第35話:毒を持っているものを制す

 レインの母親は『狛の村』出身。

 生まれた時からオーガ100匹をも超える強さを誇るデーモンが生息する山で過ごしていた。

 当然その強さは一般的な勇者をも上回る程だったが、狛の村の住人の特徴は別にそれを上回る強靭な肉体と言うわけではない。

 彼らは基本的に魔物を恐れない。魔物はただ自分達に殺される為だけの存在。よって、どんな状況であっても最善を選ぶことが出来る。

 そして彼らは個々に、村の中でも特筆した力を持っている。レインであれば空間認識力と瞬発力。レインの母親であれば毒に対する耐性だった。


 彼女は村の中では最も弱く、デーモンと一対一では勝てない程度。

 その為、危険な村を出て冒険者になることにしたのだった。狛の村は世界で最も危険な場所の一つ。そこで生きていけない者は、度々冒険者として世界で活躍していた。

 村では最弱と言っても、一般的な勇者よりも強い。

 彼女の冒険は順調だった。


 ある日、自作した船で海に出て、空腹だった彼女は海に潜り、獲物を捕らえる事にした。

 最初に視界に入ったヤツでいい。そう思い、彼女は捕まえた。遅くて丸っこい変わった魚。それがフグだった。

 彼女は毒に対する耐性を持っている。

 獲物は美味ければなんでも良かった。


 その為そいつを適当に調理して食べてみたら、それが抜群に美味い。強力な毒がある為だろうか、若干舌が痺れるが、とにかく美味い。

 彼女はフグの虜になった。


 ――。


 「とまあ、こんな感じで続くんだが、正直どうでも良いだろう?」

 「……。正直若干続きが気になりますけど。と言うか、狛の村出身ってだけで何か特殊な力を持ってるんですね」


 世界にはごく稀に勇者と呼ばれる超常の力を持った者が生まれる。それはなぜ生まれるのかは分かっていないが、世界に溢れるマナが人体に影響を及ぼした結果だという仮説が有力だ。その為勇者とは言え、その力の強さはバラバラ。魔王を倒せる勇者もいれば、オーガに殴り殺される勇者すらいる。


 狛の村はそこ出身と言うだけで、その様な力を持つと言う。

 尤も、勇者の力は魔法の様な超常の力なのに対して、狛の村出身者の能力はただ身体能力が突出するだけではあるが。


 「まあそうだな。なかなか普通の人間ではあそこで生きてはいけない。そのせいだろう」

 「狛の村出身は化け物ってみんな知ってるのも、冒険者になっためちゃくちゃ強い人達が自分達は村では1番弱いとか言ってまわってたからなんですかね?」

 「……。俺の母親はそんなことを言ってたらしいな……」

「地元で1番弱かったのに、世間に出たら強い強いって言われたら確かにびっくりしますよね。さて、続き をお願いします」

 「続きも聞きたいのか……」


 今度はレインが呆れた顔をすると、仕方ないと話し出す。

 そんな風にフグ好きになった母親は、その日もいつものようにフグを捕らえると、丘に上がってキャンプを設営する。そしていつもの様にフグを捌き始めた。

 すると、たまたま近くを通りかかった一人の男が慌ててその場に駆け寄ると、そのフグを奪い去り、地 面に捨てて踏みつけた。

 「これは致死性の毒があるんだぞ!」そう叫ぶ男は次の瞬間、意識を失った。


 ――。


 「それが俺の両親の出会いだったらしい」

 「……。なんと言うか、ロマンチックのかけらも無いですね」

 流石レインさんのご両親。とサニィはなんとなく納得してしまう。

 「ああ、俺がフグを食べたい理由が分かったか?」

 「正直全然分かりませんけど、続きをお願いします」

 「……」


 男が目覚めると、女は再び獲ってきていたフグを平然と食べていた。

 男はそれを見て絶望的な顔をすると、女の肩を掴んで揺する。口はパクパクと言葉にならない。

 最早助からないが、自分は確かに致死性の毒があると伝えたはずだ。

 それが何故……。そう戸惑っている男に、女は平然と言う。


 「フグは私に食べられる為に存在しているから」


 何を言っているんだこの女は。

 全く意味が分からないが、既に手遅れだと悟った男は、せめて看取ってやろうとその場に居座ることにした。

 しかし、どれだけ経っても彼女に変化は無い。平然とそれを完食すると、まったりとくつろぎ始めた。


 「お前は、勇者か何かなのか?」

 「私はただの一般人よ。村じゃ最弱だったし」

 「まて、俺は勇者だぞ? それを油断していたとは言え一撃で昏倒させる一般人など居るものか」

 「ああもう鬱陶しいわね。狛の村出身なの。毒に対する耐性を持ってるの。分かった? 殴るわよ?」

 「まて、話が全然つながっぶはあぁぁあ――」


 女は再び男を殴ると、男は再び気を失う。


 ――。


 「親父の能力はほんの一瞬先を読む力だった。それでも行動を読めない母親に付いて行ったら、いつの間にか俺が出来ていた。そう聞いている」

 「え? なんか突然話が飛んでないですか?」

 「俺もその位しか知らん。と言うか親の馴れ初めにそんな興味は無いしな」

 「えー。私は聞きたかったなー。……。それにしても、レインさんは両親とも狛の村出身ではないんですね」

 「そうらしいな。俺の強さは両親の遺伝子にフグ毒が混ざり合った結果突然変異が起こったとか言う冗談をよくジジイに言われたな」


 それって冗談じゃない様な気がする。そんなことをサニィは思うが、口には出さなかった。

 正直全然意味の分からない話だったが、狛の村の出身者が強い理由をなんとなく理解しながら、彼女は歩みを進める。


 隙を見る能力は父親の一瞬先が見える能力の変化系の様な力なのだろうか。

 村最弱の母親と、恐らく一般的な勇者だったのだろう父親。そんな二人から生まれた村でも圧倒的な強さを持つレイン。

 その力はドラゴンすら手玉に取る程で、でも、幼い頃に母親と、そして父親を亡くしていて。

 きっと、想像を絶する努力もあったのだろうな。

 サニィは、そんな想像を膨らませると、自分の隣にいる青年を見据える。

 そして、「楽しみですね、フグ」そう言って微笑んだ。

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