第156話:呪われた英雄達

 力を取り戻した狐が忍び込んだ時に分かるよう結界を張って、最後に一食だけふぐ料理を食べると二人は島国を後にした。

 次に向かうのは最後の歴史的英雄、ヴィクトリアとフィリオナの生まれた町。

 二人が英雄達に興味を持つことになった理由となった二人、現在の歴史では最も新しい魔王を倒した二人、そして、世界で最初に魔王の呪いに罹った二人の出生地。


 呪いに罹った者達は5年間、幸せになった後、絶望の後に死んでいく。

 呪いに罹った者は必ず幸せになる。呪いに罹った者は死への恐怖が増大する。呪いに罹った者は、何度死んでも生き返る。

 それ故、その呪いに罹った者の大半は自身が呪いに罹ったことを他人に伝えない。

 伝えてしまえば自身の死を意識してしまうし、他人は少なからず気を使ってしまう。その結果、更に死を身近に感じ、狂ってしまう。

 だからこそ、殆どの者は死の直前になってそれを実感し、発狂して死んでいく。

 

 レインとサニィも、今現在出会った人物は自分達を除けばエリーの母親アリスと、アルカナウィンド女王アリエル・エリーゼの母親、エリーゼ前女王のみ。2年半以上世界をまわって、僅かに二人だけ。

 狛の村には呪いに罹る者はいなかったし、サニィは基本箱入り娘で、噂は聞いたことある程度。

 その呪いの全てが事実だということを二人はその身で実感しているが、出会う者は余りに少ない。

 実際のところ、世界で原因不明の発狂から数日でぱったりと死んでしまう者は全人口の2%程もいると言われている。50人に一人。それが多いのか少ないのかはともかくとして、彼らがその5年間は殆どの場合で子孫を残さないことを考えると、それが人口に与える影響は決して少ないということはなかった。

 本当はその呪いに罹っていれば死産になったりはせず、必ず健康な子どもが生まれてくるのだが、親が居ない状態で子どもを産むことなど出来ない。そんな良識人が、罹った者の中には何故か、多かった。


 二人もそれに倣うわけではないが、子どもを残すつもりはほぼ、なかった。

 もちろん二人が大人である以上そういった行為には既に及んでいたし、子どもが欲しいとは思うものの、その全てはサニィが魔法によって防いでいる為子どもが出来ることは有り得ない。

 避妊は困難なこの世界でなんでも出来てしまうのも困りものだと苦笑いを浮かべながら、それでもやはり愛し合ってしまうものは仕方がないと、呪いのせいにして、互いに甘えていた。

 サニィはひっそりと受精卵を保存しているのだが、まあ、それはまた別の話ということで良いだろう。


 ともかく、そんな呪いによって、二人は死んでいくことが決まっていた。


 そして、その最初の犠牲者で、謎の発狂で死んでいった二人を、レインとサニィはどうしても他人の様には思えなかった。


 「遂にあのお二人の故郷に行くんですね。一番最初に出会って、一番最後に出会うことになるとは……」

 「そうだな」

 「お二人が恋愛関係だという噂は本当だったんでしょうか」

 「どうだろうな」

 「今でも同性愛と言うのは偏見の目がありますけれど、当時はもっと大変だったんでしょうね」

 「世間では噂だけどな」

 「まあ、オリヴィアが居る以上、私はそういう目、ありませんけど。今となっては可愛いですし」

 「あいつはどっちもいけるって堂々と宣言しているからな」

 「王族がそれで、大丈夫なんですかね……?」

 「王妃がそもそもアレだからな……」

 「あはは。お母さん、何度も迫られて電気浴びせたって言ってましたよ」

 「血だな……」

 「さっきからレインさん少しばかり上の空ですけど、どうかしました? は、まさかまだあの女狐のことを……」


 サニィから少しばかり殺気が漏れる。


 「いいや、少し、呪いのことを考えていた」

 「呪い、ですか……」


 二人は、少しばかり考える。

 呪いについては、解呪の方法は分かっているものの、サニィのマナ感知でも見つけることは出来ない。

 完全にその生命と同化してしまっている為、解呪を手当たり次第にかける以外の方法がない。

 それが分かりさえすれば、もう少し話も簡単かもしれないが……。

 

 「ヴィクトリアとフィリオナか。あの二人は恋愛関係だったという噂があるな」

 「それさっき私が言いましたけど……」

 

 ともかく、考えても仕方がない。

 そう思って発した言葉が、空回ってしまうだけだったとは不覚だった。


 「まあ、女狐のことを考えていたのでなければ良いです」


 そんな風に続いた言葉を、頬をふくらませて不満たらたらの顔で言われてしまえば、誤魔化す為に抱きしめるほかなかった。

 そんなんで誤魔化されませんよと胸の中で呟くサニィの顔がだらしなく緩んでいたことを見て、ようやく一安心したのだった。

 

 ――。


 英雄マルス、現在は真実を語る者アレスと名乗っている齢170を超える青年は、その二人の英雄に会っていた。


 【巨人の右腕ヴィクトリア】は巨大な大剣を携える185cm程もある筋肉質の女性。その性格は英雄らしく英雄で、マルスをジジイは引っ込んでろと告げた。

 それは邪魔だからというわけではなく、もう十分役割を果たしただろうという意味だということは、マルスにも目に見えて分かっていた。

 【巨人の左腕フィリオナ】は巨大な盾を持つ175cm程の、これまた長身の女性。その性格は真面目で、常に場をしっかりと見極め、ヴィクトリアのピンチを何度も何度も救ってきた。無口ではあったものの、その実ヴィクトリアを上手く操って戦いそのものを支えていた。


 そんな二人は、魔王の呪いをその最も近い位置で直に受けた。


 二人の死は、壮絶だったと言う。

 直撃を受けたことで瞬時にどういう呪いなのか理解した、理解させられた二人は最期、限界まで増幅された死への恐怖から何人もの人に重傷を与える程に怯え狂っていた。

 それでも、意地でも死者を出さなかった彼女達は本物の英雄。

 そんな風にアレス著、真実の書には記されている。


 アレスはずっと悔やんでいた。

 赤の魔王と戦った時と同じ様に、隙が出来るまで延々、自分が一人で戦っていれば、隙ができた瞬間一気に仕留めていれば、こんなことにはならなかったのではないかと。


 それは、魔王殺しの一人でありながらその戦闘に参加しなかったマルスのせいでもあるかもしれない。

 後にレインとサニィに否定されるまで、真実の書には、そう記されていた。

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