19 アウレシア戦線:8

 ヴィンラードの主兵装は大鎌。カルロスの交戦経験と、帝都での戦闘。その二つからケビンとトーマスはその独特の軌道を描く得物の対策を積んでいた。更には予備の武器である鎖鎌。大鎌に付いた分銅……そして機法の詳細。

 

 ある意味でヴィンラードは最も交戦経験豊富な古式である。人龍大戦での逸話も数多く残っており、そうした意味でも情報には事欠かない。筐体は新調されたとはいえ、コアユニットを現在の人間が調整できない以上、機体の基本性能以外の部分で向上は見られない。

 その戦い方は、丸裸にされていたと言っていい。ケビンが暇を見ながら調べて行った成果だった。

 

 大鎌を振るいの出だしで止める。遠心力の乗った大鎌は魔導機士の装甲さえ断ち切るのだが、その重さ故に初動は遅い。切り返しも同じく。そうした動きの遅さをケビンのデュコトムスが的確に突いていく。

 ならばと手首の動きだけで分銅を操る。その動き始めも見切られていた。地を這うように進む鎖を、ケビンは足で縫い止める。そうして攻撃を防いでいる内にトーマスが死角から切り付ける。数の利を生かした戦い振りにヘズンも知らず舌打ちをする。やりにくい事この上ない。

 機法である飛雷刃だけは潰されていないが、その一発も掠めさえしない。それにも無論理由がある。微かな静電現象。目標地点にそれが生じるのだ。初見ならば気付かないような些細な物。有ると知って注視していないと分からないような物だ。乗り手であるヘズンさえ自覚していないよな予備現象をケビンは察知して避けていた。

 

 だが見た目ほどケビンも楽では無い。相手の僅かな挙動を先読みして、そこを的確に突く。攻撃を防いでいる間も次の攻撃に備えて機体を動かさないと行けない。

 そしてトーマスにも焦りが溜まっていく。攻撃はケビンが防いでいる。こちらは死角から攻撃している。だというのに仕留められない。まるで目を閉ざしていてもこちらの位置が分かっている様な動きだった。

 

 そのトーマスの予感は正しい。ヴィンラードの機法。その応用である。機体から僅かに放出しているほんの僅かな雷撃。それは人に当たったとしても影響の無いような物だが、逆に弱すぎて何が物体が有れば貫通せずに反射して帰ってくる。その反射した雷撃から周囲の配置を把握しているのだ。

 

 実質、今のヘズンに死角は存在しない。一機で自在に大鎌を操り、二機を釘づけにしている。

 

 その攻防に他の機体は立ち入れない。より正確にはアルバトロス側は割り込もうとしているのだが、それをハルスのデュコトムス部隊が押し留めている形だ。

 

 横合いから頭部を殴りつけるかの如き軌道で分銅がトーマスのデュコトムスを狙う。機体を挟んだ反対側でならば防御に長けたケビンも防げまいと判断したヘズンだったが、それはトーマスと言う男を甘く見過ぎていた。

 

 デュコトムス以上に軽量で、反応速度も高められた強化試作機は上体を大きく逸らしてその分銅を回避した。そのままサマーソルトキック。分銅を上空へと蹴り飛ばし、相手のコントロールを失わせる。その分銅が自由を失った僅かな時間。その時間でトーマス機は宙で逆さになったまま片手を突いてもう一度跳ね上がる。重量に対する駆動系出力が増した事で成し得た荒業。更に半回転する勢いのまま、下から天へと切り上げた一閃で鎖が断ち切られる。

 

 大鎌から伸びる鎖が中途で垂れ下がっているのを見て、ヴィンラードは仕切り直しをするかのように距離を取った。二十数メートルの距離を取って、根元から用を為さない鎖を取り外してヘズンは呟く。

 

「……致し方ない」


 鎖を放り投げた。それを見てケビンは呟く。

 

「気を付けろ。あの鎖分銅自体はただの鉄製だ」

「外したって事は対龍魔法(ドラグニティ)か?」

「恐らくは」


 その種も割れている。『|飛雷収円刃(フルムーンライトニング)』。大鎌を円刃に変化させて放つ光速の円環状の飛雷刃。だがその原理は飛雷刃と同じだ。効果範囲が広がってはいるが回避する事は不可能では無い。隙の大きい対龍魔法の中でも発動が早い事も特徴だ。

 そう考えた二人故に、次の行動は恐らく魔力を込めての大鎌の変化だと踏んだ。来ると分かってさえいれば発動前の一瞬の隙を狙える。このデュコトムスの強化試作機ならば、この距離であっても切り込める。

 

 だが、ヴィンラードの行動はそれとは違った。大鎌に変化が生じたのは事実。重々しい音を立てて鎌の部分が外れ落ちる。それを見てトーマスはケビンに問いかけた。

 

「……取り外せるモノなのかあれ」

「いや、そんな情報は……」


 人龍大戦時代の資料にさえ残ってはいない。だが確かに遺されていた当時の資料には不可解な点はあったのだ。確かにヴィンラードは強力な機体だ。最古に属する機体であるヴィンラードは戦闘数も他の機体よりも多い。だが、それだけで人龍大戦で最も龍と竜を落とした機体と成りえるだろうかと言う点。

 

 事実としてそうなっているのだから、倒す事が出来たのだろう。そう判断してしまった。或いはカルロスがケビンから集めた情報を聞いていたらこう判断したかもしれない。

 

 後世に残す事が憚られる何かがヴィンラードにはあった、と。

 

「偽装解除。擬似神槍展開」


 長い柄に、鋭利な穂先。その全てが黄金に輝くそれは、単一の日緋色金から削り出したが如き姿。これまでの大鎌とは違う魔力の質。

 その気配にトーマスは覚えが有った。

 

「こいつ、確かエフェメロプテラの右腕やネリンの奴が佩いていた剣と同じ……」

「それに、帝都と、オルクスでも一度……」


 神権機の持つ神剣。それに近い気配を漂わせる槍。まさかと言う想いが二人の内に湧き出る。

 

 それは長い年月の中で散逸してしまった資料には残されていない。人類が魔導機士を産み出した。それは神権機を参考にした物であるという伝承が残っている。

 ならば、その一機目は一体何なのか。

 

 その答えがここにある。ログニスであった時にはその真価を発揮できず、アルバトロスが今年に入って新たに発掘した遺跡から見つかった資料で漸く明らかになった機体の秘密。

 古式魔導機士第一号ヴィンラード。それがこの機体に冠された銘である。

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