第187話:英雄性
最強の英雄【鬼神レイン】の戦い方は異常である。
前述したように、狛の村の住人達はその体の性質上死に対する感傷が薄い。
五年に一度生まれるデーモンロードに対して、狛の村の住人は総出で挑み、必ず死者が出るのだが、それが祭りと認識される程度には。
そんな彼らではあるが、死を恐れない戦い方をするというわけではない。彼らはそれぞれ自身の死にはそれなりに恐怖しているし、たまに生まれる弱者は山を下りて外で生活することもある。
そんな彼らの中にあっても、レインの戦い方は異常だった。
命を顧みないに等しい、限界の回避行動。
紫の魔王と死闘を繰り広げた際には、その回避行動が失敗し、3度の致命傷を負ったと言う。
男は、確実に敵を倒す為にその様な戦い方をするのだと言うのだが、その戦いと気迫は、誰がどう見てもそれだけの理由に留まらない様に見える。
まるで、母親を殺してしまった自分を15年経っても許せないかの様に。
まるで、自分を殺そうとでもしているかの様に。
最強の英雄レインは、そんな異常な戦いを繰り返していたという。
確かに死地を何度も繰り返し体験していれば、強くもなるだろう。
ただし、それで生き残れる場合に限り。
それは何度も死にながら戦うも全く強くならなかったマルスが証言している。
アレス著『世界の英雄達』より抜粋
――。
先程のドラゴンとの死闘に、一切の動揺を見せなかったのはサニィのみだった。
そんなギリギリの戦闘をしていても、レインの表情を見て余裕だと判断したサニィは静かに観戦していた。同格の相手に負けることなど有り得ない。
そんな風に思っている様に見える。
同格なのだから、普通に考えれば勝つこともあれば負ける事もある。
確かに、誰から見てもレインとドラゴンの戦いは互角だった。
それでも、負けることなど有り得ないとサニィは思っていた。
エリーはそれを感じ取っていた。
それはレインを信じているというよりも、最早狂信と呼べるほどに、勝利を確信していた。
「さて、次のドラゴンは私がやろうかな。マナスルの南500km」
「お、お姉様」
呑気にそんなことを言い始めるサニィに、オリヴィアが動揺を見せる。
「ん? どうしたの?」とサニィ。
「レイン様の戦い方は……」
「大丈夫。レインさんは自分から負ける様な戦い方はしないよ」
大丈夫ではない、様に思う。きっと、サニィ以外の誰もがそう思っているだろう。
そんな空気が流れている。
「うーん、流石にレインさんが負けそうになったら、すぐ制約を解除する。でも、なんて言うのかな。英雄は自分よりは遥か上の強さの魔王を打ち取るからこそ英雄なんだよ。同格に負けたら英雄じゃない」
理解は出来るが、納得はしたくない。オリヴィアの心境は複雑だった。
レインは、何も言わない。
こういう部分で何も言わず、受け取る者に判断を委ねるのはレインの癖なのだろうか。
それとも別の意図があるのか今は分からない。
それは、エリーにすら読み取れない。
「ともかく、今回の戦いでレインさんの英雄性は見えたんじゃないかな」
そんなことを言われれば、オリヴィアは嫌でも納得するしかなくなってしまった。
自分達がレインの本気を、レインの同格との戦い方を見てみたいと、そう言ってしまったからだ。
自分達が言ったことを自ら否定することは、ましてや、師匠の戦いを否定することは弟子として、言ってはならないこと。ましてや、その結果だけを切り取れば、圧勝と言っても過言ではない。
そう、納得せざるを得なくなる。
「分かりました。お師匠様、お姉様、疑ってしまい申し訳ありません」
そう言った所で、クーリアとナディアが口を開く。
「確かに驚いた。しかしウアカリとしては、偉大な戦士だと認められる。冷や冷やはした。もちろん、怖かった。しかしそれでも、勝者は正義だ。オリヴィアの言いたいことも分かる。ウアカリの戦士ですら、あんな戦いはしない。異常だと言える。だが、英雄性。それだけは、どうやっても否定は出来ないな」
「そうですね、私はあんな正々堂々戦わないから、むしろだい、……格好いいと思いました」
次いで、ライラ。
「レイン様、私に言ってくれましたよね。死ぬなよって。一つだけお聞きします。今回、負ける可能性はありましたか?」
「無い」
即答。
余りにもそっけない一言。
しかしそれだけで、ライラは満たされた。
クーリアとナディアは、安心した。
オリヴィアは不思議と、納得できた。
エリーは、師匠は凄いな、と、そう思った。
レインは卓越した反射神経と空間把握能力を持っている。
海でコンパスも持たず目的地まで真っ直ぐ進める様に、足元の情報は常に把握している。
その反射神経は、同格であれば劣ることは無い。しかも相手は巨大で愚鈍なドラゴンだ。
巨大になるほど動きは遅くなる。相対的に先端の速度は上がるものの、それすらレインにとっては問題無く読み切れる程度。空間把握能力と相まって、その速度を読み違えることは無い。
単純に、戦うためだけに造られた体と言っても過言ではないソレが、普段は動かず気まぐれに都市を襲うトカゲ等に遅れを取ることは、あり得なかった。
それを知っているのは、サニィだけ。
だからこそサニィは、狂信的なまでにレインを信じていた。
身体性能だけが同格であることは、すなわち互角であって完全な同格とはなり得ない。
英雄性、それがレインと50m程度のドラゴンでは全く違う格を持っている。
それを英雄の伴侶は、元魔王は、深く知っていた。
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