第67話:試合に勝って勝負に負ける
「正々堂々と行きましょう! わたくしの勇者の力は必中! このレイピアの間合いに居れば必ず当てられますわ!!」
王宮の裏庭。決闘をするには十分なスペースのそこで、王女オリヴィアは宣言する。
例えとても大事なものをかけた決闘とは言え、正々堂々、真っ直ぐさを欠いた闘いなど、オリヴィアのプライドは許さなかった。
「では私も。私の力はマナに直接語りかけること。魔法を超えた魔法をお見せします」
サニィはそう言って杖を構えた。
その瞬間、王女は驚いた様に目を見開く。金髪碧眼、ホワイトバーチにルビーをあしらった長杖。
その姿が、噂に聞く聖女そのものだったからだ。サニィは街中で絡まれて以来、杖を小型化して持ち歩いていた。聖女の噂は王宮にも届いており、何かしらの偶然が一人歩きして都市伝説化している。希にある話だと、そう思われていたからだ。
「なるほど……。相手に不足なし、と言うことですわね」
――。
「それでは私が審判を務めます。相手に致命傷、欠損、その他重大なダメージを与える攻撃は禁止。降参、または私が止めれば勝負有りです。構えて」
もちろん審判はディエゴ。この中でどちらにも肩入れしていない唯一の人物。そして恐らく、レインを除けば二人を止められる唯一の人物だ。
「レインよ、どう見る?」 王はレインに問う。
「何の問題もなくサニィの圧勝だ」 レインは笑みを浮かべながらそう答える。
「ほう。あのオリヴィアは本当にディエゴにも追い付ける素質を秘めているんだがな」
「サニィは俺に追い付けるからな」
二人の会話には、最早険悪さは無かった。
お互いの愛する子どもをそっと見守る様な表情。なんとも微笑ましいと言った様子で決闘の開始を待っている。
そして、王妃を含めた僅か三人の観客が見守る中、二人の決闘は静かに幕を開けた。
最初に仕掛けたのはオリヴィアだった。その体捌きは流石かつてディエゴと最強を競った王をも超えると言うだけあり、見事なもの。
王妃の目には最早映ってすらいないだろう。
しかし、相手は散々レインの踏み込みを見てきたサニィ。肉体は普通であっても、それを捉える魔法を身に付けていた。
「蔦の壁、ん、斬られるかな。流水」
いつもの様に声に出して魔法を行使していく。サニィの読み通り、繰り出した蔦は硬化が完了する前に切り刻まれる。その剣技も見事なものだ。ディエゴの剣と違い片手持ちのレイピアで、その華奢な体に潜む力を十全に引き出している。
しかし、次に目の前に現れたのは川だった。流石にそれには足も止まるかと思われた瞬間、オリヴィアは飛び上がり、水の上を駆け出す。
「これも超えますか。それじゃ、水の壁、蔦、蔦、ウインドシールド」
しかし、その全てが悉く刻まれる。流石に必中。振るった攻撃は如何なものでも捉えることが出来るらしい。
「捉えましたわ!」
遂に間合いに踏み込んだオリヴィアは、サニィに向かってレイピアを突き出す。胸の皮膚をほんの僅か程突いて決着。
魔法は本当にとても凄かったけれど、一対一では戦士が優勢。こんな勝負をもちかけるレイン様が間違っていたのだ。
そう、思ったのだが。
キィンッ!
オリヴィアの剣がサニィの胸を突いた瞬間、その剣はそこで停止する。その剣を、サニィはあろうことか素手で掴み取ると、こう告げる。
「月光です。避けられないなら決して壊れない堅さで受ければ良い。チェックです」
そのままサニィの体を這って伸びた蔦に絡め取られたオリヴィアは、武器を取り上げられ、天高く持ち上げられると、降参の意を示した。
地面に降りたオリヴィア。
サニィはレインの方を振り返ると、こんなことを言った。
「ふう、傷付けずに無効化するのは大変ですね。レインさんはやっぱりおかしいです」
それは、完全に手加減をしたと言うことだ。
オリヴィアは少なくとも、皮膚に傷を付け、このまま貫けると示すつもりだった。
ミスすれば重症までは行かないものの、怪我はさせるつもりで挑んでいた。
それをサニィは、一切傷付かない様にと手を抜いていたのだ。
思えば、攻撃性の魔法を彼女は一つも使っていなかった。
……完敗だ。
「う、うあうう、……うわああああああああああん!!!」
オリヴィアは泣いた。
レインには勝てなくて当然だ。自分が勝てないディエゴが手も足も出ない程の存在。憧れだった。
でも、魔法使いのサニィには勝てるつもりだった。魔法使いである以上、どんなに強くても、ディエゴには及ばない。そんな風に思っていた。ストレートに脅威を示して相手の集中を削げば、必ず勝てる。心を乱せば魔法使いはただの人なのだ。
でも、勝てる気配がしなかった。
それが、悔しかった。毎日毎日、いつかレインと結ばれる為にと訓練してきたのに……。
「うぐっ、うあああああああ!! ひぐっ、う、ああああ……」
一方、サニィは考えた。
この娘はとても強いけれど、決してレインには並べない。今思い出したけれど、自分とレインは5年で死んでしまう。
どれだけ努力したところで、決して覆せない現実がそれだ。
とても心苦しいけれど、レインと一緒に死ねるのは、自分だけ。
……それならば、ここで、心を鬼にして諦めて貰おう。
そんな覚悟は、サニィを思わぬ方向へと走らせた。
「残念でしたねオリヴィア様! あなたは私には敵いません! 私は魔法使いではありません。私は魔法を超える【奇跡】を行使する者。そして、……唯一勇者レインに並び立つ者。聖女サニィですっ!!」
「ひぐっ、……へっ?」
その瞬間、停止する時間。
数秒後、真っ赤になるサニィ。それを見つめる王女オリヴィア。
呆然とするディエゴ、王、レイン。
そして、頰を染める王妃。
「……え……ま」
「え、えと、その……あ、あの」
何かを言うオリヴィアに、真っ赤なままおろおろとし出すサニィ。その場に、最早決闘の余韻など微塵も無かった。
その少しばかりの静寂は、オリヴィアの一言で打ち壊された。
「お姉さまっ!!!!」
「ほぇっ?」
真っ赤なままおろおろとしていたサニィに、オリヴィアが飛びつく。
まだ少し涙を流し、しかし頰を染めながら。
全く、意味が分からなかった。
「え、あ、あの、え? オリヴィア様?」
「お姉さま、今までの無礼な行いお許し下さい。お姉さまのこと、お慕い申し上げます」
「え? え? あれ? どう言うこと、え?」
「あの、お姉さま。どうかオリヴィアと呼び捨てにして下さいませ」
――。
結局のところ、どうしてこうなったのか、直ぐに分かったのは王と王妃だけだった。
オリヴィアはディエゴの話に聞くレインの傍若無人な行いと強さに惚れ、同じくディエゴをマイケルと呼び、レインと結ばれることを望んでいた。
しかし、彼女には血が流れていた。
そう、王妃の血だ。
彼女はサニィの母親リーゼに惚れ、自分の護衛としていた。リーゼはそういう趣味では無かったのでそういう関係にはならなかったものの、二人の時はお姉様と呼んで慕っていた。
その血が、目覚めたのだ。
サニィがオリヴィアを諦めさせるために放った一言、そして容赦のない圧倒的な強さを目の当たりにしたことによって。
「お姉さまの決め台詞、とても格好良かったです。ふふふ。そんな強くお美しいお姉さまとレイン様のご関係なら、わたくしがお邪魔する訳には参りません。でもどうか、わたくしと姉妹の契りを結んで下さいませ」
「え、えーと、オリヴィア様?」
「んもう、オリヴィアと、そう及び下さい。言葉も本当の妹にかける様に砕けて構いませんわ。いいえ、それでは足りません。わたくしは敗者なのですから。いっそ、こき使って下さいませ」
――。
その日、サニィにガチ目の妹が出来た。
動揺を隠せないサニィはそのまま、王妃のサポートもあってそんな契りを結んでしまった。
「なあマイケル。……これは、どういう事だ?」
そんな質問をするレインに、ディエゴは無言をもってしか答えることが出来なかった。
ともあれ、オリヴィアはレインの妻はサニィだと認めながらも、誰も傷付くことなくこの騒動は終わりを迎えた。
めでたしめでたし。
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