21 喪われた桃源郷

 温泉に浸かっている時に堅苦しい話はここまでにしようとラズルが言い出した事で、真剣な話題はそこでお終いとなった。実際、全裸で話し合っても締まらない事この上ない。

 

「にしても結婚か……」


 天井を眺めながらカルロスがそう呟く。まさかトーマスが一番にそれを言い出すというのは予想外だったというべきかなんというべきか。

 

「ケビン達にはそう言う話は無いのか?」


 グラムがトーマスがそうなら、と言う意味合いを込めて問いかけるとケビンはあっさりと首を横に振った。ガランはと言うと。

 

「ん~一人に絞り込めないんだよね」

「不誠実だぞ君」


 表情を顰めさせてグラムがそう言うが、ガランはどこ吹く風だ。ラズルはと言えば理解を示す様に頷いていた。この二人は参考にしてはいけないな、とカルロスは改めて思う。

 

「というか、ラズルは真面目に後継者とか考えた方が良いんじゃないのか?」

「まあそう言う話はあるな」


 当然であった。今のログニスのトップであるラズルに何かあったら。その時点でログニスの亡命政権は崩壊するだろう。或いは、今度こそ旗頭としてクレアが立つ必要があるかもしれない。それを避けるためには後継者が必要だ。

 それ故に、ラズルが結婚するという話は当たり前のように出てくる。とは言え、彼の立場になるとじゃあ好きな人と、という訳にもいかないのが現実だ。

 

「現在ハルスとの関係を確かな物にするために向こうの高位貴族の中から年頃の娘を探しているのだがな……何とも。もうちょっと運動しろと言いたくなるな」

「お前がそれを言うのか」


 政略結婚とは言え、選択肢があるのならばラズル自身の好みに沿いたいのだろうが、生憎と彼の眼鏡にかなう人間はいなかったようだ。

 

「実家との結びつきが強すぎるところも考え物だ。逆にこちらが乗っ取られる可能性もある。そう考えると簡単には決められないというのが実際の所だ」

「へー」


 大貴族も大変なんだな、とカルロスは他人事の様に返事しているとラズルに睨まれた。

 

「そう言う貴様はどうなんだ」

「……俺?」

「恍けるな。ウィンバーニとの事だ」


 そう言った瞬間。全員の視線がカルロスに向いた。

 

「確かに気になるな」

「ああ。僕も気になる」

「こっち来てからも大体一緒にいるよな」

「四年越しだしなー。で、どうなのよカルロスちゃん」


 それらの問い掛けにカルロスは目線を逸らしながら。

 

「……特に何も」


 それに対する五名の返答は。

 

「へたれだな」

「甲斐性無し」

「流石に情けない」

「玉無しかよお前」

「不能か?」


 言葉の刃が突き刺さる。特に最後の一言が深く抉って行った。その様子に目ざとく気付いたラズルが気遣わしげな視線になった。

 

「そうか……そうだったのか。お前不能だったのか……すまなかったな」

「その優しい視線が居た堪れないんだけど!」

「え、お前そうなの?」


 ガランの意外そうな声音にカルロスはおや、と思った。まさか、と思いながら問いかける。

 

「お前らもだろ?」

「違うけど」

「え」

「え?」

「……何で不能が全員共通の事だと思ったんだアルニカ」


 馬鹿な、とカルロスは心中で絶叫する。だが考えてみれば、カルロスと他の面々の肉体は成り立ちが違う。カルロスの場合は血流も何も途絶えた死の瞬間のままだが、彼らは魔力で作られた仮初の肉体だ。生理機能の再現もある程度は行われている。つまりは、自分だけの可能性は大いに有り得る。と言うか事実として自分だけである。その結論に達する事に時間はかからなかった。

 

「馬鹿な……! 俺だけだと……!?」

「辛かったなアルニカ。良い薬を教えてやろう」

「お前の優しさが身に染みるよ、ラズル……」


 薬で何とかなるんかなーとカルロスが現実逃避していると。

 

 外へと続く扉が吹き飛んだ。

 

「そこまでよ! 不純同性交遊は認めないわ!」


 叫びながら突入してきたのは掌に大変熱そうな火の玉を作り出したクレアだ。携行型魔導炉を手にして臨戦態勢である。そこに両目を掌で覆いながら――しかし指の隙間からしっかりと前を見ながらのカルラが続く。ライラは何時も通りケラケラ笑いながら入ってきて、その笑われる対象だったテトラがチラチラと視線を男性陣の方に飛ばしながら、しかし気にしていない風を装いながら入ってくる。最後尾にいたネリンは。

 

「目の保養ですわ! 素晴らしいですわね、ログニス!」


 などと寝言を吐いていた。

 

 広いとは言えない地下空間。そこに闖入してきた女子五名に、カルロスとグラムは悲鳴を上げる。

 

「ぎゃあああ! 何入ってきてんだお前ら!」

「慎みと言う物は無いのかね、君たちには!」


 それに対して平然としているのは騎士科出身の四人だ。ラズルに至っては顎に手をやって一言。

 

「一応ここは風呂場だ。入ってくるならそこの脱衣所で脱いでからにして貰いたいな」

「待てラズル。流石に混浴は良くない。仕切りを設けるべきじゃないか?」

「そこじゃねえだろ」


 ケビンの少し的の外れたコメントにカルロスは溜まらず突っ込む。今突入してきている女性陣は間違いなく入浴など求めていない事は明らかだ。これは討ち入りとかそう言った類の物だろう。

 問題は、そんな事をされる理由だ。クレアが激怒している様に見える理由も分からない。そう考えた所でカルロスは自分で自分の思考を否定する。さっき彼女自身が言っていたではないか。不純同性交遊は禁止だと。――誤解にも程がある。


「らずらず、恥ずかしくないの?」

「余の肉体に恥ずかしい個所などあるものか」


 そう言い放って彼は仁王立ちする。その堂々たる様は絶対に真似できないとカルロスは半ば尊敬した。そんな男らしさを間違った方向に発揮している彼に対して。

 

「変な物を見せないで頂戴」


 という理不尽にも程があるクレアの言葉。それと同時に放たれた射法の位階1による大雑把な水弾の群れがラズルを打って沈黙させた。その一発が急所に当たったのか。股間を押さえてラズルが蹲る。

 

 一体何がどうなっているのか。混沌として来た地下温泉でカルロスは状況について行けずに困惑する。取りあえずここが戦場だったら死んでいたなと現実逃避気味に考えた。

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