21 人の業
「……待て。頭が痛い。もう一回言ってくれ」
「だから、この人が龍皇で」
「龍皇イングヴァルドじゃ」
「この前俺が地中に埋めて来たやつはまだ生きているからその内でてくる。その対策会議をしようって言ったんだ」
「頼む。最初から話してくれ。意味が分からない」
気の毒な程に混乱していたラズルにアルから聞いていた話を一から説明する。説明しても納得いかない様に首を傾げていたがそこはもう無理にでも納得してもらうしかない。
「龍皇が生存していた、か……だがハッキリってこんな内容ハルスの連中に信じさせるのは難しいぞ。というか、俺自身信じ切れていない」
「む」
面と向かって信じていないと言われたイングヴァルドは不機嫌そうに顔を顰めた。それをフォローするようにカルラが笑顔を浮かべる。
「勇猛で知られた龍皇様がこんな愛らしい方だとは思わなくてみなさん少し混乱しているんですよ」
「うむ。天上の星の輝きを人の眼で推し量れと言うのは無理という物よな」
「陛下は『みんなの期待に沿ったカッコいい系の美人じゃなくてごめんね……』と申しております」
ラズルが本当かよと言う視線でカルロスに問いかけてくるが彼も掌を上に掲げるジェスチャーを返すしかない。アルの翻訳が正しいかどうかを突っ込んでいたらこの会談が終わる前にカルロスは消滅しそうな気がする。
「ドルザード要塞を占拠していた龍皇の龍体をリビングデッドにした物……長いな」
「ならば偽龍で良いでしょう。紛い物にはぴったりの名です」
アルが吐き捨てるように言った。アルバトロスが生み出した屍龍についてはやはり当然と言うべきか。良い感情は抱いていない様だった。
「偽りし我が玉の末路は我が手で滅する事のみ。故に、そなたらに妾の炎を授けよう」
「陛下は『私の不始末だから私の力で片付けないとね。まずはみんなに私の力を貸すよ!』と申しています」
「龍皇の助力が得られるとは頼もしい……というか、それなら我々が援護すれば龍族同士の対決で何とかなるのでは?」
「我が新たなる玉を得るは悠久の流れの果て。命在る者の輝きを集わせる時には間に合わぬ」
「陛下は――」
アルが翻訳しようとしたところで、今の言葉の意味に気が付いたカルロスは口を開く。
「今のは、俺達が戦う時までに新しい龍体を用意するのは間に合わないって事か?」
「うむ。汝の魂の位階も飛躍の時を迎えた様だ」
カルロスが自分の言葉を理解した事にイングヴァルドは満足げに頷いていたが、アルは不機嫌そうだった。
「弟子よ。師の言葉を横取りするとは偉くなった物ですね……」
「すみません。師匠(せんせい)! 反省しています!」
睨みつけられたカルロスは瞬時に降伏した。もう余計な事は言いませんとばかりに口を己の掌で塞ぐ。
「なるほど。その龍体、が無いと龍族としての超常的な力は発揮できないと……」
ラズルはしばらく考えていた様だったが、静かに顔を上げた。
「アルニカ。作れないか?」
「……?」
自分の口を手でふさいで無言のまま視線で問いかけるカルロスにラズルは周囲の人間からすると信じがたい発言を繰り出す。
「龍体……その代わりとなるような物をだ」
「……ラズル・ノーランド。龍族の神秘の極致たる龍体を人の手で作り出すなどという大言。正気ですか」
アルの細い目がうっすらと開かれた。口元には笑みこそ浮かんでいるが、目は全く笑っていない。殺気にも近い怒気が撒き散らされている。それに気付かないラズルではないだろう。
「どれだけ偉大な物であろうと、この世に在る物ならば何れ誰かが創り出せるようになる。無謀だからと手を出さないのは怠惰の証明でしかない」
当然、彼も一歩も引かない。ここの所デスクワークばかりでまた腹が出て来たと嘆いていたラズルだが、その芯は自らが先頭に立って敵陣に切り込む将だ。ただ睨まれただけで怯むほど柔では無い。しばし両者は険悪な視線を交わしていたが、鈴の鳴る様な笑い声でそれも途切れさせられた。
「くく……人の業とはこれほどか。龍を超え、龍を模し、龍を創ろうとする。だがそれも良し。それこそが人である」
「陛下がそう言われるのでしたら……」
今のイングヴァルドの発言で何かを納得したのか、アルはあっさりと引いた。一応の同意が取れたところでラズルはカルロスに視線を向ける。
「やれるな?」
「龍族の身体の代わり……身体の代わりなあ」
自然、死霊術で魔獣の死体を組み合わせる事を思いついたが、それで到底龍族程の力を持たせることは出来そうにも無い。やはりまずは龍体と言う物について理解を深める必要があった。
「師匠。龍体について説明を頂きたいのですが……」
「そうですね……いえ、やはりここは私よりも陛下自身にしていただいた方がよいでしょう。陛下。お願いますが宜しいですか?」
「うむ!」
龍皇様が元気よく返事をした事で、龍体の代用品作製は一度棚上げとなった。問題はもう一つ。
「その偽龍に宿っているという大罪か……」
「単に前回は使う必要が無かったから使わなかっただけだ。龍族並みの戦力を用意できたとしても大罪の力を上乗せされたら……」
「大罪は……駄目じゃ」
若干涙目になって額を押さえているイングヴァルドの反応からして、やはり単独で両方の相手をするのは難しい様だ。そうなると、大罪対策は大罪対策で考える必要がある。
実の所、カルロスには腹案が有った。というよりも、エフェメロプテラを失ってからずっと考えていた事である。即ち自身の機体の建造――大罪機の復活である。自称神から覚醒しない様にと言い含められているが、それとて今までの様に神権機の腕をくっつけておけば抑え込めるだろうという目算がある。既にデュコトムスなど幾つかの機体に搭乗しているが変化の兆しは見えない。やはり、一時的な乗機では無く、自身の半身とも思える程の機体で無くては大罪機への変貌が行われないという仮説も証明できたと言える。
「一つ、俺に考えがある」
「ほう?」
カルロスの言葉にラズルは面白そうな声を出した。対照的に、イングヴァルドは表情を曇らせている。
「新しい魔導機士の作成だ。龍体の作成と合わせて進めたい」
「任せる。経過報告だけはしっかりとな」
丸投げしたのはラズルからカルロスへの信頼が構築されているからか。或いは魔導機士ともなれば細かく聞いて熱く語られても困るからか。正直判断に困るところではあった。
ともあれ、この日――5月5日を境にログニスとメルエス間での秘密裏の協定が結ばれた。それが表に出るのはまだしばらくの時が必要となる。
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