34 開幕の号砲

 カルロスは早速ネリンとコンタクトを取ろうとしたが、それは叶わなかった。島に上陸した者を捕まえて、租界にいるはずのネリンの事を尋ねたら数日前から本国――つまりはオルクスへと戻っているらしい。そんな簡単に行き来できる距離では無い筈なのだが、グランツの異常な移動速度の事もある。もしかしたら神剣使いにしか使えない移動手段でもあるのかもしれない。

 

 オルクスに戻ったのならば、是非とも頼んでおいたグランツの初陣の件について聞いておきたい所だった。その情報が正しいかどうかであの自称神様の信用度が変わる。居ないのならば仕方ないとカルロスはあっさりと諦める。レヴィルハイドとは改めて席を設ける必要がある。

 

「……そう言えばあいつは何の大罪なんだ」


 互いに何も明かしていないのでそれすら分からない。同輩と言うのは間違いないのだが……。

 

 それはさて置いて、ハルスの余裕の理由が分かった。彼らはレヴィルハイドとその機体に絶対の信頼を置いているのだ。微かに感じた大罪機の気配――漏れ出している余剰魔力と言い換えても良い。控えめに言っても怪物だった。平時の余剰で並みの新式一機以上。魔力量が全てではないが、カルロスがこれまでに感じてきた中でも群を抜いて高い物だった。

 そしてレヴィルハイド本人。あの肉体は伊達では無い。兎に角全身鍛えられている様に見えるが、その実魔導機士乗りが一番使う筋肉――腰回りが一際肥大している。激しい機体運動に身体が振り回されない様に自然と鍛えられていくのだ。逆説的に、あれだけの筋肉を必要とする機動を常日頃から取っているという事だろう。

 

 後は実際に動いている所を見ないと推測も出来ない。レヴィルハイドの機体の搬入を見ようとしたのだが、やんわりと追い払われてしまった。どうせトライアル時に見る事になるんだからいいんじゃないかと思うが、今は我慢である。

 

「ところでカール。ライラに会いたいんだが」

「唐突に話しかけてくるなよ。びっくりするじゃないか」


 誰も居ないと思って独り言を言っていたら物陰からイラが現れて僅かにカルロスは動揺する。余り意識していなかったが、恥ずかしい事を口走っていないか気になる。

 

「仕方ないだろ。お前、この頃俺の事避けてただろ」

「……何の事かな」


 稀に租界に戻った際にもなるべくイラと接触しない様にしていたのがばれていたらしい。ほんの少し目が泳いでいるのが自分でも分かった。

 

「どうしてライラに会わせてくれないんだ……」

「それは……」


 だってお前、ちょっと気持ち悪い位にライラが好きだし。とは言えなかった。これでもカルロスは友人だと思っているのだ。そこまで酷い言葉は投げられない。

 

「まさか……」

「うん?」

「ライラに手を出したのか!? お兄さん許しませんよ!?」

「アイツに手を出す位なら俺は目でパンを食べる事を選ぶぞ」

「てめえ! 俺の妹の何が不満だ!」

「強いて挙げるなら全部」


 運命共同体である仲間に対してカルロスの態度もあんまりだが、イラの勘違いも大概であった。だが割とカルロスとしては悍ましい事を言わないでくれと言う心境だ。

 そう言えばあいつ、そう言う恋愛的な話を全く見せないな、とカルロスはふと気が付いた。学院時代まで振り返ってもその気配が無い。まさか兄が大好きでという事は無いだろうが。

 

「だったら何でだ! 何で会わせてくれないんだ!」

「本人が会いたがってないんだよ」

「ば、馬鹿な……」


 もう取り繕うのもやめたカルロスの誤解の余地も無いストレートな発言にイラは大きくショックを受けた様だった。胸元を押さえて身体をふらつかせる。

 

「せ、折角会えたのに……」

「一応言っておくけど、今は単純に忙しいってのもある。新型機の武装開発に必死なんだよあいつも」


 後、例の血の出ない弾が開発されてから出ないとイラと会わせるのは危険な気がした。流血沙汰は見たくない。

 特に今は先日のカブトムシ料理が好みに合わなかったらしく、大変機嫌が悪い。残りを押し付けられたグラムが言うには「カブトムシの味がする」との事だった。当たり前だ。

 

「選考会が終わったら時間も空くと思うからそれまで我慢してくれ」

「……分かった」


 ライラが会うかどうかは別の話だが、とカルロスは口の中で付け加える。そこまで責任は持てない。

 

 その選考会はいよいよ明日から始まる。隙間の時間を使って操縦系であるコントロールユニットの作成。一月後を目途に完成まで持っていく。ここでデュコトムスが選ばれるかどうか。それはログニスの今後を占う物になるだろう。

 

 国の再興。その為に必要な一歩だった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 大陸北部。峻厳たる中央山脈に沿う様に栄えた国――メルエス親龍国。唯一の龍族である龍皇イングヴァルドと、それに使える長耳族によって構成された国家である。

 

 中央山脈のふもとに存在するメルエスの首都。その王城は巨大な龍族が身を休められる巣にして、あらゆる外敵から身を守る城塞でもあった。その内部で微睡んでいたイングヴァルドはゆっくりと目を開けて首を巡らせる。その様子に気付いた従者の一人が声をかけた。

 

「陛下?」

「……風が穢れた気配を運んできた」


 その言葉だけで従者は状況を察したのだろう。ベルを鳴らして別の者を呼んで、矢継ぎ早に支持を出す。その間も、イングヴァルドはじっと一方を、南に視線を向けていた。

 

「あの童が蒔いた種はこの様に芽吹いたか」


 そこには僅かな落胆の響きが有った。四年程前にここに滞在していた少年の語った理想。その危険性を指摘し、否定はしたが――同時にその理想が理想のまま形になれば良いと思っていた。

 現状、少年の蒔いた種はイングヴァルドの危惧を現実にはしていない。だがそれでも、尊い願いだった物は血に染められた。そして何よりも救いが無いのが、血で染めた側も元はイングヴァルドの目から見ても輝きを放つ祈りだったのだ。

 

「己が祈りの為に、大陸に流血を強いるか。無二の大罪よ……」


 神が人間の世界に干渉しているというのはイングヴァルドも把握していた。このメルエスは例外だが、それ以外の大陸各所ではその干渉によって本来辿るべきでは無い歴史を辿っているのであろうという事も。

 その流れに気付いた人間が、本来の流れを欲するのも分かる。だがその手段が余りに乱暴に過ぎた。

 

「お前ならばもっと良い手段もあっただろうに……」


 悲しい事だった。清らかだった祈りが黒く染まった事も、まるで道連れにするように他者の願いを地に落とした事も。

 

「だが、余も国を預かる者だ。神話から続く楽園を守護する者だ。この地をむざむざと明け渡す訳には行かない」


 イングヴァルドが身体を起こす。それだけで城が軋みを上げる。巨大なテラスから身体を抜け出し、翼を広げて羽ばたく。雪の吹雪く空に、白銀の龍鱗が微かな陽光を反射して煌めく。

 

 天に向けてイングヴァルドは吠える。

 

 その咆哮こそが第一次機人大戦。始まりの号砲だったと伝えられている。

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