第十二章:仲間を探して

第146話:神速の英雄【韋駄天ヘルメス】

 二人は今、260年前の英雄ヘルメスの生まれた街に来ていた。

 南の大陸で3人居る著名な歴史的英雄の一人【韋駄天ヘルメス】

 通常魔王に対して最初に突撃する勇者は死を以てその特性を探る役割を持つ。

 特に、魔王が生まれて最初の調査団は、その全てが死んでしまっても何もおかしくはない。実際に、歴史上最初の調査を生き残った者は片手で数えられるほど。

 もちろん、生まれてすぐの魔王を2度も倒したレインは異常が過ぎるのだが、それは置いておいて。

 そんな中で、最初の調査隊に所属しながら、実際に魔王の討伐まで生き残っていた唯一の英雄がこのヘルメスだった。


 『その勇者、音を置き去りにし、魔王すら反応できない速度で駆け抜けた』


 資料館には、そう、記されている。

 ここだけを見れば、ヘルメスは最強の勇者であると思われるだろう。

 資料には、欠点らしい欠点は記されていない。挿絵だけが少しばかりおかしい感じがするが、ともかく、不幸な人生を送ったり、変態的な性癖があったりするわけではない様だ。


 『その勇者の能力は、身軽なほど速度が増すこと。よってヘルメスは、重さのない宝剣である【短剣ささみ一号】のみを用いて戦場に赴いた』


 「ささみ一号ってなんだよ……。知ってたのかお前?」

 「い、いえ……。知ってるわけないじゃないですか」

 「オリヴィアのささみ3号も羽の様に軽いレイピアだったよな……」

 「…………これで私のネーミングセンスがい――」

 「待て、それ以上は言わなくて良い。いや、言うな」


 武器に名前を付けると言う行為自体が、北の二大陸では未だに一般的ではない。

 この南の大陸でも何人かの勇者に出会ったことがあるものの、武器の名前を呼ぶことはなかった。

 それが、260年前の時点で武器に名前を付けている。

 それ自体は素晴らしいことの様に思えるが……。


 「まあ、それは置いておいてだ。問題はこの挿絵だ」

 「……」サニィは答えない。

 「どう見ても、いや、どう読んでも、か。そういうことだよな」


 その挿絵はつまり、身軽な程速い、短剣のみを用いて、ということだ。

 要するに、服を着ていない。

 丸出しのソレ・・が、精緻に描かれている。


 「素早く走り回るために服を着ない、か。道理だが、それを実際に行うってのはこの時代どうだったんだろうな」

 「……少なくとも、挿絵には描かれていますけど、文章としては何も書かれてませんね」

 「短剣の方は長さ約3寸、か。生き残るのは得意だったのかもしれないが、決定力には欠けていた。人間相手にならともかく、魔物相手にそれでは少々短いな。そんな欠点は書かれているが」

 「でも、恋多き英雄と書かれていますね。13人の妻と22人の子どもが……」

 「英雄らしいと言えば英雄らしい、な」

 「……はい」


 なんとも、微妙な空気になった。

 少なくとも、ベルナール程の衝撃はない。

 あの変態性癖と比べれば、生き残るために脱いだ。ただそれだけの話だ。

 しかも、全ての英雄の中でも恐らく、最も長時間魔王と対峙しているだろう。

 最強の英雄ではないかもしれないが、マルスと並んで最も勇敢な英雄の一人ではあるだろう。

 しかし、どこかそれを凄いと認めたくはない。

 そんな、微妙な空気が二人の間には流れている。

 二人の常識が一夫一妻であることも影響しているだろう。

 つい先日、互いに一生に死んでくれと、お前が居なくなれば世界を滅ぼす、なんてことを言ったばかりだ。

 とは言え、この世界であれば一夫多妻もおかしくはない。

 別にどの国も、それを禁止してはいない。


 勇者に生まれる者の割合は女よりも男の方が多い。

 男は戦場で多く死ぬ。女は守られ生き残る。そんな狭い世界が、この広い世界の中には多くあった。

 だからこそ、英雄が色を好む、いや、少数の強い者が多くの弱い者を守るのは、冷静に考えれば何もおかしくはない。

 そこまで考えたところで、少しだけ、思ったことがあった。 


 欠点のない英雄。それはそれでどこか物足りないものだと、そんな風に思った。


 ――。


 英雄ヘルメスは、色男だった。

 凱旋時にはいつでも黄色い声援が聞こえたし、いつでも余裕で戦場を駆け回っていた。

 裸の肉体でも美しさを損なわない為に、完璧なボディバランスを保つ努力をしていた。もちろん、そんな努力の姿は誰にも見せなかった。

 魔王は確かに強かったし、殆どの攻撃は通らなかった。しかし、当たらなければ死ぬことはない。

 幸いにも、青の魔王は半魔法系の魔物がベースで、速さで上回られることはなかった。

 たまたま、一人の親友が魔王に殺された瞬間、その背に致命的な隙が見えたから、短剣を突き刺した。

 それだけでそいつを倒すことは出来ず、もう一人の親友が殺されたところで、刺された短剣を蹴り込んだ。しかしそれでも、魔王は倒れない。

 もう三人、仲の良かった女勇者が殺されたところで、遂に何度も蹴り込んだ短剣は魔王の心臓に到達した。

 その時には、生き残っているのは自分だけだった。

 それが、たまたま速いだけの色男に出来た魔王討伐。


 英雄と呼ばれるべきは自分ではない。


 多くの死者に支えられ成し遂げられた魔王討伐。

 しかしヘルメスはそんなことを言えず、逃げるように多くの女を抱いた。居なくなった親友達の悲しみを埋めるため、眼前の死に影響された生存本能に誑かされたため。ともかく、多くの人を頼った。その殆どは、女だったものの。

 彼は生涯そのことを誰にも伝えられず、多くの支持者に称えられたまま、85年の生涯を閉じた。


 それが、世界で最もつまらない英雄の、真実だった。


 「自分は決して強くない」


 生前最後に残した一言がどんな意味を持つのか、それは本人しか知りえなかった。

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