第95話:白銀の大地の白い半球

 べラトゥーラの永久凍土、そこは砂漠よりも更に地獄だった。

 元々二人は大陸南部の出身。近くには熱帯雨林がある様な所に住んでいた。


 「さ、さむ……。実は砂漠って天国だったんじゃないですか……?」

 「寒過ぎて暖かいという状況がイメージ出来てないな……。仕方ないか」


 サニィは魔法で体の周囲の温度を上げようとするが、余りに寒過ぎて暑いと言う感覚を忘れてしまっている。流石に大量に着込んでいるものの、ここまでの寒さだとは予想していなかった。

 −40℃。凍て付いた大地は殆どの生き物が生息出来ない。


 「そうだ。北方の生き物と言うのは体を大きくして適応するらしいですよ。そして飛び出た耳なんかを小さくするんです。やってみましょう」

 「落ち着け。お前は解剖学を修めてないだろう。胸の件を思い出せ」

 「胸、胸、はっ、脂肪も有効みたいですよ。増やしましょう」

 「違う、その話ではない。解剖学の話だ」

 「胸、あ、そうだ、くっ付けば体温で少し暖かくなるんじゃないですか?だっこしてください!」

 「……お前がねだるなら仕方ない。来い」


 生き物は環境に適応する為に長い年月をかけて進化してきた。もしくは、そう進化したものが生き残ってきた。

 それに対して人は考えることで環境に対応していく。

 二人は現時点で最善の対応策を見つけた。

 抱きしめ合えば暖かい。

 1年経過を機に、二人の関係は発展していくのかと思われたが互いに奥手、そう上手くはいかなかった。しかし、今は二人とも寒過ぎると言う大義名分がある。周囲20kmに人は居ない。それならば、少しばかりいちゃつくような状況になったとして、許されるだろう。

 一体誰が許さないのかは知らないが、とにかく、そんなことを考えた。


 「全然あったかくないと言うか、さっきまでより寒いんですけど」

 「お前が緊張で魔法を忘れているからだ」

 「じゃ、じゃあダメですね。離れましょう」


 結局二人は許されなかったらしい。

 すぐに離れると、再び魔法で僅かに温める。


 「あれです、かまくら作りましょう。中に入るとあったかいと聞きますよ」

 「それだ。進むことなど出来ん!先ずは体を慣らそう」


 そうして二人は、一瞬のうちにかまくらを作り上げた。魔法使いと人外の剣士、全く便利なペアだ。

 寒いとは言え、1日100kmは進めるだろう。そう考えていたのだが、甘かった。

 永久氷雪地帯に突入してから、二人はまだ20km程しか進んでいなかった。前日はその直前にある村で暖をとってしっかりと休んだのだが、その圏内は、レベルが違った。


 「ふう、あったかいですね。火、お、この中ならイメージ出来ます」

 「これは、油断したら死ぬな」


 かまくらに入ってしばらく、食料はある程度用意していたものの、そのどれもが凍り付いていた。


 「ここに住む動物達も居ると聞くが、どうやって生きてるんだ?」

 「ポーラーベアって言う白いクマなんかはアザラシを食べるらしいですよ。海上の氷の上で待ち伏せして、息を吸いに来たところをがぶりとか」

 「ほう。この寒い中頑張って泳いで、息を吸えば食われる。過酷な土地だな。そのクマは食えるのか?」

 「ポーラーベアは毒があるから食べちゃダメみたいです。あと、温度だけの話なら陸上より海中の方があったかいですよ」


 久しぶりのサニィの動物知識が出てくる。

 その目はキラキラと輝いて、ここが極寒の地だと言うことを少しばかり忘れさせる。


 「他には面白い生き物はいないのか?」

 「角が生えたイルカが居るとか。ユニコーンみたいな。まあ、実は角じゃなくて牙の一本が伸びてるだけみたいですけど。南の極寒地帯にはペンギンがいるみたいなんですけどね」

 「海中を飛ぶ鳥か」

 「それです。会ってみたいですけど、南の果てはこちらよりも更に寒いみたいなんで死んじゃいますね……」

 「……その時考えるか」

 「それまでに、魔法を開発しておけば良いですね。あとは」


 そう言って、サニィは一際目を輝かせる。


 「シャチ! 動物の中では一番強いとか!」

 「ほう、是非戦ってみたいものだ」

 「動物の中で、ですから。化け物と比べないで下さい」


 海にも魔物はいる。有名どころで言えばクラーケンやシーサーペント、そしてドラゴンクラスだと言われるリヴァイアサン。

 それらが生態系を壊すことはないものの、シャチがそれらに太刀打ち出来るわけもない。

 あくまで動物は動物。魔物を除いて生態系を築いている生き物達だ。

 だからこそ、サニィにとっては魅力的なのだ。


 「さて、死ぬ前に少し真面目な会議でもするか。この土地の魔物についてだ」

 「スノーエレメンタルと雪女ですね」

 「ああ、この寒さの中、寒い能力を持った敵と戦うなどごめんだからな。なんとかしてかまくらの中で暖かさをキープする魔法を開発するんだ」

 「レインさんの場合速く動けばその分寒いですもんね……」

 「俺が動いたと思ったら氷の彫刻になっていた、なんて笑えないからな」

 「え? 笑えますけど」


 なんだかんだ言って、緊張感の無い二人。

 どれだけ寒いとは言え、サニィがいる限りはなんとかなるのが現状だ。一面の銀世界。

 デスワームの様な気持ち悪い魔物も居ない以上、気が緩むのも仕方がなかった。


 残り【1438日→1420日】 次の魔王出現まで【201日】

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