第十三章:帰還した世界で

第169話:クソジジイ

 サニィがどうしてもと言うので、グレーズ王国王都へと帰還することにした。

 理由は、現在オリヴィアがここにいるから、ということ。

 オリヴィアは王都とエリーの住む港町ブロンセンを往復している。

 王女としての仕事や首都防衛と、エリーとの修行を交互に行いながら、移動中も鍛錬を欠かさず生活している。

 忙しさだけなら、なんだかんだでアルカナウィンド宰相ロベルトと大差ない暮らしをしているだろう。

 サンダープリンセスとかいう噂話が街中から聞こえてくるのが気にかかるが、それは一先ず置いておいて、王城へと向かう。

 今回の問題は、そこではない。

 どうやらオリヴィアがレインに伝えたいことがあると必死に思っていることが、マナに乗ってサニィに伝わったらしい。


 「オリヴィア、今帰った」


 オリヴィアの引きこもっていることになっている私室をノックしながら、そう伝える。

 王への魔王討伐隊編成の進捗状況の報告はサニィが引き受けるというので、他にやることもないレインは真っ直ぐにここに至る。


 「お帰りなさいませ、あな――あたぁ!!」


 ノック後1秒も経たずにドアが開き、オリヴィアは私服のままにそんなこと言う。

 もちろん、デコピンを一発。痛みに悶えるオリヴィアを放置してそのまま部屋に入る。

 そこには書類の山、仕事の最中だったようで、足の踏み場も殆どない程に散らかっている。


 「忙しそうだな。手短に聞こう」

 「いえ、わたくし暇ですので朝までみっちりねっとり――ったぁ! えふ!」


 再びデコピン。

 以前の本気の修行以来、この程度のスキンシップなら大した事はない。そんな風に思い始めていた。

 先ほどよりも力を込めた攻撃だと見切ったオリヴィアは後ろに飛んで衝撃を回避しようと試みるが、レインのデコピンの方が速い。そのままそれを食らい、ついでに壁に背中から激突して肺を潰す。

 絶世の美女であるグレーズ王女にここまでして許される存在は世界でこの男だけだろう。


 「用がないなら出てくぞ」

 「ごめんなさい。真面目なお話があります」


 額を赤くしまま、オリヴィアは椅子に腰掛け姿勢を正す。

 レインも近くの椅子に座り、ある程度に聞く姿勢を作る。


 「レイン様のお祖父様、クラーレ様が、ご逝去なされました」

 「そうか。……あのジジイが死んだか。まあ、十分生きただろう」

 「……生前レイン様に宛てたお手紙がここに」


 そうして、レインはその遺言書を受け取る。

 無言でそれを開くと、読み始める。オリヴィアは姿勢を正したまま、少しだけ俯いて何も言わない。


 ――レイン

 お前がこれを読んでいると言う事は、ワシの方が先に死んだと言うことだな。良いことだ。

 お前に初めて会った時、ワシはお前の目の前でヴェノム、お前の父親を罵倒したこと、忘れていないと思う。

 オーガ如きの襲撃でナシサスを連れ帰ることも出来ず、自分も重傷を追って逃げ込んでくるとはなんと情けないと、何度も言ったことを、忘れていないと思う。

 それ以来、お前はワシにも懐かず、一人で魔物退治を始めたんだったな。


 結果的に、口を開けば言い合いをするような関係になってしまったが、まあ、ワシにとってはお前は唯一の肉親だった。

 だから、なんと言おうが、ワシはお前の祖父として、先に死ねたのなら嬉しい。

 ワシより後に死ぬというだけで、いや、違うな。ナシサスより、ヴェノムより後に死ぬと言うだけで、お前は親孝行を果たしている。

 だから、出来る限り自由に生きろ。

 残りは少ないかもしれん。呪いのせいで、絶望を感じるかもしれん。

 お前が魔物を恨み、自分を許さない理由に、ワシが絡んでいることも分かっている。

 しかし、だからこそ後悔だけはしないよう、自由に生きろ。


 この間連れてきたサニィさんとやら。とてもいい子だったな。

 まあ、これ以上は言うまい。


 最後に一つ、呪いがあろうが、死ぬ時は幸せだったと言って死ね。


               クソジジイ クラーレ・イーヴルハート


 ――。


 「別の遺言で、葬儀はレイン様がお帰りになる前に狛の村で済ませると……」


 読み終わってから二拍程の呼吸を置いた後に、オリヴィアはそう付け加えた。


 「……まったく、あのジジイには困ったものだ」

 「あの、どういたしますか?」


 国を挙げての式も出来るということだろう。レインを送ると言いたいのだろう。


 「後で線香でもやっとくさ。それで良いだろう」

 「ほ、本当にそれでよろしいのですか?」

 「死んだからといって特別扱いするのは、狛の村の流儀に反する。俺はあくまであの村の人間だ」


 それが、レインにとっての感謝の精一杯だった。

 喧嘩ばかりだろうが、一人になったレインを常に気遣ってくれたのはジジイだったし、なんだかんだで肉親だった。狛の村の人間が死への感傷が乏しいとは言え、皆無ではないのは当然だ。

 それでも、まあ、限界まで感謝した結果が、後で線香でもやっておく。それだった。


 「まあ、ありがとうなオリヴィア」

 「いえ、狛の村との関係は円滑にしておかなければなりませんので」 


 狛の村の人間として対応すると決めたレインに対して、オリヴィアが決めたのは王女としての対応。

 今は、妙な感傷を引っ張られるよりも、よっぽど助かることだった。


 ――。


 「すみません、レイン殿。少しお時間よろしいか?」


 オリヴィアの部屋を出てふらふらと散歩をしながらサニィの所に向かう途中、一人の男から声をかけられる。

 恐らく騎士団の一人なのだろう。藍色の髪をした、戦闘用甲冑に身を包んだ男だ。

 以前イフリートの件で同行した精鋭に近しい実力はあることが分かる。

 特に、今は急ぎの用事はない。


 「なんだ?」

 「私、王国騎士団の十四番隊隊長、レイニー・フォクスチャームと申します。少々あちらの方でお話を」

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