第61話:世界の意思の一つの形
「デーモンロードが生まれた。行ってくる」
「あ、待って下さい。私も行きます!」
「私達騎士団も行く」
翌日、いつもの如くちょうど良いタイミングでデーモンロードが生まれると、レインが駆けていこうとする。
結局昨日の話はあれ以上の進展はなかった。誰にも証明できないことをサニィの曖昧な感覚のみで答えを導き出そうとしても、突然全てが解決するわけではない。
なんだかんだで正のマナ負のマナではなく陽のマナ陰のマナと呼ぼうと言うことに決めただけだ。
新しい感覚に気がついたことで、これから改めて気づいていくこともあるだろう。
今回の討伐はレインだけで行う。
強い敵との経験を積むと言うのも結構だが、ディエゴはともかくとして精鋭や新人は力不足だ。
サニィなら行けるかもしれないが、彼女を殺す可能性は極力排除したい。例え死なないとしても。
身体能力も魔法で強化しているとは言え、それでも新人達にすら遥かに劣るサニィだ。ほんの一瞬のミスで死んでしまう現状では、まだ五度は死ぬと判断していた。
デーモンロードは、それほどに規格外。
それは、6m程の身長だった。デーモンよりも少し身長が高い。しかし、質量は同じ位だろうか。
長い手足に、筋肉質でありながら通常のデーモンよりは細身の体。
短い翼に、鋭い二本の角。全身はどす黒い紫色。
エメラルドに輝く瞳は虫けらを見ているように感情がない。
それは、レインと相対すると構えをとった。
たったそれだけの動作だけで、それが規格外だと言うことが分かる。誰の目でも。
デーモンは知性のない魔物だ。人間を殺すことだけを考えるロボットの様な存在だと言ってもいいかもしれない。よって、構えを取ることなど有り得ない。人を見かければ、何も考えずにただ襲いかかってくる。
仮にデーモンと同等の膂力を持つ人間であれば、武術を使えば何事もなく倒せるだろう。武器を持てば尚更楽勝だ。まあ、そんな膂力を持つ人間は極々一部の勇者や狛の村人でしか有り得ないが……。
しかし、それは違った。
感情の無い瞳は真っ直ぐレインを見つめ、その隙を伺っている。
その構えから溢れ出すプレッシャーは、かのドラゴンをも上回る程だった。
構えをとった瞬間に新人達は負けを悟ったのだろう。意地で剣は手放さなかったが、腰は抜かしてしまい動けない。精鋭達は構えるものの震えは止まらず、ディエゴも冷や汗を流している。
デーモンロードは魔法も使わず空も飛ばない。しかし、ドラゴンと並び立つ魔物。
その膂力と、武術だけが理由で。
「今回のはまた上物だな」
「……これは流石に怖いですね…………。ちょっと勝てるイメージがありません」
平然と立っているのは二人だけ。
ようやく『戦い』になると楽しみを隠さないレインと、そんなレインの勝利を一切疑わないサニィだけだった。
サニィの目から見て、それはエメラルドグリーンの体を持った、かのドラゴンよりも上位の魔物だった。
それはいかな魔法すらただの小技に見えてしまう程の圧力。レインと同様の、単純な暴力が持つ圧力だ。
――。
『キサマが狛の勇者だな?』
不意に地の底から湧き上がるような低音が轟く。可聴域をも下回っている音の振動を含むその声は大地を、木々を揺らしながらレインに向かってそう訪ねた。
圧倒的な圧力と構えはまるで崩さず。いいや、むしろ今までよりも圧倒的に増している。
最早新人達も武器を取り落とし、精鋭達もガクガクと動けない。
ディエゴもサニィすらも、その声を聞いて震え始めた。
「……話せるのか?」
『異常の者よ、キサマは生きていてはいけない存在だ。死ね』
「どういうこ――」
レインの質問を遮って、デーモンロードは踏み込んだ。
そこからの戦闘は誰の目にも追えなかった。戦っている二つの化け物を除いては。
ただ剣と爪が交差する音、爆発にも似た衝撃の音、それと同時に吹き乱れる衝撃波、黒と金に染まる視界。飛び散る赤黒い血飛沫。
デーモンとは余りにも格が違う。サニィがこの間見たドラゴンとも、また格が違う。
一切を捉えることが出来ない程の超高速戦闘。光速戦闘。
勝負は、一瞬だった。しかしそれが何秒程だったのかも、誰も分からない。もしかしたら数時間だったのかもしれない。
気を抜いた瞬間に死ぬ。いや、死んでいたのかもしれない。その場に居た全員が、その戦闘に当てられ走馬灯とも言える程に永遠にも思える時間を体験していた。
倒れたのは巨体の方だ。もちろん、立っていたのはレイン。
ただしその姿は血にまみれ、いたる所に傷を負い、左手には深い裂傷があった。口からも血を流している。
最後の瞬間だけは、誰の目にも捉えられていた。レインの胸を貫こうとしたデーモンロードの爪を皮膚を傷つけながら回避したレインが、その空いた首を斬り伏せたのだ。
「有り得ない……」
少しして、そんなことを呟いたのはサニィだっただろう。もしかしたら、ディエゴだったかもしれない。
誰しもがレインの無傷の勝利を確信していた。
ドラゴンで無傷だった男が、5年前にデーモンロードを軽くあしらった男が、重症を負っている。
その傷は直ぐに引いていったが、レインはそのまま地面に膝をつく。
「……3回死んだぞ……………なんだあれは」
「ま、魔王……。呪いと、同じような感覚です……。声を出した途端……」
サニィの結論は、それだった。
声を出す前までは確かにデーモンロードだった。かなり強めの。ただ、その実態はまるで違うもの。
魔王は現在は存在していない。しかし、生まれない道理はない。
それはかつて何匹も存在し、一度の戦闘で100人以上の勇者を殺し、最後に討伐した者は必ず歴史に名を残す。それほどまでに圧倒的な存在。100年以上前に全ての魔王は討伐されたが、最後の魔王が死んでから100年以上。
魔王が居ない歴史など初めてだった為、誰しもが知り得なかった事実。
「ま、マズイな。至急王都に帰らなければいかん。魔王が出たなどと……、王に報告しなければ……」
そう呟くディエゴの声に反応したのだろうか。
再び地の底から轟く声が聞こえて、消えた。
『狛の勇者を殺す為、魔王はまた生まれる。これは世界の意思だ……』
世界の意思。その意味を今分かる者は居なかったが、魔王は再び蘇る。
そして、目の前の死体はやはり魔王だった。それを知ってしまった以上、事は一刻を争う。
ディエゴは震える体を制しながらも頭を回す。
「とにかくこのまま一度王都に戻ろう。レイン、お前たちもだ。魔王はお前を狙っているとは言え、お前しか倒せる者が居ない。それがどこに生まれるかわからない以上、来てもらう」
「あ、ああ。しかし、呪われてなかったら負けてたぞ……」
今一番驚いているのは恐らくレインだ。死の恐怖が増大する呪いの体で3回の死を迎えた。
母親から13年、自身の体では初めて感じる戦闘での死の感覚は思っていたよりも遥かに痛烈なものだった。
しかしディエゴは騎士団長。何よりも国を守ることが優先だ。
「幸いなことにお前は呪われている。これほど近くに居た私たちにも被害は0だ。被害を減らすためにもお前は来なければならない」
レインを追放するのも良いだろう。しかし、それで王都付近に魔王が生まれた場合、対処のしようがない。レインがいれば、魔王が王都に生まれる可能性は上がるが、大の為には小を切り捨てる。苦渋の決断ではあるが、ディエゴの決断はこれだった。
「了解した。サニィ、どうする?」
「え? どうするって……?」
「俺と来ればお前はまた死ぬかもしれない。こいつより強ければ守りきれない可能性すらある」
「え……」
「もうお前にあんな思いをさせるわけには――」
魔王はレイン意外を見てすら居なかった。しかし、それも今回だけかもしれない。
レインが死なないことを知っているのか知らないのかは分からないが、側にいてサニィがいつ狙われるのか分からない。
しかし、サニィの覚悟は決まっていた。
ずっと、前から。本当は、初めて助けられたその時から。
「行きます!」
「……」
「連れて行ってください」
「しかし、――」
「一緒に、死ぬんでしょう?」
「お前……」
「次は私があなたを救う番です。少し、手がかりも見つけました。それに」
それに、その次の言葉を口にすることはなかった。
しかし、今回の事態を見て、サニィの心はより一層強く決まっていた。
レインは人間だ。無敵ではあっても心を持っている。
あれだけ強くとも、戦闘が終わって死んだことを実感すれば、尻餅をついて恐怖を感じている。
だから、それに、単に、一緒に居たい。
そう思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます