36 メルエスの魔法騎士

「来たぞ。例の量産機だ」


 メルエスの魔法騎士部隊。雪に覆われた森の中を移動するために白い外套に身を包んだ長耳族約三十名。彼らは地形を活かしながら潜伏し、前進してきたアルバトロスの魔導機士部隊を捕捉することに成功していた。相手はまだこちらに気付いた様子は無い。木々を盾に、僅かな魔力で視線を屈折させて物陰から相手の行動を監視する。薄く展開した足裏の力場――射法の応用による物だった――で雪上に足跡すら残さずに移動する彼らを捉えるのは至難の技だ。

 

 アイゼントルーパー部隊の三機は整然と隊列を組んで移動しているが、彼らに気付いた様子は無かった。三角形状の陣形を維持しながら特に警戒らしい警戒も見せずに移動を続けている。

 

「隙だらけだな」

「目だけで見て安心する。短耳共らしい事だ」


 人間族から見れば彼らは耳が長いという事になるのだが、彼らからすれば人間族の耳が短いのだ。それ故の短耳と言う揶揄の言葉。その中には確かに自分たちに劣る能力しか持たない相手への侮蔑が込められていた。その傾向は若い長耳族になればなるほど強い。彼らは人間の怖さを知らないと最年長の部隊長は小さく息を吐く。

 彼らは確かに能力では劣っている。魔法制御能力など自分たちに匹敵する者は絶無であるし、寿命も半分か三分の一程度だ。だがそれは個々人の話。種全体として見た時、人間族ほど恐ろしい者はいない。世代を重ねる毎に知識を蓄え、数を増やし、文明を発展し、強力になっていく群体。

 対照的に長耳族は停滞している。大概の事は個々人で解決できてしまうため、進歩が無い。知識を蓄えているがそれを他者に広く広める事は無い。そんな暇が有ったらより知識を得ようとするのが長耳族の基本だ。そして己の子だけにその知識を伝え一生を終える。そうしたサイクルの中で突出した個人が生まれる事はあっても、全体としてはここ数百年進歩していなかった。

 

 対して人間族はどうか。自分たちが逆立ちしても叶わない龍族を滅ぼせるだけの兵器――魔導機士を手にした。ここ数年では龍族を相手にするには荷が重いだろうが、十分な性能を持ったまま量産をした。今の進歩速度なら、次の数百年で長耳族は人間族には決して勝てなくなる。その危機感を共有できている長耳族の少ない事。

 

 共存は叶わない。ならばせめて不可侵を維持できるようにしたい。その為にはここで力を示す必要があった。人間たちに自分たちに手を出すと痛い目を見ると教え、そこで稼いだ時間で少しでも長耳族と言う種全体の力を蓄えるのだと。

 

「隊長。相手はたったの三機です。仕掛けますか?」


 副長の言葉に隊長は現実に引き戻された。確かに、今この場にいる魔法騎士たちは皆優秀な魔法の使い手だ。機法クラスの魔法を使える者は隊長と副長、他二名程度だが、一人一機を狙えば仕留められる公算は高い。他の隊員とて、合体魔法を駆使すれば傷を負わせることは出来るだろう。一撃で仕留めれば反撃も無い。数を削れる機会を見逃す手は無かった。

 

「よし、仕掛けるぞ。展開しろ」

「了解」


 返答もそこそこに、無音のまま彼らは配置に付く。比較的装甲が薄いと見られる背部。操縦席のある腹部のやや上あたりに部隊は狙いを定めた。真っ直ぐに伸ばされた右腕と添えられた左腕。揃えられた指先に魔力が集中していく。

 

「放て!」


 号令と同時。一斉に魔法が放たれた。彼らが選択したのは氷の槍。周囲には材料となる雪が山ほどある。最小の魔力消費で最大の成果を出す典型的な選択であった。鋭く尖らされた氷柱は目視も困難な速度で撃ちだされる。彼らの存在自体に気付いていなかったアイゼントルーパーは三機とも操縦席を貫かれて崩れ落ちた。果たして攻撃された事にも気付けたのかどうか。

 しばし息を潜めていたが、相手に起き上がる気配が無い事を察すると口々に歓声をあげる。

 

「はっ、大したことないな!」

「思い知ったか短耳共!」

「この国で俺達に敵うと思うなよ!」


 流石に年配の隊長格達はその野次の中には加わらないが、それでも小さく拳を握りしめる程度の事はしていた。思いの外あっさりと排除できたことに今後の光明が持てる。

 

「こいつらの言葉ではありませんが、思ったよりも大したことがありませんでしたね」

「油断は禁物だ。噂では一年近く前の魔獣騒動で優秀な操縦兵を失ったと聞く。こいつらは新兵だったのかもしれん」

「我々と同じ、ですな」


 長耳族とて長く戦争と言う物からは遠ざかっていた。軍の大半を占めるのは今回が初陣と言う新兵たちの集まりだ。そう言った意味では大差ない。

 副長の苦々しい呟きは己の軍の練度不足からくる不安の裏返しだ。極々局所的な小規模な戦闘に勝った程度でこれだけはしゃいでいる隊員を見ればその気持ちも分からないでもない。

 

「ぼやくな。我々だってああいう時代は有った」

「確かに。近頃の若い奴は、何て言ってるとまた年寄扱いされますね」

「そういう事だ。さて、撃破した魔導機士を調べるぞ。可能ならこのまま運んで研究者共に解析させたいが……」

「我々だけでは輸送するのも困難です。相手の作戦計画でも分かるような物があれば最高なんですけどね」


 そんな物は無理にしても何かしらアルバトロス側の情報が欲しいというのが本音だった。閉じこもっていた彼らは隣国になったアルバトロスの情報さえ碌に無いのだ。これまではそれで良かったが、これからはそうも行かない。

 加えて、機体の調査を行い、簡単な修理で復帰されてしまいそうならば、ここで念を入れて破壊しておく必要があった。そうするにはそれなりの時間もかかり、別の部隊に捕捉される危険もある為、必要性があるかどうかを確認したかった。

 

「お前ら。これから敵の機体を調査する。もしかしたら操縦兵が生きているかもしれない。気を付けて近寄れ」


 そう忠告を促した隊長の言葉は単なる脅し文句という訳でもない。魔導機士が動かなくなったのは操縦兵がやられたからでは無く、機体に致命的な損傷が発生したからかもしれないのだ。そうした内部構造すら不明なのだから効率的に破壊するための情報が欲しかった。

 

 十分に近寄って背中から空いた大穴を覗き込む。彼らが貫通させたのはやはり操縦席の様だった。人が座る為の革張りのシートらしきものの残骸が張り付いていた。だが、そこにはあるべき物が無い。

 

「隊長! 操縦席らしきものはありましたが、操縦者は見当たりません!」

「こちらもです!」

「どういう事だ……?」


 逃げ出した者などいなかった。それは確実だ。幾ら浮かれていたとはいえ、三人もの脱出を見落としたのは考えにくい。この雪の中脱出すれば足跡などが残る。そうした諸々を偽装するのは人間族には大変な筈だった。一体どういう事なのか。隊長の考察は形になる事は無かった。

 

 撃破し、無人の筈の魔導機士。その魔導炉が眩い輝きを放って爆発した。調査の為に周囲に展開していた長耳族の部隊三十名を道連れに。

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