ギャラクシー、忠告

 一月中旬。

 高校一年生も残すとこ約二ヶ月となった。

 この一年は帰宅部としてのアイデンティティーを守り抜く戦いでもあった。度々部活に誘われ、地球を守る使命を放棄させようと本校の生徒は必死だった。人間の皮を被った悪しき存在は生徒にすらなりすましているらしい。

 ちなみにこれはオーバードーズ(薬物過剰摂取)による思い込みや幻聴ではないので心配不要だ。安心してほしい。


 俺が高校二年生になるということはどういうことか。

 そう。我が妹、榊木宇銀が中学三年生になるということだ。宇銀の人生初のお受験が迫っている。優秀だと聞いているので俺から出来る勉学のアドバイスはない。しかし妹の力になってやりたいというピュアな思いが強く、抑えられそうにもない。それならば何で妹に貢献できるか考えることにした。

 自室から出てリビングに行くと宇銀がテレビをじっと見ていた。クッションをパジャマの腹部に入れ、体育座りをしてソファーに座っている。あれが噂に聞く『想像妊娠』というものだろうか。どうやら今日もまた賢くなってしまったようだな。

 俺は話しかけるわけでもなく冷蔵庫を開け、トマトジュースを取り出した。喉を健康的に、気分的に、宗教的にしっかり清める。準備オーケーだ。俺は大きく息を吸い込んだ。


「ウギンッ!」

「えうっあ! 脅かさないでよ! うっさい!」


 爆発音を強く意識して名前を呼んだら宇銀は飛び跳ねてリアクションした。お尻に爆弾でも置いていたのだろうか。気持ちいいくらい吹っ飛んだな。

 

「……油断するな」

「わけわかんないんですけど……」

「世の中はな、俺みたいな良い人ばかりじゃないんだ。楽するために悪いことを考えて近寄ってくる奴らがうじゃうじゃいる。気をつけるんだぞ」

「……わかったよ。わかったからもう二度と喋んないでね。私にとって悪い人は今、兄ちゃんだから」


 そうか……もう喋っちゃダメなのか……。

 しかし口を糸で縫うわけにもいかない。精神的なアドバイスくらいはしておこう。

 再びソファーに座った宇銀の隣に俺も座った。露骨に嫌な目をされたが気にしたら負けだ。


「宇銀。来年度から受験生だな」

「二度と喋っちゃダメって言ったよね?」

「おいおい冗談だろ? 俺の冗談を真似しただけだろ?」

「兄ちゃんの冗談、私きらい」

「そんな悲しいこと言うなよ……泣いちゃうだろ。俺の泣き顔は地獄だぞ。見た者はその場で嘔吐する」

「へぇ。兄ちゃんが産まれたときはさぞ大変だったんだろうなぁ。助産師さん、辛かっただろうなぁ」

「そうだな、俺が爆誕したときは周りはゲロまみれだった気がする。俺は吐瀉物の海で産声を上げた。立ち会った全ての関係者に同情する」

「二度と泣かないでね」


 感動的とも捉えることが出来るお言葉をいただいた。格好よすぎませんか、宇銀さん。映画でよくある格好いいシーンですよね、それ。『僕は、君を二度と泣かせない――。』的な。

 いや、そんなことはどうでもいい。アドバイスをしなければならないのだ。


「高校受験を経験した身として宇銀くんにアドバイスしようと思う」

「えーうれしー」

「棒読みすぎる。粗悪な自動音声の方が幾分かマシだな」

「だって兄ちゃんが中学生だったときより成績いいしー、生活態度も真面目だしー、帰宅部(笑)じゃないしー」


 指折り数える宇銀はニヤニヤしながら実に楽しそうだった。


「おい、(笑)とは何だ。くだらないネットスラングを使うな。帰宅部を愚弄するな」

「でも唯一悩みの種があってね……」

「言ってみなさい」

「榊木、って苗字を名乗ると大抵『もしかして彗君の妹さん!?』って先生に吃驚されるの。その度に私はいつも『できの悪い兄がお世話になっております』って頭を下げるんだよ。このやりとりを何回も繰り返してるんだよ。ストレスも溜まるんだよ。兄ちゃんは変な風に中学校で有名なんだよ。卒業して兄ちゃんがいなくなってもだよ。だよ、だよ、だよ!」

「誇らしいことじゃないか」

「いやいや病院行った方がよろしいかと……」


 この子は兄からアドバイスを受けたくないのだろうか。巧妙な話術を使って話を逸らされている気がする。もしかして恥ずかしいのかな? 思春期のピークだからしょうがないのか。自我の完全萌芽によって燃え上がる反抗心を今、俺はぶつけられているのだろうか。『に、兄ちゃんのアドバイスなんか要らないんだからっ!』っていう感じか。いや、それはツンデレというやつだろう。

 思春期の女の子は大変だと耳にしたことがある。下着を父親のと一緒にあれこれ、など。非常に面倒な話だ。今日あたり嫌がらせ目的で俺のパンティも一緒に入れてみるか。


「本題に入ろうか。宇銀が一般入試か推薦入試かはわからないが、二つに共通して言えることがある。何だと思う?」

「えーわかんなぁい」

「ほら、よく教師が言うだろ。受験は○○戦だ!って」

「団体戦?」

「そうだ、それだ。そしてあれは真っ赤な嘘だ。トマトよりも赤黒い嘘だ」

「うわ、性格最悪」

「団体戦というものは本来『失点を仲間で補い合う』ものだ。自分のミスを誰かが補ってくれるわけがねぇだろ。根本から間違ってる表現だ。本当は個人戦ということを忘れるな」


 宇銀は「へぇ。すごいや」と無表情で拍手した。脳に俺の言葉が送信されていないようだ。ちゃんと働け、内耳神経。


「でもね、先生の目的は『雰囲気作り』だと思うよ」

「そうだな。切磋琢磨、というやつだ。お互いを高め合うために言っているのだと思う。しかしだな、結局お互い同士で戦っているんだ。隣のやつより一点でも高い点数を取るために。だからテストや模試の結果が帰ってくる度にみんな結果を見せ合いたがるんだ。勝つ、という優越感を得るために……なんて人間は卑しいんだ……兄ちゃんは悲しい……」

「まぁ兄ちゃんの言うことはわからないでもないよ。頭の良い子が自分と同じ高校を目指してるってわかったときのみんなの反応って同じだもん。『えー! マジ!?』っていう危機感」

「わかるだろう、受験は個人戦だ。君たちはロンリー・ソルジャー。孤独な兵士さ……」


 思春期の男の子が好きそうな言葉を格好よくキメて締めくくった。

 今更だが宇銀の心配はするだけ無駄な気がする。可愛いお姫様になる予定だった宇銀は、俺の影響で若干サバサバした性格になってしまったがそれが功を奏したのかもしれない。現実というものがちゃんと見えているようだ。ほわほわスイーツ思考にならなくてよかった。流石の兄ちゃんも会話できる自信が無い。

 

「じゃあ私からも兄ちゃんにアドバイスしてあげるよ」

「おやおや、言ってみなさい」

「帰宅部(笑)を必死に誇るのやめた方がいいよ」

「なんだと……それは人格否定に等しい暴言だ。あとスラングやめい」

「いや、そうじゃなくて。だってそんなに大声で言ったらねぇ。自分の中の劣等感を必死に否定しているようにしか見えないよ。自ら『帰宅部は軽蔑の対象』って認めてるようなものじゃん」

「なんて酷い……あたしは妹をこんな子に育ては覚えはないわ……」

「静かに無抵抗の意思を貫く姿の方が格好いいと思うなぁ。私はそういう兄ちゃんの方がいいなぁ」

「わかった。これからは寡黙のヒーローとして生きる」

「アメコミのヒーローみたいに頑張ってね」


 俺に自警主義を謳えと言うのか。自分の正義だけを信じて止まない子供のような思考にはなりたくないものだな。

 しかしプリンセス・宇銀が危機に瀕したときはどっぷり自分の正義を貫こう。たとえ世界を敵に回すことになっても。俺は、妹を守る――。NOVEMBER 1 TICKETS ON SALE NOW .

 とりあえず受験頑張れ、宇銀。

 

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