第140話:呪いはまだ消えない

 先送りにしている、問題があった。

 先代女王エリーゼを殺してから、必ず解決しないといけないと、決めていた問題。

 そもそも、アリエル・エリーゼを悲しませてしまった原因はサニィの力不足でも、レインの強引な救いでも、なんでもない。


 世界には悪意が満ちている。


 元々の問題は、それだ。

 黒の魔王が残した、100年以上誰も逆らえなかった死の呪い。

 不死になるというのに死への恐怖は増し、5年後に必ず死ぬ、絶望の。

 それが、そんなものが存在するというのがそもそも、アリエルを悲しませた原因であり、アリスの様子が優れない理由であり、二人が旅をする理由だった。


 今のところ、それを解決できる手段は一つだけだった。

 いや、二つあったかもしれない。厳密には、三つだ。

 しかしいずれにせよ、それを実行できるのは、世界でたったの二人だけだった。


 こうして旅をしている間にも、世界ではきっと、この呪いによって苦しんでいる人がいるのだろう。死んでいく人がいるのだろう

 しかし、それを解決することは出来なかった。


 その理由の一つは、魔王が再び生まれるということ。

 現状の戦力のままに魔王の誕生を迎えてしまえば、恐らく世界は滅びてしまう。

 オリヴィアならきっと、奮闘できるだろう。

 エリーならきっと、奮闘できるだろう。

 そんな希望を持つことは当然できる。

 しかし、彼女達は現状では・・・・決して魔王に届かない。

 その為の兵を集め、訓練する作業は、実際に魔王を倒したレインが適任だった。

 その為に魔法使いを強化することが出来るのは、サニィだけだった。


 自分達は死ぬのだから、後は残った者達でなんとかしろ、とは、言えなかった。

 二人はそれほど自分勝手ではなかった。


 二つ目の理由は、個人的な理由だ。

 今はまだ、呪いを消し去ることはできない。

 たとえ世界でどれだけ苦しんでいる人がいたとしても。

 二人は今回アルカナウィンドを訪問をした時、都合良く、必ず呪いを解く方法を見つけるとアリエルを騙し、解けないとは言わなかった。


 その理由は、まだ解きたくなかったからだ。

 二人はそれほどに自分勝手だった。


 少なくとも、サニィ一人でこの呪いを解く方法は存在しない。

 だから、視点さえ変えれば、嘘は全く言ってはいない。

 そう、都合良く二人は自分達を納得させていた。

 二人共が二人共、既に、世界の行く末よりも相手の事の方が大切。

 幾度かの死を経験して、一人では超えられそうになかった経験を通して、そんな風に思っていた。


 どれだけ死の恐怖があったとしても、お互い同じ時に逝けるのなら、それは救いだ。


 先代エリーゼを殺したのも、それが理由。

 死が、死に方が、救いの一つであると、そう考えてしまったから。

 もう少し生きられた命を強制的に終わらせることを、親しい人間はなかなか納得できない。

 本人が納得していたとしても、それを諦めと呼び、命を繋ごうとする。

 そして本人が目に見えて苦しんでいるのが分かれば、死なせてあげた方が、と思い直す。

 しかし、それを前倒しすることは許さない。


 それを、今回救うつもりで先代エリーゼを殺して、アリエルに恨まれたことで二人は思い知った。


 きっと、どちらも間違っていないのだろう。

 大切な人には長く生きていて欲しい。当然だ。苦しむ前に逝きたい。当然だ。

 きっと、どちらも間違っているのだろう。

 その死で悲しむ人がいる。当然だ。それで長く苦しむことになる。当然だ。


 結局のところ、誰にとって、なのかで変わるのが正しさだ。


 だから、二人はこの問題を先送りにしていた。

 二人は人外の能力を持つ英雄で、化け物で、鬼神で、聖女だったけれど、本当は弱い弱い、人間だったから。

 少なくとも、世界の為に自らの身を犠牲に出来るマルスに比べたら、よっぽど弱い人間だった。


 それ故に、聖女と呼ばれる女と鬼神と呼ばれる青年はこう約束した。


 「レインさん、旅の最後、行く場所は北か南、どっちがいいですか?」

 「どっちでも良いのか?」

 「理論上は」

 「じゃ、南に行こうか。北はヴィクトリア達の場所だ」

 「そうですね。……レインさん」

 「ん?」

 「本当は、ずっと思ってました。好きです。私と一緒に死んでください」

 「俺の方が古くから好きなはずだ。ああ、一緒に死のうか」


 南の大陸に着く手前、いくつかの島を回った後、一つの無人島でキャンプ中。

 その場所が最初のキャンプ地に似ていたせいか、そんな気分になっていた。


 残り[1022日→999日]

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