のことですら感じることが出来ないほどに集中していた。

 特に、今回使った分解の魔法はかなりの強引な方法だ。

 きっちりと大樹の枝でドラゴンの動脈を締め上げ意識を飛ばした上で分解を開始させている。

 分解の魔法は高い集中力を必要とする為に、基本的に相手は止まってなければいけないし、抵抗されればドラゴン級にかけることはまず叶わない。

 しかし、聖女であるというアピールの為に、美しくそれを倒す必要があったというわけだ。

 光の粒となって消えていったドラゴンは、正に聖女によって浄化されたかの様に、兵や民衆達には見えていた。


 だからこそ、南の大陸のことに気がついたのは、随分と遅れてしまった。

 しかしそれを聞いて、レインはふっと笑うと、こんなことを言う。


 「南の大陸の魔物消失って奴だな」


 その犯人には、心当たりがある。

 サニィもそれを聞いて、感度を上げる。

 全力の集中で鈍くなっていた世界範囲の感覚が、少しずつ思い出される。


 「あ、ああ。なるほど。確かに南の大陸の魔物消失ですね。ふふ」

 一人でドラゴンを討伐した者が、これで三人になったわけだ。

 「頑張ったんですね」

 「ああ、頑張ったんだろう。俺にはお前が居たし、お前には俺が居た。完全に一人でこれを行えるのは、あいつしか居ないかもしれないな」

 「そうですね。後で会いに行きますか?」


 そんなサニィの問いにレインはしばし逡巡した後、こんな風に答える。


 「流石に見てましたっていうタイミングはダメだろう」

 「あはは、レインさんが気を遣うなんて、もしかして前に殴ったこと気にしてるんですか?」

 「いいや、気にしてない」


 どう見ても気にしている感じで、そう答えた。


 きっと、あの男は本当に必死に戦ったのだ。

 文字通り、必死に。呪いに罹った状態でどれほどの覚悟を決めればそんな事が出来るのか、レインには考えることが難しい。以前の魔王戦は後ろで怯えるレインやディエゴ以下騎士団員を、そして故郷を守る為に必死だったし、自分から死ぬと分かっていて挑んだわけではない。

 結果的に三度の致命傷を受けてしまったが、サニィの様に頭を潰されたり、真っ二つになったわけではなかった。

 だからこそ、レインには今はかける言葉が見つからなかった、という事もある。


 「しかし、なんか、あれですね」

 「ああ、あれだな」


 これで自分達の関わった全ての英雄候補達が、ドラゴンを倒したことになった。

 直接倒してはいなくても、少なくともダメージを与えている。

 魔王復活まで、あと5年以上の時がある。

 なんとなくだけれど、彼らなら魔王を倒せる。そんな予感が、実感が、こみ上げてくる。

 それを二人は、言葉にすることが出来なかった。

 自分達の命は、あと425日。


 「私幸せです、レインさん」


 だから代わりに、こう言った。


 ――。


 極西の地で、一匹の狐が傷を癒していた。

 尾は四本。

 体力は殆ど回復してきたが、傷の影響は未だ尾を引いている。

 まだまともに魔法を使うことは出来ない。

 微かな魅了と、人間化が使えるだけだ。


 狐は、少しの間、旅をすることに決めた。

 下手に力を回復しすぎてしまえば、あの聖女、サニィとかいう魔法使いには気取られてしまうだろう。

 だからこそ何もせず、人間の世界に溶け込む努力をする。

 決して悪事をせず、自分は善良な魔物なのだと、人間の世界で生活することでアピールする。

 力が戻った時に、あの聖女に情けをかけさせることが出来る様に。

 そうして自分の力が十分に戻った時、いや、過去を超えてあの魔法使いを倒せる様になった時、改めてレインと結ばれる為に。


 狐はまだ知らない。そんな考え方が既に、ただの魔物でしかないことに。

 彼女は、純粋に、ただ純粋にレインを求めているだけだ。


 だからこそ、その名前を口にする。


 「レイン様、もう少しお待ちください。必ず、妾が幸せにして差し上げますから……」


 まずは、二人が居たあの港町で、普通の人間として1年程暮らしてみよう。

 狐はそう決意すると、町へと向けて歩き出した。


 レインはその頃、聖女と同じことを口にしていた。

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