第2章 あなたに囁く少女たちの物語
第20話 重複の薔薇
いやいや。
何度もというかほぼ毎日会ってただろう。なんで初めましてなんだよ。あれか? アリナには双子がいて、もう片方が俺をからかっているとかそういうことか? であるとしたらアリナは少し見習え。こう振る舞えば素晴らしい美少女として名を馳せることができるぞ。毒舌キャラより十中八九良い。
「いや、初めまして、じゃないだろ。新種の辛辣発言か」
「……ごめんなさい、傷つけてしまったのなら謝ります」
「あ、いえいえ、じゃなくて、アリナさん? 随分と今日は噛みつきませんね。どうかしたか?」
「わっ、私あなたに噛みついたりしてるんですかっ!? 本当にごめんなさい! 謝ります!」
「うわぉわお待て、待てって! 座ってていいから! どうしちまったんだアリナ!?」
完全に美少女と化した日羽アリナ。
性格はつい数分前とは真逆になっている。元のアリナがハバネロなら今のアリナはソフトアイスだ。そのくらい180度性格が違う。今のアリナは保護欲をそそられるか弱さがある。守ってやりたいという純粋な気持ちが芽生えるほどだ。
この状態のアリナを教室におけば周りの男たちが彼女を全力でフォローしにかかるだろう。ちやほやされまくってハーレムワールドの完成だ。真琴ももう一度告白するだろうし、野球部部長も再びストーキングしだすだろう。
「彗くん、彼女がアリナです」
「赤草先生知ってます。これは知能指数テストですか?」
「そうじゃないわ。彼女が本当の日羽アリナさんです」
「哲学的な方面の話ですか? アイデンティティの定義とかそういう?」
「確かにそれに触れることかもしれないわ。実を言うと、彼女は二重人格者、解離性同一性障害なの」
二重人格。
俺は初めて現実のこととしてそれを知った。
「二重、人格……?」
赤草先生は精神医学を学んだ経験があるそうで、彼女と話していくうちに二重人格者だとわかったそうだ。それも早い段階で。
【日羽アリナは二つの人格を持っている】
一つは基本人格である今の優しいアリナ。生まれてからずっと備わっている人格の日羽アリナそのものだ。
二つ目は俺がずっと見てきた主人格である毒舌のアリナ。ある時期から生まれて、長い時間アリナの主導権を握っている人格だ。
日羽アリナが高校に入学した時には既に二重人格者だったそうだ。誰も気づかなかった。健康診断書にもそのような記述はなかったそうだ。
何らかの原因で『基本人格のアリナ』の前に『毒舌アリナ』が立ち続けている。赤草先生はそう考えた。
「私が彗くんにアリナさんの更生してほしいと言ったのは元のアリナさんに戻ってきてほしいからなのよ」
「それって、今の状態じゃないんですか?」
「本当に一時的になら起こせる。でも自ら引っ込んじゃうのよ。多分もう少しすればいなくなるわ」
「どうにもできないんですか……?」
「彼女は何らかのトラウマを抱えてるの。それが解らないから私にはどうしようもない。でも主人格のアリナさんの気が強いのは、基本人格の防衛本能が要因となっているかもしれないの。現に今のアリナさんは不安定だわ。だから主人格が自分が必要ないと潜在的に思うようになったら何か変わるかもしれない。はっきり言うと根拠はないわ。精神医学は途中でやめちゃったし」
「それで俺に、頼んだんですか?」
「彗くんの性格は主人格のアリナさんのリズムと合ってないから適していたのよね。アリナさんの拒絶で周りは従僕のように消えていくけど、あなたは消えない。それが彼女の存在意義を達成できない因子になるの」
「えーっと。つまり、俺は、主人格のアリナの『人を排除する』目的が達成出来ない邪魔者になる、ということですか」
「そう。相当ストレスを感じると思う。でもいつか許容するはずよ。そしてその時、彼女は消える」
話を聞いて俺がやっていることは相当重いことなんだなと震えた。
一人の少女を救うことになるが、同時に一人の少女を消すことになる。つまり、俺が今まで接してきたアリナがいなくなってしまう。そんなことをしていいのだろうか。
毒舌アリナを悪としては見れない。俺にとっては普通のアリナだ。目の前にいる温厚なアリナの方が偽物に見えてしまう。
だが今のアリナが悩んでいることなのだ。
「今日は彗くんにこのことを教えたかったの」
そしてすぐに元のアリナが顔に蘇った。世界に不満を抱いているあの表情。いつもならやれやれという気分になるけれど今回は安堵感で俺は満たされた。
「タコみたいな顔になってるわよ。とても醜いわ」
「今の俺にはそれが褒め言葉に聞こえる」
出ていく前に赤草先生は俺の耳元で「お願いね。私には何もできないから」と囁いた。
やるからにはやる。けれど二重人格の話を聞いてからもう一度指針を定めなければならないと思った。適当にやるのは絶対に駄目だ。アリナを傷つける結果になってしまう。
俺とアリナは校舎を出た。
二人で歩く。
無言が続く。何か言わないと。でも何を話せばいいんだ。二重人格の話はやめたほうがいいような気がする。タブーな予感。話題、話題! 何かねえのか!
そうこう考えているとすぐに校門が見えた。
「ああああ!」
「うるさい」
「やべ! 妹を置き去りにしてる!」
「あんた妹連れてきてんの? シスコンとか……」
「違えよ! あいつが行ってみたいって言ったから……電話電話……」
「私帰るわ」
「ぁあ! ちょ、あ、切られた! なんで電話切るんだ!?」
「バアアア!!!!」
「なんだテロか!? うお!」
タックルされた。
得体の知れない肉塊が弾丸の如く腹に飛び込み、俺をなぎ倒した。
茂みから奇声をあげて飛んできたのは妹だった。
「ぐほぉ……何しとんねん……」
「驚かせるために待ってた! 流石に私を忘れて校門くぐろうとした時は『ふざけんな』って思ったけど気付いたからよしとする」
「悪い。すっかり忘れてた」
「ひどいや、ひどいよ。で、そこのお方は?」
妹が視線はアリナを向いていた。
「日羽アリナだ。タランチュラ並みの猛毒を持った危険生物だ」
「変なこと教えないで」
彼女はいつもの調子で腕を組み、俺を睨みつけた。
「あなたがアリナさんだったんですね! 初めまして、榊木彗の妹、榊木宇銀です。宇宙の宇に銀河の銀! 中学3年生です!」
「そう。よろしく」
意外にも弱い態度だった。そういやアリナは同年齢にしかキツイ態度は見せないな。それにも何か理由があるんだろうか。
「ちょっと兄ちゃん兄ちゃん! アリナさんめっちゃ美人じゃん! これはやばいよ! どういう関係なの!?」
ガクガク俺を揺さぶる妹。
「なんもねえ! 前言った通りだ!」
「あんた妹さんに何を吹き込んだの?」
「何も吹き込んどらん! 大丈夫だ!」
「1年後、あなた土に還ってるわよ」
「せめて校庭はやめてくれよ……みんなに踏まれるのは嫌だ……」
アリナは満足したようで、くるりと背を向け帰っていった。妹はアリナの背中を見て「威風堂々だ!」と感激していた。
どうやら洗脳されてきているようなので後々治療しようと思う。
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