第33話 過去の残像


「どう? 生徒会は」


 生徒会の手伝いを始めて三日経過した。佐伯詩帆に実行委員会へ案内されたあの日からだ。

 この3日間の放課後は生徒会と実行委員会を何度も行き来する毎日だった。だが別段大変だったわけではなかった。


「なかなか面白い」


 生徒会で書記係を担当している二渡鶴にそう返す。

 実際生徒会は面白かった。あらゆる企画に絡む組織なので普段関わることはないであろう部活や地域や教育委員会に触れることができ、視野を広げるいい機会になっている。


「だとしたら良かった。生徒会って変なイメージ多いからそう思ってくれるならありがたいよ」


 鶴の言う通り生徒会へのイメージは確かに変わった。


「ま、挙手してまで入りたいとは思わないけどな」

「だよねー。私だって立候補したわけじゃないし。ふふっ」

「今日は何するんだ?」

「借りてる資材とか道具の個数を確認してくる。隣の女子高校生とな」


 アリナはムスッとした顔で同意した。


「どれ、じゃあそろそろ動くとしますか」


 生徒会室で和んでいた俺とアリナは重い腰を上げて作業に取り掛かることにした。

 生徒会のメンバーたちは宣伝ポスター制作に集中していた。俺と話していた鶴もポスター作りに戻るのかと思いきや戻らず俺らについてくると言い出した。


「鶴、自分の仕事はいいのか?」

「うん。だってもう終わってるし。私、美的センスそうでもないからポスターは任せてるの。小難しいことには頭回るんだけどね」


 見た目はギャルっぽいがこれでも彼女は常に学力トップの頭脳派女子だ。誰もがバカっぽいと思うだろうがいざ鶴と話せば自分の低脳さがわかる。彼女の知識と洞察力は底知れない。だから彼女とは話していて面白い。


「すげえ。学力トップの頭脳と学年トップの美女を連れ歩くとはね。なんて俺は贅沢なんだ。痛風にでもなっちまいそう」

「あと学年トップの変人」

「俺かな? 学年トップ三人組ってか」


 笑える〜と鶴がクスクス笑った。

 アリナは「変人」と俺を見下した。平常運転のリアクションだ。

 こんな時に「違う! 彗は素敵な人よ!」と言ってくれたらなんて幸せなのだろう。


「目、潰すわよ」


 脅迫が彼女の大好物なのでありえないことだが。そういえば俺はアリナから一度も名前を呼ばれたことがない気がする。彗とも榊木とも呼ばれたことはないな。あんた、か、あなたとかミルワームとか豚の餌とかだ。白奈と鶴は普通に呼ぶくせになんなのだこの差別は。俺だってちゃんと日本国籍と名前を持つ人間だぞ。


 生徒会を後にして俺らは倉庫に向かった。

 俺が先頭に立ち、背後に鶴とアリナ。トライアングルのようなフォーメーションで歩いている。


 俺は驚愕の事実を知った。


 背後で鶴とアリナが仲よさそうに話しているのだ。これはどういった天変地異の類だろう。アリナは若干の抵抗感を露わにしながら話してはいるものの会話は成立している。鶴は楽しそうに笑っている。横目で確認したが録音した音声を再生しているわけでもなく普通に肉声同士の会話だった。どうやらアリナはマジで喋ってる。

 俺と話すときは大抵文脈がガチャガチャになるのに鶴は違うようだ。いつも罵詈雑言の限りを尽くすアリナが人間と正常な接触に成功していることに俺は恐怖した。これは地球が壊れる予兆だ。


 倉庫に着いてまず照明をつけた。埃っぽかったので窓やドアを解放する。こほんこほんと少女らは咳き込み、一人の毒舌女が「全部吸い込みなさい」と無理難題を押し付けた。当然無視だ。俺は掃除機じゃない。


「さて確認するか。鶴かアリナ、リストを読み上げてくれ」

「わかった。じゃあアリナさんこれを。私はこっちを読み上げるから」


 鶴は二つあるリストのうち一つをアリナに手渡した。

 女子にこの埃っぽい空間で力仕事を頼むのはさすがに気が引けたので俺が探すことにした。


「じゃあ私から行くね。お玉が12、まな板9」

「了解」


 料理関連の道具が乱雑にぶち込まれているプラスチック籠を見つけ、漁る。


「お玉12にまな板9。あったぞ」

「よーし、チェックチェックと」


 次はアリナだ。


「木材5、ドライバーセット10」

「はーい、はーい、木材5に、ドライバーセットが1、2、……10。OKだ」

「すごい、算数できるのね」

「だろ? 数学もできるぞ。アルファベットも全部言えるぜ?」


 こんな調子で道具を数え始めた。鶴とアリナが交互にリストを読み上げ、俺はひたすら探す。

 上品に足を揃えて座る鶴と足を組んで大柄な態度で座るアリナの二人が対極的で面白可笑しかった。

 ギャルっぽい鶴が上品な態度で、知的で美形なアリナが威圧的な態度なのだ。マジ抱腹絶倒。

 二人に従う従順なマシンと化していると面白いものを見つけた。


「お、これ去年の文化祭の写真じゃん」


 少し色褪せているその写真はとある集合写真だった。少人数なのでどっかのクラスか文化部の集合写真だろう。

 その写真には峰亜紀先輩の姿があった。

 俺が一年生の時に保健委員会で仲良くなった人だ。冗談を飛ばすのが好きな人で俺と相性がいい。

 そして亜紀先輩はアリナと中学が同じだ。


「へえ、見せて見せて」


 俺はその写真を鶴に渡した。

 アリナも鶴に体を寄せてその写真を覗く。

 そして間も無くしてアリナは顔をしかめた。まるで忌々しいものを見てしまったかのように眉間にしわを寄せる。


「どうした、アリナ」


 明らかな異変だった。アリナは片目を閉じて答える。


「悪いけど、私、先に帰る」

「どうしたのアリナさん。体調悪い?」

「いいえ、大丈夫だけど今日は先に帰らして」

「うん。なんかあったら言ってね」


 アリナはリストを鶴に渡し、弱々しい目で俺に会釈する。アリナらしくないと言えばアリナらしくない。俺に会釈などくれるとは。

 


 それからアリナは2日間学校を休んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る