第98話:北の果てにある印

 極寒の地、一人の男を助け再びその場に向かった二人は改めて気を引き締める。

 そこは死の世界。一歩間違えれば、いつでも死が目の前にある世界だと、彼らを見て実感した。

 しかし、北極点には行かねばならない。特に理由はないけれど、なんとなく、二人共そんな気がしていた。


 「もし私たちが雪女に会って死んじゃったらどうなるんでしょうね?」

 「極寒の大地での俺たちの死か。この呪いは運良く助かる、そんなことも言われているが」

 「まあ、死ななければ関係は無いですよね」

 「呪いにかかってる以上、運良く雪女には出会わないのかもしれないな」

 「会いたいんですね。レインさんの変態」

 「どうしてそうなるんだ……」


 雪女は十中八九が低体温症による幻覚。

 若干陰のマナ濃度が高いここでは、その様な幻覚を見て死んでもおかしくはない。運良く生き延びた者が、死にゆく者が美女がいると言っていたのを聞いて、そんな噂を広げたのだろう。

 ともかく、陰のマナが濃いものの、ここには魔物も殆どいない。いや、スノーエレメンタル1匹としか出会っていない。スノーエレメンタルは三段式雪だるまの形状をした2m程の高さのエレメンタルだ。

 北極圏のみに生息し、その見た目の愛らしさから油断してしまいがちだが、かなり強い。

 デーモンほどとは言わないが、イフリートと同じ程度。尤もそれは環境が理由ではあるが、ともかく戦いづらい敵だ。

 雪だるま部分の一箇所を砕いたとしても、直ぐに再生してしまう。全てを同時に破壊しなければ倒せない。

 枝の様な形状をしている腕は伸縮し、ムチの様に自由自在に振るわれる。


 「この地で炎の魔法を使える魔法使いは少ないと思うので、雪女が居なくても会いたくない敵ですね。思ったより可愛くないし」

 「いや、魔物としては随分と可愛くないか?」

 「えー。これならゴブリンの方が可愛いですよー」

 「……」


 サニィは何のためらいも無しにスノーエレメンタルに向かって近くに落ちていた氷の塊を投げつけると、それを爆発させて四散させる。

 この地で炎のイメージをするとロスが大きい。ならば触媒を使った魔法であるエクスプロージョンを使えば簡単だ。

 一瞬にして粉々になったスノーエレメンタルを見下ろしながら、そんなことを言った。

 彼女の可愛いに対する感性がちょっとヤバいのはさておき、全部の雪玉を破壊してしまえばスノーエレメンタルは死ぬ。今のサニィにとっては、造作もないことだった。


 そうして二人は順調に世界の果て、もしくは中心へと辿り着く。

 そこには確かに、印があった。


 『黒の魔王、この北の果てにて討伐に成功する 勇者:フィリオナ・ミスリルガード』


 そんな、一つの”看板”だった。

 1m50cm程の高さの大盾に、その様な文字が刻み込まれ、2m30cm程の大剣に括りつけられ建てられていた。

 裏に回り大剣の方を見てみると、そこにも文字が刻み込まれている。


 『魔王は消滅した 散っていった仲間達に追悼を 勇者:ヴィクトリア・タイタンソード』


 大きく傷ついた大盾と、同じく大きく刃の欠けた大剣。

 二人の勇者が確かにこの地で激戦を繰り広げたと言う証拠が、そこにはあった。


 「これが、北の果ての印……」


 魔王が何処で倒されたか、それは語られない。

 重要なのはそんなことではなく、見事に魔王を倒した勇者の武勇伝。

 過去の人々の、魔王を恐れていた人々の勇者に対しての礼儀と言うのは、そういうものであったらしい。

 最後の魔王、黒の魔王も、その例には漏れなかった。

 黒の魔王を倒したパーティには、二人のリーダーが居た。圧倒的な怪力を誇る大剣のヴィクトリアと、仲間を守る大盾のフィリオナ。彼女達は5人で100m級のドラゴンを倒したことがあると言う伝説が語られている。魔王の討伐は流石にそんな少人数と言うわけではなく、大規模な討伐隊であったが、最後に生き延びたのはたったの二人、この大盾と大剣の持ち主だけだった。

 その二人は共にその討伐の5年後、原因不明の発狂の後に死んでいる。全く同じ時に。2人はその5年間、片時も離れず一緒に居たと言う。

 魔王の呪いの、最初の被害者だと言われている。


 「こんな土地であんな強さの魔王と戦ったのか……」

 「伝説の英雄フィリオナとヴィクトリア。彼女達の生きた証が、戦った証が、この北の果ての印だったんですね……」


 帰り道、二人は無言だった。

 周囲の遺体は殆ど片付けられていたものの、そんなものがあった形跡がまざまざと残っている。

 片付けられていない武器や防具、場所によっては血痕。そして指の欠片等。


 少しばかり気になることもある。しかしそれよりも、魔王殺しの勇者達の覚悟と生き様、死に様に感動していた。

 進むだけでも死ぬのを覚悟する土地で、レイン級の化け物と戦う恐怖。怪我をしてしまえば、例え魔王を倒した時には生きていたとしても、生きて帰れないかもしれない。

 この土地でかまくらを作ってのんびりと体を慣らしていた自分達は……。


 尤もこの時点で既に、功績に関しては既にドラゴン三体と魔王一体を倒し、魔法技術の発展に貢献している彼らの方が上なのも事実なのだが、それを彼らは最後まで気づかないだろう。


 ――。


 町に戻り、助けた男の様子をもう一度見ようと思い二人は同じく足を病院に向けると、そこは非常に慌ただしかった。

 急患。女性が北から歩いてきて、酷い凍傷。腕は晴れ上がっており、非常に危険な状態。

 それを聞いて、サニィはふっと駆け出した。きっと、フィリオナとヴィクトリアのことを見て、思ったことが色々とあったのだろう。

 結局、その女性の腕は切除しなければならなかったが、一命は取り留めた。


 その女性は後に語っている。


 「夢に、金髪碧眼の美しい女性が出てきた。とても優しく、死ぬなと言ってくれた。目を覚ますと腕が無かったけれど、夢で元気づけてくれた女性が目の前に居た。彼女は腕が無くても生活できる魔法を教えてくれた。その後すぐに発ってしまったから、今でも夢なんじゃないかって思うことがある。

 でも、私が止めても聞かず、先に進んで死んだんだろうなと思った内の一人、ギャリーは生きていた。それも彼女が救ってくれたらしい。

 二人が同じ女性に助けられたのも運命だろうか、私はそのギャリーと共に生きるのを決めて街へと戻ると、聖女様ってのが崇められてるじゃないか。その聖女様が、どう見てもあの夢のお方だ。だから、そのでっかい肖像画を買ったのさ。

 今はそのでっかい肖像画が私の魔法の道具になってる。流石にそれを持って外出は出来ないから買い出しは夫に任せてあるけど、私はずっと聖女様に感謝しながら生きるのさ」

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