05 陥落の日:5

 地響きを立てながら嘗てイングヴァルドと呼ばれたモノは進む。その虚ろな眼窩には知性の光は宿らず、ただ己の本能と与えられた目標へ向かう事のみで動いていた。

 

 一度死した後の龍皇イングヴァルド。その死骸を使役する事をレグルスが思いついたのは、帝都を襲ったカルロスのリビングデッドの群れを見た時だった。あれだけの数の魔獣を使役できるというのも驚異的な話だ。だが戦力的に考えると、数が少なくとも究極の一体を使役できればそれでも構わない。そう考えた時に元々厄介な相手であったイングヴァルドの利用を思いついたのだった。

 その最大の狙いはハルスの最高戦力、レヴィルハイドの排除である。掌握したハルスの諜報網から、テュール王家には途轍もなく強力な魔導機士とそれを操る乗り手がいるというのは早期から判明していた。地勢的に遠い事もあってアルバトロスの諜報網を浸透させるのは難しかったが、それでも向こうが喧伝している内容は入手できる。大罪機かどうかはそれだけでは判別が付けられないが、間違いなくアルバトロス軍でも手に余る存在。それを排除する為に龍族の力を用いる事が決定された。

 

 そして幸運にも、それを成したカルロス・アルニカの実家は現在アルバトロスの傘下。当主であるカルロスの父親に協力――と言う名の強制を要請。散々渋る彼に、脅しと飴をチラつかせて協力に漕ぎ着けた。

 

 そうして生まれたのが屍龍。名さえ与えられることの無い兵器である。――その背景でアルバトロスの死刑を執行された犯罪者の脳が触媒として大量に消費されている。更に、アルニカ家の死霊術を組み合わせる事で屍龍とはまた別の物が生み出されたのだがここでは関係の無い話である。

 

 実際の所、屍龍からはその知性の大半は失われている。それ故に大半は本能でしか動けないし、与えられる指令もそう複雑な物は不可能。その指令でさえ、主に禁じる方向でしか指示が出来ない。大陸で最も力を持っていた龍族の末路としては非常に似つかわしくない物だった。

 だからこそ与えられた命令は非常にシンプルな物。アルバトロス軍を襲わない。それだけである。

 

 後は本能に従うのみだった。その本能とは魔力を取り込む事。不自然な存在である屍龍は肉体の維持に大量の魔力を消費する。それ故に、この生きる屍は生者を襲い、その魔力を得ようとして来る。多数の魔導機士と兵士たち。それらを抱えるドルザード要塞と言うのは屍龍に取って格好の餌場であった。そしてアルバトロス側としてもそれで良い。人の集まるところを襲えれば現状は十分だった。

 食事の為に真っ直ぐドルザード要塞へと向かう屍龍。壁を視認し、あれがあると食事が出来ないと判断した屍龍は躊躇うことなく『|龍の吐息(ドラゴンブレス)』を放つ。生前と遜色のない、どころか増してさえいるような威力。更に餌を求めて前進する。その前に立ち塞がる存在に漸く足を止めた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「……何と醜い姿なのねん」


 遠目には分からなかったが、至近でレヴィルハイドが目にした屍龍からは嘗て見た龍皇の美しさは微塵も無かった。

 白銀に輝いていた龍鱗は所々黒ずみ、傷口には固まった血がこびり付いている。だらしなく開いた口からは舌が垂れ、その眼は白く濁っていた。どう見てもまともな状態では無い。それを見てレヴィルハイドはイングヴァルドが自発的に従っているという可能性は除外した。到底まともな状態では無い。

 

「融法で洗脳でもしたのかしらん。ちょっと分からないのねん」


 少なくともメルエスがアルバトロスに与した訳では無いと言う事が分かっただけでもまずは収穫だった。だがそれは同時に龍皇の本意でない事を示している。

 

「悪いけど、手加減は出来そうにないのねん――恨んでもらって構わないのねん、龍皇」


 加減をしていて勝てる相手では無い。こうして間近に立つだけで感じる相手からの圧力。正常な状態では無いと言えども、発せられる力は間違いなく龍族の物。

 だが皮肉にも、こうして相対している事自体がレヴィルハイドに勝利の可能性を感じさせるのだった。既に一度イングヴァルドは敗れている。ならばもう一度同じ事が出来ない道理はない。

 

 屍龍の咥内に光が宿る。『|龍の吐息(ドラゴンブレス)』。本来ならば魔導機士の様な小さい単独の相手に放つ様な物では無い。初手から大技を繰り出そうとしたのは屍龍の中に残る本能がこの相手は危険だと判断したからか。その滅びの光を前にレヴィルハイドは臆することなくゴールデンマキシマムを前進させた。地面を削りながら、ゴールデンマキシマムが相手の喉下に滑り込む。無防備な喉目掛けて、機体全身を撓ませて跳ね上がる。

 

「ゴールデンボンバー!」


 アッパーバージョン。万物を分解し塵へと変える究極の一撃が拳に乗せられて屍龍の喉へと叩きつけられる。が、その攻撃は龍鱗によって阻まれた。撃ちこまれた魔力が鱗の上を滑って拡散していく。その光景はレヴィルハイドにとっても些かショックな物。

 

「今の一撃は自信が有ったのにねん」


 まさか僅かな傷さえも与えられることなく無力化されるとは思っていなかった。ゴールデンボンバーが相手の龍鱗を貫けなかったのだ。それを見てレヴィルハイドは次なる手を考える。

 無論、屍龍もそれを行儀よく待つ様な事はしてくれない。首を地面すれすれに振るってゴールデンマキシマムを吹き飛ばそうとする。元々の質量が圧倒的に違う。一度でも喰らえば大罪機と言えどバラバラになる。機体強度的にはそこまで極端な差は無いのだから。だがレヴィルハイドはそれを読んでいた。大きく跳躍して空中で一回転。

 

「ゴールデンスパイラルアロー!」


 それは機体自体を一本の矢と見做した一撃。下方向に急加速していくゴールデンマキシマムの爪先。そこにもやはり分解の魔力が収束して宿っている。更にそこに螺旋の力を加える。ネジの様に突き進むゴールデンマキシマムの爪先が屍龍の首筋を掠める。幾つかの龍鱗が弾け飛び、相手にダメージを与えたことを確認してレヴィルハイドは口元に笑みを浮かべる。

 

「なるほど、一点に集中すればダメージを与えられない訳では無いのねん……んむ」


 だがその笑みも途中で曇った。目の前で今しがた与えた屍龍への傷が塞がっていったのだ。まるで迷宮内にいる魔獣の様な再生能力。にしては違和感があった。それに気付くのも一瞬。

 

「何で他の傷はそのままにしているのかしらん」


 今受けた傷は再生した。だが元々負っていたと思しき傷はそのままで放置されている。その違いは一体何なのか。その違いを見つけ出さないと、傷を与えても即座に再生されてしまうかもしれない。その根競べとなった時にゴールデンマキシマムの魔力量が追いつくかどうかはギャンブルになる。

 分析に強い人間がこの場にいて欲しいとレヴィルハイドはふと思った。例えばそう。

 

「カルロスちゃんが居ればあっさりと見抜いてきそうなのねん」


 トライアルの時と迷宮探索時に感じていた事だったが、カルロスの分析力は本人の魔法適性も有って高い。こう言う正体不明の存在が相手の時には是非とも欲しい人材だった。

 

「……弱気になっているのねん」


 柄にもなく、強敵を前にして緊張しているらしいと気付いたレヴィルハイドは自分を落ち着かせるように深呼吸をした。

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