18 デュコトムス対ケルベイン:4

 撃って走る。

 

 今デュコトムスとケルベインの行っている事はまとめるとその二つに絞られる。ケルベインの土俵である機動射撃戦にデュコトムスが敢えて乗った形だ。それを成立させているのは散弾銃と言うケルベインにとっては相性の悪い武装の要因が大きい。何しろ広範に弾を撒き散らすのだ。ケルベインの機動力が高いとは言ってもそれは弾丸よりも早く走れる訳では無い。ケルベインの軽装甲では被弾した時点で撃墜判定を貰ってもおかしくは無い。ケルベインの操縦者側からは分からぬ事だが、弾は残り四発。四回の攻撃チャンスを凌がれたらデュコトムスに残るのは投擲用の短剣だけだ。

 

 ケルベインの射撃精度はウルバール時と比較すると飛躍的に進歩しているが、それでも相手の命中箇所に連続して当てるような真似は無理だ。単発ではデュコトムスの装甲は突破できないという想定になっているのだ。一か所への集中射撃でないと防御を剥がせない。

 

 そうした両機の攻防に関して勝負の付かない千日手となった場合はどちらが先に魔力切れとなったかで勝負が決まる事になる。そうなればデュコトムスは圧倒的に不利だ。何しろ、武装の悉くに魔力を使っている。稼働時間の面では大きく不利だった。

 

 つまり、この勝負はデュコトムスが如何にして攻撃を当てるかという点に絞られていく。長期戦に勝ち目がない以上順当な所である。

 

「つっても……速い!」


 本気でケルベインが逃げに徹しているとデュコトムスは狙い所さえ絞れない。元より最高速度では劣っているのだ。素直に追いかけていて追いつける道理はない。とは言え、ケルベインも真っ直ぐに逃げられる訳では無い。そんな直線的な動きをしていては投擲の良い的だ。それ故に細かく方向転換をして射線を通らせないようにしている。そのお蔭でデュコトムスは引き離されていないとも言えた。

 

 驚きなのは後ろを振り向きもせずに背後のデュコトムスに牽制射を放ってくることだ。人間には不可能とまでは言わないが、実際に行えば筋を痛めそうな腕の動きで行われる射撃はデュコトムスにとっても無視はできない。岩場を曲がって、飛び出したタイミングで撃ってくるなど嫌らしい所を押さえている。

 攻略するのは骨が折れそうだとトーマスは長期戦の覚悟を固めた。


 ◆ ◆ ◆


 追いかけっこじみた様相を見せて来た勝負に、会議室は一息つけたとばかりに盛んに評価を始める。

 

「やはりデュコトムスを取るべきでは? ケルベインを二機相手取っても互角以上に戦える。何より乱戦に強い。戦場での不確定要素を踏まえればこの安定感を捨てるのは余りに惜しい」

「逆であろう。あれだけの性能を持つ機体を遥かに安価なケルベイン二機で抑え込めるという事実。不足していると思われた近接戦能力も今回の新武装でカバーできた。デュコトムスの使っていた……さんらんじゅう? とか言ったか。あれを使えば更にフォローできるだろう」

「同感だ。デュコトムスのコストはやはり重すぎる」

「ロバート侯爵のお言葉を忘れたか。十年後の事も考えろ」

「あるかも分からない十年先を見据えるよりも十年後を確実に残せる選択をすべきだ! 量産の難易度も考慮に入れて頂きたい!」

「そもそも国防の要を他国に依存するというのはどうなのだ?」


 喧々囂々と議論を始めた会議室の片隅でカルロスは今しがた目にしたケルベインの新武装二種の光景を頭の中で反駁する。杭打機の方は……まあ極論してしまえば『|土の槍(アースランサー)』の延長だ。それを魔力無しで再現した事に驚きこそすれ目新しさは無い。それよりもカルロスの気を引いたのはもう一つの武装――機関銃の方だ。

 

「……戦争の歴史が変わりますね」

「ええ。その自負があります。が、それはアルニカ殿も同じでは? 新式の魔導機士と言う存在を生み出した貴方は既にこの大陸における戦争の歴史を大きく変えた」


 その言葉にカルロスは僅かに目を見開く。対外的には、アルバトロスに亡命したクレア・ウィンバーニが生み出したという事になっているのだから。

 

「おっと、イエスもノーも要らないですよ。これは私の独り言なので」


 流石に、この話題は危険すぎるという意識はハーレイにもあったのだろう。ログニスにはそれを公開しない理由がある。その理由自体には興味が無い。仮に突いてテジン王家が何らかの不利益を被る事にも然程の関心も無かった。彼が気にしていたのはそれだけ国が秘している事を暴き、白日の下に曝した時に自分の身に危険が及ぶのではないかと危惧したのだ。それでもカルロスならば目を瞑ってくれるのではないかと言う期待。それ以上に自分の見つけ出した真実を口にしたいという欲求も否定できなかったが。

 

「入手した図面の癖……アルバトロスの機体の根底からも見える同様の癖。偶然とは思えませんでしたね」

「アストナード卿が何を言いたいのか分かりませんが、奇妙な偶然も有った物ですね」


 カルロスはそうしらばっくれた。正直な所、そこからクレアの生存に辿り着かれなければどうでもいい。もっと言うと、生存を知った相手がクレアを利用しようと妙な気を起こさない限りは興味が無い。そしてハーレイはそんな妙な気を起こさないだろうという信頼が有った。――尤も、どこかでうっかりと漏らしそうだという不安もあるのでそれなりの対処はしておくつもりだが。

 

「正直に言うと、アルニカ殿の作品と競い合えたこの一月ほどは本当に楽しく充実した時間でした。そんな機会を作ってくれたというだけで新式の魔導機士を生み出した人には感謝したいですよ」

「そうですね……ええ、私も正直楽しかった。アストナード卿が居なければ、デュコトムスは生まれなかったでしょう」


 ケルベインと言う機体を見た時の衝撃。それだけの物を短時間で仕上げて来たという事実。燻っていたカルロスに火をつけたのは間違いなく隣に居るこの男だ。そう断言できる。

 一年近い開発の結果があとひと月もしない内に出るとなって、カルロスもハーレイも少しばかり感傷的になっている様だった。投影画面の向こう側で一進一退の攻防を繰り広げる彼らの作品を、しばし無言で見守る。

 

 デュコトムスもケルベインも、掛け値なしに優秀な機体だ。それが同時期に同じ国に存在し片方が闇に消えるというのが不運であったのか――或いは同時期に存在したからこそ互いに磨き合ったというのが幸運であったのか。その判断は今はまだ誰にも付けられない。

 

「もうすぐ今回の量産機選定は終わりますが……またそうしばらく経たない内に次々期量産機の開発が始まるでしょう」

「まあそうでしょうね」

「その時は是非一緒に仕事がしたいですね」


 ハーレイの言葉にカルロスは少しばかり苦い笑みを浮かべた。ハーレイの言葉は嬉しいが、それが実現する未来が中々見えない。

 

「ええ、出来たら」


 だが本当にそうなったらいい。絶対に楽しい仕事が出来るという確信がカルロスにはあった。そして、遂に模擬戦の決着が着いた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 直接的な敗因は、ケルベインの脚部が持たなかった事だろう。激しい切り返しの反復に機体強度が先に限界を迎えたのだ。デュコトムスと比べると軽量な分、ケルベインは機体強度が犠牲となっている。それでも脚部はケルベインの機動力の要の為一際頑丈に作られていたのだが――左膝に数発命中していたゴム弾が僅かに機体への負荷を与えていたのだろう。加えて散弾から逃れようと無理な機動を繰り返した事も挙げられる。そうした複合的な要因によってケルベインの左膝が自壊し、移動が不可能となったのだ。

 

 だがこれはまだこれから数多く行われる模擬戦の一つに過ぎない。デュコトムスの白星。それは価値ある物だったが絶対的な物では無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る