第195話:呪いに罹った者
【1801】
頭の中に数字が見える。
あと、1801日。4年と11ヶ月ほど。
それで、私の命は尽きる。
長いと考えていれば、あっという間に過ぎ去ってしまう期間だ。
ふと気が付けば、いつの間にか3週間も経過している。まだ、見える様になったばかりだというのに。
途轍もなく恐ろしい。
何もかもが、手につかない。
しかし、それに応じる様に、人々は私に優しく振舞ってくれる。
どれだけ振り切ったとしても、どれだけ粗雑に対応してしまったとしても、自分の弱さに負ける度、人々は私を迎えてくれる。
それがとても、心地いい。
これが、幸せになってしまうという、人を幸せにした後に絶望の中殺すという魔王の呪い。
痛い程に理解する。
あの男は、そして聖女は、異常だ。
何処かが壊れている。そうでもなければ、こんな呪いに罹っていて、戦う事など出来るわけがない。
命のやり取りを考えただけで、恐ろしい。
魔物を殺せば、それはすなわち自分もこうなるのだと、考えてしまう。
男の方は、まだ分からなくはない。あれは本当に、戦う為に生まれてきた兵器と言っても過言ではない。
狛の村、元々人外と言われた村の出身。デーモン蔓延る山の中で、平然と生きる民族。
彼らならば呪いに罹ったとて、確かに魔物を殺せるのは分からなくはない。
しかし聖女はなんなんだ。
あれはただの、一人の美少女ではなかったのだろうか。
魔王化したとは聞いたものの、それ以前には己の身を犠牲にしてドラゴンを倒したと聞く。
それが事実であれは、あり得ない。
話を聞けば、オーガに捕まった時に呪いを受けたのだと言う。何度も殺される中、たまたま助け出したのだと男は言っていた。
しかしそれにしても、死を知ればこそ、戦うのは恐ろしいはずだ。それが何故……。
【1800】
今日も、何も出来ない。
トレーニングだけは日課として欠かすことが出来ないが、実践は不可能だ。
たまたま泊まった宿の従業員が、私を気に入ったらしい。様々なサービスを施してくれる。
それに悪いと思いつつも、その厚意を無碍にするのは私には難しい。
未だ、聖女が戦える理由は分からない。
【1799】
聖女が私を訪ねてきた。
ドラゴンを全て倒すから来ないか、ということ。
何故、そんなにも平然と、そんなことが言えるのだろうか。私はこんなにも動けないのに。
当然気になるし、行かなければと思う。
聖女の強さの秘密を知りたいと思う。
しかし、動けなかった。
断ると、聖女は理由も聞かず、何か力になれれば言ってくださいね、と一言だけ告げ、消えていった。
宿の従業員があの人は?と聞いてきたので、噂の聖女様だと言うと、サインを貰えば良かったと悔しがっていた。
今度会うことがあれば、貰っておこうと思う。
【1701】
聖女が再び訪ねてきた。
この大陸のドラゴンを全て倒したついでに、気になって私の所へと寄ったらしい。
「聖女様、あなたはどうして戦えるんですか?」
そう尋ねるとよく分からないという顔をされたが、勇気を振り絞って理由を話すと、こんな答えが返ってきた。
「私、初めて死んだ時、頭を叩き潰されたんですよ。それでおかしくなっちゃったのかも。そうじゃなければ、レインさんのおかげですね」
曰く、レインが一緒に死のうと言ってくれた。
必ず守ると言ってくれた。
初めて会った時は少しだけ怖かったけれど、本当に守ってくれた。ドラゴンの時だって、結果だけ見れば死んじゃったけれど、プライドだけは守られた。
おかげで、私の意思は生徒達に継がれるだろうし、聖女様は恥ずかしいけれど、両親に恥じない生き方が出来た。
そんなことを言う。
既に過去形なことが気になったが、確かに、聖女の為になら世界でも滅ぼすと言いそうなあのレインならば……。
更に聖女は続ける。
「呪いは必ず解きますから、少しだけ待ってて下さいね」
聖女は、そう続けた。
恥じない生き方が出来た、ということは。
彼女は、呪いを解く為に、少なくとも自身は犠牲にするつもりなのだろう。
流石に、分かる。
「きっと大丈夫ですから、サンダルさんは取り敢えず、落ち着くまではのんびりしていて下さいね」
畳み掛ける様に、笑顔でそんなことを言う。
私のプライドなど関係ないかの様に、英雄の遺伝子など、無視するかの様に。
だからこそ、こう言うしかなかった。
いや、言ってしまった。
「聖女サニィ、あなたはもう、私の所には来ないで下さい。もちろん、レインもです。私はレインが嫌いですし、あなたは、なんと言うか、優しすぎる」
聖女は、驚き、涙を堪えた様な表情をする。
【1700】
レインに、思いっきり殴られた。
首がへし折れるかと思う程の勢いで、思いっきり。
私の最高速よりも速い速度で。
そして、何も言わずに帰っていった。
私はしばし天を仰いだまま倒れ伏せる。
宿屋の娘が心配して寄ってきたが、その手を制した。そして準備を終えると、斧を手に取り、ようやくのこと、修行に出掛ける準備を始めた。
ありがとう、宿屋の娘。君のおかげで、私は心温まることが出来た。
ありがとう、最強の友人よ。貴様のおかげで、私は死を恐れぬ勇気が湧いた。
もちろん、死ぬことは死ぬほど恐ろしい。
しかし、それを乗り越えて戦う英雄を、私は知っている。
あいつが、聖女を泣かせたから殴りに来たのだと言うことは分かっている。
それでも、私もあいつにだけは負けたくないことが、少しはある。
魔王位倒せなくては。
私は英雄の子孫だ。
【1699】
聖女が謝りに来た。
レインの暴走を止められなかったと。
だから、私はこう言った。
「お詫びと言うなら、私が泊まっていた宿屋の娘があなたのファンらしいので、サインを下さい。そしてやっぱり、もう、会わないことにしましょう」
私にとって、二人はかけがえのない友人だ。
そんな二人がいなくなる直前まで会ってしまうことは、呪いにかかってしまった今、耐えられない。
巨大な斧を振り回しながら、私は聖女に、今までの感謝を告げた。
未練は確かに少ない方が良い。
サニィは最後に「その程度じゃいつまでも私にも勝てませんよ」と言って全速力の斧をいとも簡単に魔法で受け止めると、私を吹き飛ばしたまま、去って行った。
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