第50話:砂漠に起こる奇跡

 宿に戻ってしばらく。

 ロビーでくつろぐサニィを前に、レインは考えていた。

 サニィがデザートオークの群れを一人で倒すことは造作もないことだと分かっていても、流石に森を作り出してたったの一撃でその全てを殲滅するとは思っていなかった。

 少なくとも、それまでの出力ではそこまでのことは出来なかったはずだ。

 いかに得意な魔法と言えど、その出力はドラゴンのブレスにも等しいもの。彼女の魔法ではドラゴンブレスの余波を防ぐことは簡単であっても、直撃を防ぎきる程の力はなかったはずだ。

 流石に一人でドラゴンを倒すことは不可能だ。しかし、ドラゴンのブレスに対抗出来る魔法の出力を有すると言うことは、少なくとも狛の村でも楽々生活が出来る。

 もっと言えば、レインを除いたどの村人よりも強いだろう。


 何より、今回のことで確信したことがあった。

 そんな彼女の可能性を更に引き出す為にどんな言葉をかけるのが最も良いのだろうか。


 「それにしても、レインさんの無茶苦茶な修行のおかげで随分と強くなれました」


 レインが思考を巡らせていると、サニィはそんなことを言う。その表情は安堵だった。


 「今回は、ちゃんと守れました。みんなが怖がってたことも、レインさんが気を使って言ってくれた事も、色々あるとは思いますけど、とにかく守らなきゃって必死でした。レインさんが居てくれるから集中を乱さなかったんです。レインさんが居てくれたから倒すイメージが出来たんです。ありがとうございます。だから」


 サニィはレインを見据え、親しみを込めた笑みでそう言うと、言葉を続ける。今回、もしかしたら一番驚いていただろう人に。


 「気を使ってくれなくても、なんでも言って良いんですよ?」


 その親しい微笑みはレインをして、更に驚愕を重ねていく。とは言えその驚愕は先程までとは別方向。

自分は彼女に惚れているのだと、改めて思い出させるのに十分を超えていた為だ。


 「お前は本当に……」

 「え? なんですか?」

 「ああ、お前の笑顔は美しいと言ったんだ」

 「もう、真面目に言ってくださいよ」


 真面目に言ったつもりだったが……。

 そんなことを思うものの、それがサニィが求めている言葉とは違うことも分かっている。

 レインは改めて彼女の方を向き直ると、口を開こうとした。


 「こんなところにいましたか!! 今日は祭りです! 聖女様!!」


 所が突然宿屋の扉が開くと、オアシスの住人の一人だろう男がそんなことを言いながら飛び込んでくる。その瞳はサニィを見つめ、畏怖と尊敬の色を宿しているものの、サニィに詰め寄る。


 「こんな砂漠にあんな森を作るなんて、こんな奇跡を起こせるあなたは聖女様なんですよね? それとも女神様? とにかく、感謝の為にあなたを讃える祭りを開きたいんです!あの現場を見ていた住人の総意ですから!」

 「お前、俺の言葉を遮って言うことがそれか……」


 必死に何かを訴えかける男に対して怒りを露わにするレイン。

 サニィが凄いのは同意するが、言いたいことと大体同じことを自分よりも他人が先に言うことが我慢ならなかった。

 レインから凄まじいプレッシャーが発せられると住人は凄まじい勢いで尻餅をつき、壁際へと後ずさる。


 「すみません、勇者様。勿論あなた様が凄い事も分かっています。ですが、ここは砂漠。あんな森を……」


 二人のやりとりに置いてきぼりにされたサニィは、その言葉にふと思い出す。確かに森を出現させてしまった。

 ここが砂漠である以上はそれは奇跡に見えても仕方ない。


 「でも、あれは一時的なもので……」


 すぐに枯れてなくなってしまうだろう。木材程度にはなるのかもしれないけれど。

 しかしそんな言葉に、男は首が取れるのではと言う位にぶんぶんと左右に頭を振る。


 「とんでもねえ。うちの魔法使いが調べた所、あれは地下100m程にも根を張って倒れない様になっているし、強力に水を貯蔵する構造になっていますよ。葉っぱ内部がスポンジの様にふっくらと。それこそ、地面に撒かれた水の一滴も逃さないと言わんばかりに。完全な砂漠の新植物です」

 「え……?」


 確かに、砂漠で元気に活躍出来る植物をイメージしたが、所詮魔法で作った即席のものなはずだ。自分の使ったマナを消費してしまえば、後は枯れるのを待つのみなはずだ。

魔法で作った植物はマナを養分に行動する擬似的な生命であって、……。


 「全く、お前は俺が言おうと思っていたことを全て言うんだな……。まあ、サニィに感謝しているのなら良いだろう。サニィ、あの男の言ったことは事実だ。お前の作った今回の森は異常だ。いや、思えば今までの花の道も全てかもしれない。あれらは生きている。今回の規模を見てようやく分かったことではあるが……」

 「あの、ちょっと意味が分からないんですけど」


 なんでも言って良いと言ったサニィは、その突然の新事実に思考を停止した。


 ……。



 「とにかく、見に行ってみようか。自分で確認すれば分かるかもしれない」

 「は、はい」


 しばらくの説明の後、事実を認識し始めたサニィはレインの提案にようやく動き始める。

 そして実際にそんな奇跡を起こした本人が最も戸惑っている事実を知った男は、興味本位に二人に付いてきた。

 勿論常にその言葉は二人を讃えることを忘れない。

 二人共それがいい加減鬱陶しいと思い始めた頃、オアシスの入り口に再び辿り着いた。

 時刻はようやく昼と言ったところ。しかし二人は暑さも忘れてその現場を観察する。


 「……。これ、ちゃんとマナを食べてますよ?」

 「しかし、枝を切れば水が出てくる。分厚い葉っぱも同様だ」

 「あれ? 本当だ。でも、私はこれを展開するマナしか渡してないから、もう枯れ始めてもおかしくないと思うんだけどな……」

 「そこでお前に言いたかったことの真実だ。これはお前にとってどんな意味を持つのかは分からないが、言っても良いか?」


 二人はその森を前に考察を始める。

 その森の植物に見える隙は無機物と言うよりもやはり本当の木々に近いと言うのがレイン談。現在進行形で成長を続けているもの特有の隙だと言う。しかし、数十分から、持って数日分のマナしか渡してないはずと言うのがサニィ談。

 ところが、レインはサニィの無限のマナタンクと以前にも感じた違和感をも合わせると、ある一つの仮説に辿り着いた。


 「なんでも言ってください。私はレインさんっていうあり得ない生き物の前には全ての可愛いものだと思ってますから」

 「何故俺を引き合いに出す……。まあ良い」


 相変わらずレインに何故か張り合ってしまうサニィを置いておいて、レインはその仮説を話し始めた。


 「お前にはそもそも、マナタンクが存在しない。以前から感じていた違和感ではあるが、その魔法は杖を介して発動してはいない」

 「え?」

 「お前は大気に存在すると言うマナに直接干渉しているんじゃないのか、と言うのが俺の見解になる」

 「でも」

 「勿論マナを感じることすら出来ない俺の見解だ」

 「あ、あの。良いですか?」

 「ああ」

 「マナを感じられないのに私の魔法が杖を介してないってのはどこから?」

 「そうだな……。口で説明するのは難しいところだが、ドラゴンですら、角や牙を意識して魔法を使っているのを見た。しかしお前の魔法を改めて見ると、その意識は杖に向いてはいなかった。もちろん魔法学校の生徒や教師も道具を強く意識していた。とは言え、お前の杖はイメージを作るためには大いに役立っているからな」

 「それで、その見解とこの森とどう言う関係が……?」


 サニィは心配げに上目遣いでそう尋ねる。

 もしかしたら今まで時間がある時に頑張って書いてきた新魔法体系の本も、無駄になってしまうかもしれない。そして、両親の形見とも言える杖が意味を持っていないのかもしれない。


 「そんなに心配しなくても良い。お前は少しばかり他と違うだけだ。魔法学校の生徒もお前の教えで大いに力を伸ばしたじゃないか」


 レインはそう言いながらつい、その飼い主に置いていかれる子犬のような表情をしていたサニィの頭を撫でてしまう。

 いつもならばそれは拒否されるだろうところではあったが、今回は違った。

 サニィは少なくとも魔法使いであることに誇りを持っていた。

 例え魔法と同じ理屈で使える能力であっても、自分の使うそれは魔法ではないのかもしれない。そんな不安があった。

 しかし、サニィ自身も予想していなかったことではあったが、彼女の知る限り最も異端な存在であるレインに撫でられることで、少しばかり落ち着いた気がした。


 「ありがとうございます。……言って下さい」

 「この森は、大気から直接マナを得る能力を持っているんじゃないか?水を溜め込む構造はお前のイメージした砂漠で元気な植物だ」


 そう言われてサニィは改めてその木を調べた。マナを吸収する機構が備わっているかどうか、言われれば調べるのは簡単だった。

自分が作ったものだ。注目する点さえ示されればその構造を解析することは造作もない。


 「確かに……。種をつけて繁殖も出来るみたいです。ただ、砂漠でしか育たないですね」


 頭に手を置かれたままのサニィはそう答える。何故かそれが落ち着いている事実は少しばかり不満もあるが、今はとても気楽になる。


 「おお、奇跡だ……。奇跡だ……」

 「ああ、聖女様が降臨なされた……」


 すると先ほどの男や、いつの間にか増えていたギャラリーが口々にそんなことを告げる。

 ここはオアシスとは言え、砂漠に耐える新種の植物が生まれたのだ。

 長い時間はかかるだろうが、それを植えていけば、砂漠に木陰が出来る。

 オアシスの外は死の砂漠。オークに圧倒的に有利な、戦闘能力を持たない者にとってはほぼ閉ざされた空間。

 そこを旅出来る可能性が広がると言うことは、そのまま世界が広がると言うこと。

 しかも、その植物は大気のマナで育ち水を蓄える。


 それは彼らにとっては、ただの奇跡だった。

 サニィの全く意図しない奇跡だった。

 彼女は意図せず、これから長い年月はかかるものの、砂漠の人々を間接的に救う奇跡を起こした。

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