第12話:勇ましい者は常に進む
「服を買おう。好きなものを好きなだけ買うと良い」
翌日レインは真っ先にそんなことを言う。
色々必死で忘れていたが、サニィの服装はレインから借りた男物と、ほぼボロ切れを組み合わせた酷い格好をしている。
ぶかぶかの服を着た女は性癖によっては魅力的なものだろうが、生憎レインはそうではない。まあ、仮にそうだったとしてもプライベートな空間で楽しむことだろう。
何から何まで出してもらって申し訳ないと礼をしようとすると、レインは完全に悪役の様にニヤリと見下ろし、「返すまでは俺のモノだな」などと吐く。
そんなことだから素直に惚れられないのに。
そうは思うものの、そんなやり取りも嫌ではなくなってきている。
数日共に生活して、口は悪いけれど嫌がることは……されてるな。何度も殺されかけてるな。
じゃあなんで嫌ではないなんて思ったんだろう。
悩み始めるサニィをレインが促す。
そしてその言葉はサニィの悩みを粉々に吹き飛ばした。
「俺はもう既にお前の体は全て見ているから良いが、そのままの格好だと他の男にも危うい所まで見られるぞ。ほら、お前の起伏の少ないからだっ――」
「雷……雷……」
レインの体に天から巨大な雷が何度も落ちる。その規模は以前レインに落とした時よりも更に大きい。
訓練の成果はそれだけでしっかりと現れているのが分かる。やはり無駄ではなかったとサニィは喜ぶものの、目の前の青年を許すことなどできない。裸を見られていたことなんて今まで忘れていたのに。それを今言うことなんてない。しかも起伏の少ないって、あるし! お尻はそれなりに大きいし!
「何度も何度も町の中に響き渡る轟音。
屈強な勇者もその余りある威力の落雷の連続に、次第に意識は遠くなり、遂には膝をついて崩れ落ちる。
こうして天才美少女魔法使いサニィは、宿敵である勇者レインを打ち倒したのだった。
完 」
「……何言ってるんですか?」
「お前の落雷が見事だったからな。死ぬかと思った」
途中から妙なナレーションを付けながら倒れたレインは、そんなことを言いながら飛び起きる。全く死にそうな気配など無くピンピンしている。
「まあ、俺はお前の全てを見た上で惚れたと言っているんだ。落ち着け」
「無理です! それに私は確信しました。レインさんのこと嫌いっ!」
それっきりサニィはぷんっと頰を膨らませて怒り出してしまった。
最も、町中で雷の魔法を連発したことで、町民から苦情が押し寄せ、すぐに平謝りしたうえにしゅんとしてしまったのだが……。
その後無遠慮に服を選びまくったサニィは、「こんなに買わせてやるんだから!」とレインを見るが、青年は口角を上げて涼しそうな顔をしているだけだ。それがまたサニィの気に障る。
もちろん、隙が見えるレインには、そう言えばサニィが後ろめたさを感じることなく服を選ぶだろうということが分かっていた。とは言えその為に何度も雷を落とされるのは割に合わないものではあるが、そんな些細なことを気にする男ではない。
サニィは合計10着以上の服を購入した。旅をする以上は真っ白や真っ黒は汚れが目立つ。彼女は水色のワンピースにスパッツ的なものに着替えると、機嫌を取り戻す。
――。
「それじゃ行きますよ! 最低男!」
……これでも機嫌を取り戻している。
流石にこんな風では青年も苦笑するしかないが、一緒に旅するのを止めると言われるのに比べれば全然マシだ。少しばかりミスをしたかな、と思いつつも、町を出ると歩きながら咲かせる花がやはり青いのを見るとそうでもないのかもしれないと、女心の複雑さに再び苦笑する。
「さて、そんなにぷんすかと怒っていてもイメージが崩れないのを見ると、話をしても良さそうだな」
「なんですか! 言っときますけど、これは修行だから返事してあげてるんですからね!?」
「ああ、分かっているさ。俺の勇者の力ってのを説明しよう」
勇者の力。それは魔王に対する人間の力。個性を超えた人間の上を行く能力。
勇者毎にその能力は違うものの、命を尽くせば世界に呪いをもたらす魔王に対抗できる程の能力。
「魔法のイメージは寛容だって言ってましたね」
「そうだ。俺の力は隙が見えると言ったが、場合によってはそこから1mmでもズレれば、一瞬でもズレれば生死が逆転する場面でも、平気で隙だと示してくる。見えた隙に完璧な対応が出来なければ常に負ける危険性を孕んでいる。それが俺の力」
「……」
「俺はこの能力で、親を殺した。正確には、俺のミスで死んだわけだが」
――レインは5歳の頃、冒険者だった両親と共に旅に出ていた。
その頃から勇者の力を示していた少年は、両親共に認める天才で、小物が相手なら手を出してもいい等と言われていた。両親共に冒険者と言うことは、当然子供にも冒険をさせたい、そんな願望を持っている。サニィの親ならば考えられないことではあるが、レインの親はそんなだった。
ある日、キャンプに訪問者があった。3mを超える巨体、浅黒い肌。オーガと呼ばれる食人鬼である。
少年はそれを見た途端、飛びかかった。『隙』が見えたからだ。『それ』は小さいけれど自分なら行ける。
幾度かの軽い実戦を終え、両親からも天才と呼ばれる自分。
勇者な自分は既に大人程の力もあるし、大きいだけのこんな奴ら位楽勝だ。
そんな風に、慢心していた。
子どものレインに、そんな慢心を抑える能力は流石になかった。
「レイン!」そう叫ぶのと同時に、母親がオーガの前に背を向けて飛び入る。そのまま少年を包み込むと、凄まじい衝撃が体を突き抜けた。母親の体がクッションになったおかげで直撃は免れたが、そのクッションはメキ、やグチャ、と言った嫌な音を立て、赤い飛沫を撒き散らせている。
流石に慢心していたレインにも、見えていた。母親が守ってくれなかったら、オーガを仕留める事も出来ず、一撃の元に粉砕されていた。それ程に、遅れていた。飛び出した瞬間にはその隙は消えていたから。
オーガは次の瞬間、父親が仕留めていた。
しかし、それは一匹だけではなかった。それを瞬時に認めた父は、未だに悲しむにさえ至っていないレインを抱き、走り出す。幾度かの襲撃があったが、熟練である父はそれをギリギリですり抜け、なんとか村へと帰還した。
その時の怪我が元で、父親の体調は次第に悪くなり、7年後、死んだ。――
「まあ、俺の能力はそういうものだ。だから、俺はひたすらに動く体を作った。村に来る全ての魔物は一人で倒し、全てを研ぎ澄ませた。完璧に動き、絶対に1mm以下の、一瞬の隙を逃さない為に」
「……」
「だからお前は必ず俺が守る。これは慢心ではなく、覚悟だ」
「……ありがとうございます」
「ん? 何がだ?」
「オーガから助けてくれて、ありがとうございます」
「あれは俺の復讐でもあった。俺がもっと強ければ、襲撃すら起こらなかったのにな……」
二人は、無言で歩き出す。
サニィの作り出す真っ青に輝く川の流れが、過去の悲しみを流すまで。
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