第85話:聖女でなければ魔法女王

 ルークの育成は順調だった。

 元々ただ魔法を使ってマナタンクの容量を増やす、修行とは名ばかりの単純作業に疑問を持っていた彼は、もっと良い方法があるはずだと子どもながらに考えていた。

 単純に言えば、彼は天才だった。

 肉体的には大したことがない。所詮はただの10歳児。しかし、その頭は既にこの村の魔法使いの殆どを凌駕していた。サニィが解説したことを全て飲み込み、たったの2週間でサニィが見せた水の魔法の8割程の威力を得るに至っている。

 ルークはサニィとは違い通常の魔法使いなので、それを超える魔法を撃つことは難しいのかもしれないが、それは既にこの山を登頂しきれる可能性を示していた。


 ただ一つ足りないところがあるとすれば、ルークは未だ己の限界を知らないと言うこと。

 初日こそ麓から1650m地点、標高3650m地点まで進むことが限界と言えたのだが、成長と共にそれよりも先に進むことが出来る様になっているだろう。

 しかし、サニィはそこよりも先に進むことを許可しなかった。

 理由は簡単だ。

 そこより先は濃度が1000m毎に倍、倍と増えていく。

 いくら頭が良くてもふとしたことで感情的になってしまう、まだ子どもであるルークが、そこよりも先でパニックになってしまえば、次こそは死ぬ。それが分かっていたからだ。

 もちろん、それを伝えたところ、ルークは納得した。

 一人で標高5000mまで登って意識を失う前のことまでは覚えていたのだろう。

 なので、ここまでは出来る。それ以上は無理、その境目が、再び曖昧になっていた。


 「ということなのです。どうしましょうかレインさん」

 「あ、あの、ど、どうし……」


 レインに対しそんなことを聞きに来るサニィに、ルークも付いて来ていた。

 彼はどうやらレインが怖いらしい。

 一度、随分と成長したルークをサニィが抱きしめた時、つい顔を弛ませてしまったところをレインに見られていたのだ。その後、「サニィは俺のものだ」などと隙を伺って大人気なくもつっかかったレインに対し、「だ、誰があんな貧乳」と答えてしまったのが運の尽き、彼はその瞬間、標高5000mの雪山よりも尚明確な死を感じ取ってしまうことになった。……というわけだ。

 しかし、そんなことがあったにも関わらず、レインはいつもと変わらぬ様子。

 とは言え、その目はルークを見据えて濁っている。今にもデコピンで殺されそうなほど。


 「それは簡単だ。実戦形式の模擬戦、これ以上は無理だと言う感覚を体が覚えればなんでも良い。なんなら俺が相手してやっても良い」

 「レインさんはダーメです。ルー君は私の生徒なんですから。と言うかレインさんはすぐ虐めるんですから」


 これ以上は無理だと言う感覚、それを覚えているのは正に今だった。


 まあそれはともかく、ルークは登山と併用してサニィとの模擬戦を始めてから1週間、異常な魔法を使うサニィとルークの噂は直ぐに広がり、サニィはマナスル中の魔法使いから模擬戦の申し込みを受けるようになっていた。


 ……。


 「それでは第一回マナスル修行者最強王座決定戦、【聖女杯】を開催いたします!」


 そんなことになるのも、時間の問題だった。

 場所は今回の騒動にいち早く注目したマナスル魔法研究所。

 ルークが目に見えて才能を伸ばしていくのを見て、エイミーが直ぐに研究所中を説得して回ってそんな計画を立て、聖樹の名の下に清く正しい魔法使い同士の修行成果を発表する場、を設けることにしたのだった。


 「どうしてこうなったのでしょう」

 「サニィさん。あなたは素晴らしい魔法使いです。ルークも毎日とても充実しているようで、この研究所でも他の生徒達に率先して魔法を教えるようになりました。おかげで我が研究所の魔法使いも飛躍的に強くなっています」


 場所は研究所の運動場。玉座を模した席に座らされ、思わず呟いたサニィに、いつの間にか近づいてきていたエイミーが耳元でそんなことを呟く。

 ぶっちゃけその距離感が少し気持ち悪いと思ってしまうサニィだったが、彼女がきちんとした先生をしている様で安心も出来る。不思議な感覚に陥っていた。


 【実戦形式のトーナメント。優勝者は魔法女王サニィとの模擬戦を行えます】


 そんな謳い文句で開催されたこの大会。

 魔法女王ってなんだよ! そんなツッコミを思わず入れてしまったサニィだったが、それはルーク越しにそのトーナメント開催を許可した後。後の祭りだった。


 参加者は絞りに絞って全63名。第一試合は31試合、魔法女王の生徒であるルークは皆の推薦もあってシード。

 それだけいつの間にか二人はこの霊峰で注目されている存在となっていた。


 「先生、僕必ず優勝しますから」

 「いいえ、流石にまだ生徒に負けるわけには行きません。私が優勝です」


 ルークの宣言に張り合ってくるエイミー。彼女はトーナメントの反対側。位置で言えば第二シードではあったが、サニィが来るまではマナスル最強と言われた堅物だった。

 ルークが頑張ってくれれば、エイミーは割とどうでも良い。ついそんな風に思ってしまうのは、サニィが人間だからなのだろう……。ともかく、そんな大会が開催された。


 一方その頃、この土地でやることがなくなって暇になったレインは、一人の魔法使いを育て、大会に参加せていた。


 「一週間の急造魔法使いだ。優勝は無理だろうが、頑張ってこい」

 「はい、魔人様……」

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